近似の数理 第2章 §2.4 ★★ エネルギーの減少・保存から安定性と大域存在を言う論法は、PDE のエネルギー法とアプリオリ評価にそのまま持ち上がる
平衡点・線形化・Lyapunov 関数
自励系 y′=F(y)(y∈Rd)の解は、Rd(相空間)の中の曲線(軌道)として描ける。F(y∗)=0 となる点 y∗ を平衡点という。y∗=0 として、平衡点が安定であるとは、任意の ε>0 に対し δ>0 があって ∣y(0)∣<δ なら全時刻で ∣y(t)∣<ε となることをいう。さらに y(t)→0 となるとき漸近安定という。
解を書かずに安定性を判定する道具が、Lyapunov が導入した関数である。
定理 2.7(Lyapunov の安定性定理 ★★)
V を 0 の近傍 B で定義された C1 関数で、V(0)=0、y=0 で V(y)>0 とする。軌道に沿った微分 V˙(y)=∇V(y)⋅F(y) が B で V˙≤0 なら、0 は安定である。
証明
ε>0 を {∣y∣≤ε}⊂B となるようにとり、m=min∣y∣=εV(y)>0 とおく(有界閉集合上の連続関数の最小値)。V は連続で V(0)=0 なので、δ>0 を ∣y∣<δ で V(y)<m となるようにとれる。∣y(0)∣<δ の解は V˙≤0 により V(y(t))≤V(y(0))<m を保つので、球面 ∣y∣=ε(そこでは V≥m)に到達できない。
物理では V としてエネルギーをとるのが自然である。減衰振動子 x′′+γx′+x=0(γ>0)で E=(x2+v2)/2 とすると E˙=−γv2≤0 であり(検算スクリプト)、原点は安定である。「摩擦でエネルギーが減るから止まる」という物理の直観が、そのまま定理の仮定になっている。
平衡点の近くで F(y)=Ay+O(∣y∣2)(A は F のヤコビ行列)と展開して y′=Ay に置き換えるのが線形化で、これは物理で最もよく使う近似の一つである。線形化が非線形の安定性を正しく判定する条件は、次のように Lyapunov 関数で証明できる。
命題 2.8(線形化による漸近安定性 ★★)
A のすべての固有値の実部が負なら、0 は y′=F(y) の漸近安定な平衡点で、近くから出た解は指数関数的に 0 に近づく。
証明
P=∫0∞eATteAtdt とおく。固有値の実部が負なので ∥eAt∥ は指数関数的に減衰し、積分は収束する。P は対称正定値で、ATP+PA=∫0∞dtd(eATteAt)dt=−I を満たす。V(y)=yTPy とすると、F(y)=Ay+r(y)、∣r(y)∣≤C∣y∣2 として
V˙=yT(ATP+PA)y+2yTPr(y)≤−∣y∣2+2∥P∥C∣y∣3.
∣y∣≤1/(4∥P∥C) の範囲では V˙≤−21∣y∣2≤−V/(2∥P∥) となり、V は指数関数的に減る(範囲から出ないことは定理 2.7 の議論と同じ)。V は ∣y∣2 と同等なので ∣y∣ も指数関数的に減る。
線形化で決まらない場合
固有値に実部 0 のものがあると、線形化は安定性を判定できない。y′=−y3 と y′=y3 はどちらも線形化すると y′=0 だが、前者は 0 に近づき後者は有限時間で爆発する。保存系(Hamilton 系)の平衡点は固有値が虚軸上に並ぶのが典型なので、線形化だけで「安定」と結論するのは危険である。物理で「小振動の近似」を使うとき、正当化に要るのは線形化そのものでなく、エネルギー保存などの非線形の構造である。
保存量による閉じ込めとアプリオリ評価
保存量があると、軌道はその等位面に閉じ込められる。たとえば x′′=−x3 は E=v2/2+x4/4 を保存するので(検算スクリプト)、軌道は閉曲線 E=一定 の上を動き、∣x∣≤(4E)1/4、∣v∣≤2E に留まる。F(x,v)=(v,−x3) は大域的に Lipschitz でない(y′=y2 と同じ型の非線形性をもつ)にもかかわらず、この閉じ込めのために解は爆発しない。このことを一般の形で述べる。
定理 2.9(アプリオリ評価による大域存在 ★★★)
F は Rd の各有界集合上で Lipschitz であるとする。初期値問題 y′=F(y)、y(0)=y0 の解が存在する最大の区間を [0,T∗) とする。もし「解が存在する限り ∣y(t)∣≤K」という評価が、解の存在を仮定した上で(解を知らずに)示せるなら、T∗=∞ である。
証明
球 ∣y∣≤K+1 上の ∣F∣ の上限を M、Lipschitz 定数を L とする。定理 2.4 を、∣y1∣≤K を満たす任意の点 y1 を初期値として b=1 で使うと、解は少なくとも時間 h=min{1/M,1/(2L)} だけ存在する。h は y1 によらない。T∗<∞ と仮定し、時刻 T∗−h/2 の値 y(T∗−h/2)(評価により ∣⋅∣≤K)から出発し直すと、解は T∗+h/2 まで延び、一意性により元の解とつながる。これは T∗ の最大性に反する。
アプリオリ評価という考え方
「アプリオリ」とは「解を求める前に」という意味である。論法は二段に分かれる。(i) 局所存在:短い時間なら解はある(縮小写像)。(ii) アプリオリ評価:解があると仮定して、その大きさを保存量や減少するエネルギーで上から抑える。(ii) の評価が局所存在の時間を一様に保つので、(i) を繰り返して解を延ばせる。爆発するのは、(ii) の評価が得られないときに限られる。この論法は偏微分方程式でもそのまま使われ、問題の難しさは「どのノルムでアプリオリ評価が取れるか」に集約される。たとえば非圧縮 Navier–Stokes 方程式では、エネルギー(速度の L2 ノルム)の評価は常に取れるが、3次元ではそれだけで滑らかさを制御するノルムを抑えきれず、滑らかな解の大域存在は未解決である。
例題 2.4 線形化で決まらない平衡点を Lyapunov 関数で調べる ★★
オリジナル二つの方程式 y′=−y3 と y′=y3(y∈R)を考える。
- 両者の平衡点 0 での線形化を求め、命題 2.8 が使えない理由を述べよ。
- V(y)=y2/2 を使って、y′=−y3 の原点が安定であることと、任意の初期値に対して解が全時刻で存在することを示せ。
- 両方程式を初期値 y(0)=y0>0 で解け。y0=0.1 について、y′=−y3 の解が y0/2 になる時刻と、y′=y3 の解が爆発する時刻を求め、y′=−y の解が半分になる時刻と比べよ。
解答
(1) F(y)=∓y3 のヤコビ行列(ここでは微分)は F′(0)=0 なので、どちらも線形化は y′=0 で、固有値は 0 である。命題 2.8 は固有値の実部がすべて負であることを仮定しているので使えない。線形化した方程式ではすべての y が動かないので、近くの解が 0 に近づくのか遠ざかるのかについて何も言えない。
(2) y′=−y3 の解に沿って V˙=y⋅(−y3)=−y4≤0 である。V(0)=0、y=0 で V>0 なので、定理 2.7 により原点は安定である。さらに V˙≤0 から、解が存在する限り ∣y(t)∣≤∣y0∣ が、解を求めずに言える。F(y)=−y3 は各有界集合上で Lipschitz なので、定理 2.9 を K=∣y0∣ で使えば、解は全時刻で存在する。
(3) y′=−y3 は (y−2)′=−2y−3y′=2 と書けるので、y−2=y0−2+2t、すなわち
y(t)=1+2y02ty0.
y=y0/2 となるのは 1+2y02t=4、つまり t=3/(2y02)=150 のときである。y′=y3 では同様に y−2=y0−2−2t で、
y(t)=1−2y02ty0
は t=1/(2y02)=50 で無限大になる。y′=−y の解が半分になる時刻は ln2≈0.69 である(検算スクリプト)。y′=−y3 の解は 0 に近づくが、その速さは 1/2t 程度の代数的なもので、線形化が漸近安定を保証する場合の指数関数的な減衰より桁違いに遅い。線形化が同じ y′=0 になる二つの方程式が、一方は大域存在して 0 へ近づき、他方は有限時間で爆発する。どちらになるかを決めているのは線形化が捨てた3次の項の符号であり、それを拾えるのは V˙ の符号を調べる Lyapunov 関数のほうである。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com