近似の数理 第2章 §2.5 ★★★ 関数を「ノルムで測った大きさ」で扱う理由と、完備性(近似列の極限が空間に残ること)の意味
熱方程式のエネルギー法
ODE で使った「エネルギーが減るから解は制御できる」という論法を偏微分方程式に持ち上げる。Ω⊂Rd を有界領域とし、熱方程式
∂tu=Δu (x∈Ω, t>0),u=0 (x∈∂Ω),u(x,0)=u0(x)(2.5)
を考える。「エネルギー」として 21∫Ωu2dx をとる。
定理 2.10(熱方程式のエネルギー法 ★★★)
(2.5) の滑らかな解は
dtd21∫Ωu2dx=−∫Ω∣∇u∣2dx
を満たす。したがって解は一意であり、後で示す Poincaré 不等式(定理 2.16)の定数を CP とすると
(∫Ωu(x,t)2dx)1/2≤e−t/CP2(∫Ωu02dx)1/2.
証明
両辺に u を掛けて積分し、Green の公式(部分積分)∫ΩuΔu=∫∂Ωu∂nu−∫Ω∣∇u∣2 を使う。境界で u=0 なので境界項は消え、第1式を得る。一意性:二つの解の差 w は初期値 0 の (2.5) を満たし、∫w2 は増えないので恒等的に 0 である。減衰:Poincaré 不等式 ∫u2≤CP2∫∣∇u∣2 を使うと E(t)=21∫u2 について E′≤−2E/CP2、よって E(t)≤e−2t/CP2E(0) である。
証明に解の具体形は一切現れない。使ったのは部分積分と一つの不等式だけである。同じ計算を時間反転した熱方程式 ∂tu=−Δu に行うと E′=+∫∣∇u∣2≥0 となり、エネルギーは増える。第1節で述べた逆向き熱方程式の非適切性が、ここでは符号一つの違いとして現れている。
例題 2.5 区間上の熱方程式でエネルギー減衰を確かめる ★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
Ω=(0,π)、u0(x)=x(π−x) とする。
- u0 の正弦展開 u0=∑nbnsin(nx) を求め、解 u(x,t) を書け。
- ∥u(t)∥2=∫0πu2dx を係数で表し、∥u(t)∥2≤e−2t∥u0∥2 を確かめよ。この区間の Poincaré 定数は CP=1 である(定理 2.16)。
- 減衰率 e−2t がほぼ等号で成り立つ理由を述べよ。
解答
(1) bn=π2∫0πx(π−x)sin(nx)dx を2回の部分積分で計算すると、n が奇数なら bn=8/(πn3)、偶数なら 0 である。各モードは e−n2t で減衰するので u(x,t)=∑n奇数πn38e−n2tsin(nx)。
(2) ∫0πsin(nx)sin(mx)dx=2πδnm より ∥u(t)∥2=2π∑nbn2e−2n2t。n2≥1 なので各項は e−2t⋅2πbn2 以下で、和をとれば ∥u(t)∥2≤e−2t∥u0∥2。∥u0∥2=π5/30 である。比 ∥u(t)∥2/∥u0∥2 と e−2t は t=0.5 で 0.36735 と 0.36788、t=2 で 0.018289 と 0.018316 である(検算スクリプト)。
(3) 第1モードがノルムの 960/π6≈0.9986 を占めるからである。減衰率の評価は最も遅いモード(最小固有値 λ1=1)で決まり、Poincaré 定数は CP=1/λ1 という意味をもつ。エネルギー法は固有関数展開を使わずにこの最小固有値による減衰を取り出している。
関数を「ノルムで測った大きさ」で扱う理由
エネルギー法では、解 u(⋅,t) を各点の値の集まりとしてではなく、(∫u2)1/2 という一つの数で測った大きさとして扱った。この見方にはいくつかの理由がある。
第一に、物理で保存・散逸する量はほとんどが積分量である。エネルギー、質量、量子力学の確率 ∫∣ψ∣2 はいずれもそうで、方程式から直接制御できるのは点ごとの値でなく積分量である。第二に、近似は点ごとには収束しないことが多い。段差のある関数の Fourier 級数は段差の近くで行き過ぎ(Gibbs 現象)を起こし、一様には収束しないが、2乗積分の意味では収束する。第三に、量子力学の波動関数は点ごとの値そのものに物理的意味がなく、意味をもつのは ∣ψ∣2 の積分(ある領域に粒子を見出す確率)である。値を測度ゼロの集合(たとえば1点)で変えても、物理は何も変わらない。
定義 2.11(L2 空間と内積)
Ω⊂Rd 上の関数 u で ∫Ω∣u∣2dx<∞ となるもの全体を L2(Ω) と書く。ただし、測度ゼロの集合の上でしか違わない二つの関数は同じものとみなす。内積とノルムを
⟨u,v⟩=∫Ωuvdx,∥u∥=⟨u,u⟩1/2
で定める(この巻では内積を第1引数について反線形とする。実数値関数なら複素共役は不要)。
ここでの積分は Lebesgue 積分である。測度論は既習でないので、この章では Lebesgue 積分について「Riemann 積分できる関数では値が一致する」「次の完備性が成り立つ」という二点だけを事実として使う。
定義 2.12(ヒルベルト空間)
内積をもつベクトル空間で、内積から作ったノルム ∥u∥=⟨u,u⟩1/2 の距離 d(u,v)=∥u−v∥ について完備なものをヒルベルト空間という。
Cd、2乗総和可能な数列の空間 ℓ2、そして L2(Ω) はヒルベルト空間である。L2(Ω) の完備性(Riesz–Fischer の定理)の証明には Lebesgue 積分の収束定理が要り、それが Riemann 積分ではなく Lebesgue 積分を使う最大の理由である。
完備でない例:連続関数に2乗積分のノルムを入れる
[0,1] 上の連続関数の空間に L2 ノルムを入れる。un を、x≤21−n1 で 0、x≥21 で 1、その間を直線でつないだ連続関数とする。m>n なら um と un は幅 1/n の区間でしか違わず、差は 1 以下なので ∥um−un∥2≤1/n となり、(un) はコーシー列である。ところがその L2 極限は階段関数で、連続関数ではない。連続関数の空間の中には行き先が無い。
なぜ完備性が要るか
近似の理論では、近似解の列 u1,u2,… を作り、それが互いに近づいていく(コーシー列になる)ことを示すのが典型的な手順である。完備な空間ならこの時点で極限 u の存在が保証され、u を「真の解」の候補にできる。完備でない空間では、近似列が収束しているように見えても、その極限が考えている関数のクラスに入っていないかもしれない。有理数で 2 を探すのと同じ状況である。物理の近似(基底を増やす、メッシュを細かくする、粒子数を増やす)が「何かに収束する」と言えるのは、近似を完備な空間の中に置いたときである。
ヒルベルト空間で最も基本的な定理は、閉じた部分空間への「最短距離の点」の存在で、その証明で完備性がちょうど一度使われる。
定理 2.13(射影定理 ★★★)
H をヒルベルト空間、V⊂H を閉部分空間(V の中の点列の極限が V に属する部分空間)とする。任意の x∈H に対し、∥x−v∥ を最小にする v∗∈V がただ一つ存在し、x−v∗ は V のすべての元と直交する。
証明
m=infv∈V∥x−v∥ とし、∥x−vn∥→m となる vn∈V をとる。中線定理 ∥a+b∥2+∥a−b∥2=2∥a∥2+2∥b∥2 を a=x−vn、b=x−vk に使うと
∥vn−vk∥2=2∥x−vn∥2+2∥x−vk∥2−4x−2vn+vk2≤2∥x−vn∥2+2∥x−vk∥2−4m2
((vn+vk)/2∈V だから最後の項は 4m2 以上)。右辺は n,k→∞ で 0 に近づくので (vn) はコーシー列で、完備性により極限 v∗ をもち、V が閉なので v∗∈V、連続性から ∥x−v∗∥=m である。一意性は同じ不等式で vn,vk を二つの最小点に置き換えれば出る。直交性:任意の w∈V と実数 s に対し ∥x−v∗−sw∥2≥m2 なので、s の2次関数 m2−2sRe⟨w,x−v∗⟩+s2∥w∥2 が s=0 で最小となり、Re⟨w,x−v∗⟩=0。w を iw に替えれば虚部も 0 である。
この定理は第4章の Galerkin 法・Rayleigh–Ritz 法の核心である。有限個の基底関数が張る空間 VN に解を「射影」すると、それが(適切なノルムで)VN の中で最良の近似になる。A 型近似(射影)の名前はここから来ている。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com