近似の数理 第2章 §2.7 ★★★ 近似列から極限を取り出す手段。収束の失敗の2つの型(逃げる・振動する)が第5・6・9章の主役になる
有界列から収束部分列は取れるか
有限次元では、有界な点列は必ず収束する部分列をもつ(Bolzano–Weierstrass の定理)。変分法や近似の理論では「近似列は有界である」まではアプリオリ評価で言えることが多いので、そこから極限を取り出せるかが分かれ目になる。ところが無限次元ではこれが成り立たない。
正規直交系は収束しない
ヒルベルト空間の正規直交系 (en)(⟨en,em⟩=δnm)は ∥en∥=1 で有界だが、n=m なら ∥en−em∥2=2 である。互いの距離が常に 2 なので、どの部分列もコーシー列にならず、ノルムの意味で収束する部分列は無い。L2(0,π) では en=2/πsin(nx) がその例である。
この困難を回避するため、収束の意味を弱める。
定義 2.20(弱収束)
ヒルベルト空間の列 (un) が u に弱収束するとは、すべての v∈H に対し ⟨v,un⟩→⟨v,u⟩ となることをいい、un⇀u と書く。これに対し ∥un−u∥→0 を強収束(ノルム収束)という。
弱収束は「固定した測定器で見た収束」
⟨v,un⟩ は、状態 un を固定した「測定器」v で測った値と読める。弱収束は、どの測定器で測っても値が収束することを要求するが、測定器を n に合わせて取り替えることは許さない。un が細かく振動したり遠くへ逃げたりすると、固定した測定器には何も映らなくなり、un 自体は大きさを保っていても弱極限は 0 になる。弱収束は「平均として見た収束」である。
弱収束の基本的な性質を三つ挙げる。いずれも短く示せる。
- 強収束なら弱収束:∣⟨v,un−u⟩∣≤∥v∥∥un−u∥。
- ノルムは弱極限で下がりうるが上がらない(弱下半連続性):un⇀u なら ∥u∥≤liminf∥un∥。実際 ∥u∥2=lim⟨u,un⟩≤∥u∥liminf∥un∥。
- 弱収束+ノルムの収束なら強収束:∥un−u∥2=∥un∥2−2Re⟨u,un⟩+∥u∥2→∥u∥2−2∥u∥2+∥u∥2=0。
性質2と3から、弱収束で失われるものはちょうどノルムの減少分 liminf∥un∥2−∥u∥2 であり、それが 0 なら何も失われていないことがわかる。
例題 2.7 正弦関数の弱収束と、2乗の弱極限 ★★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
L2(0,π) で en=2/πsin(nx) とする。
- Bessel の不等式 ∑n∣⟨v,en⟩∣2≤∥v∥2 を使い、en⇀0 を示せ。
- φ(x)=x(π−x) に対し ∫0πφsin(nx)dx を求め、n→∞ での減り方を述べよ。
- sin2(nx)⇀21 を示せ。これから「弱極限をとる操作と2乗する操作は交換しない」ことを読み取れ。
解答
(1) 有限個の e1,…,eN への射影を考えると ∥v∥2≥∑n≤N∣⟨v,en⟩∣2(射影定理)で、N→∞ として Bessel の不等式が出る。左辺の級数が収束するので一般項は 0 に近づき、⟨v,en⟩→0 がすべての v で成り立つ。一方 ∥en∥=1 なので強収束はしない。ノルム 1 がまるごと弱極限で失われている(性質2で不等号が真に成り立つ例)。
(2) 2回部分積分すると、n が奇数なら 4/n3、偶数なら 0 である(検算スクリプト)。φ が滑らかで境界で 0 なので、内積は n−3 と速く減る。φ の滑らかさが低いほど減りは遅くなるが、φ∈L2 でありさえすれば (1) により必ず 0 に近づく。図 2.2 は φ(x)sin(nx) の正負の部分が n を大きくすると打ち消し合う様子である。
(3) sin2(nx)=21−21cos(2nx) で、2/πcos(2nx) も正規直交系なので (1) と同じ理由で cos(2nx)⇀0。よって sin2(nx)⇀21。たとえば ∫0πφsin2(nx)dx は n=5,20,80 で 2.615, 2.586, 2.584 と、21∫0πφ=π3/12≈2.5839 に近づく(検算スクリプト)。sin(nx)⇀0 だから「弱極限の2乗」は 0 だが、「2乗の弱極限」は 21 である。非線形な量の弱極限は、弱極限の非線形な量と一致しない。

図 2.2 φ(x)sin(nx)(φ=x(π−x)、破線は ±φ)。n が大きいと正負の面積が打ち消し合い、積分 ⟨φ,sin(nx)⟩ は 0 に近づく(n=3 で 4/27、n=20 で 0)。これが sin(nx)⇀0 の中身である。
弱コンパクト性
弱収束に弱めた代わりに、有限次元の Bolzano–Weierstrass の定理が復活する。
定理 2.21(有界列の弱コンパクト性 ★★★)
H を可算な正規直交基底 (ek) をもつヒルベルト空間とする(L2(Ω)、H1(Ω) はこの条件を満たす)。∥un∥≤M を満たす列は、弱収束する部分列をもち、その極限 u は ∥u∥≤M を満たす。
証明
各 k について数列 ⟨ek,un⟩ は M で有界である。k=1 について収束する部分列をとり、その中から k=2 について収束する部分列をとり、と続け、j 番目の部分列の j 番目の項を並べる(対角線論法)。こうして得た部分列(同じ記号 un で書く)はすべての k について ck=limn⟨ek,un⟩ をもつ。任意の K で ∑k≤K∣ck∣2=limn∑k≤K∣⟨ek,un⟩∣2≤M2 なので、u=∑kckek は H の元で ∥u∥≤M。任意の v と ε>0 に対し、v の最初の K 項への射影 vK を ∥v−vK∥<ε となるようにとると
∣⟨v,un−u⟩∣≤∣⟨vK,un−u⟩∣+∥v−vK∥∥un−u∥≤∣⟨vK,un−u⟩∣+2Mε.
第1項は有限個の係数の差なので n→∞ で 0 に近づく。ε は任意なので ⟨v,un⟩→⟨v,u⟩。
有界性さえあれば極限の候補は必ず取り出せる。問題は、取り出した弱極限が欲しい性質(ノルム、拘束条件、非線形項の値)を保っているかどうかで、これを決めるのが次の「収束の失敗の型」である。
収束の失敗の型
L2 で有界なのに強収束しない列には、典型的に次の型がある。どれも弱極限は 0 でノルムは保たれ、ノルムがまるごと失われる。
- 逃げる(質量が無限遠へ逃げる):R 上で un(x)=u(x−n)。形を保ったまま遠くへ平行移動するので、固定した v との重なりは 0 に近づく。有界領域では起こらない。
- 振動する:有界区間の上で un(x)=sin(nx)。値の大きさは保たれるが、細かく振動して平均が 0 になる。
- 集中する:R 上で un(x)=nu(nx)。一点に鋭く集中する。ノルムは保たれるが、固定した v との内積は 0 に近づく(v が有界なら O(n−1/2) で減る)。
後の章での役割
逃げる型は第5章の主役である。Hartree–Fock 汎関数の最小化列は、電子の一部が無限遠へ逃げる(イオン化する)ことでエネルギーの下限に近づくかもしれず、弱極限では電子数が減ってしまう。これを排除する論法(Lions の集中コンパクト性の原理)が、原子・分子の基底状態の存在証明の核心になる。振動する型は第9章の主役である。細かく振動する係数をもつ方程式の解は、粗いスケールで見ると弱極限に収束し、非線形項(係数と勾配の積など)の弱極限は弱極限どうしの積と一致しない(例題で見た sin2(nx)⇀21)。均質化の有効係数が単純平均にならないこと、乱流で平均流の方程式に Reynolds 応力(u⊗u−uˉ⊗uˉ)という未知項が現れて方程式が閉じないことは、どちらもこの交換しなさの表れである。第6章の平均場極限では、粒子の経験分布が確率測度として弱い意味で収束することを示すのが目標になる。
Rellich のコンパクト埋め込み
有界領域では「逃げる」型は起きない。さらに勾配のノルムが有界なら、「振動する」「集中する」型も起きない(∥(sinnx)′∥∼n は有界でない)。これを正確に述べたのが次の定理である。
定理 2.22(Rellich ★★★)
Ω を有界領域とする。H01(Ω) で有界な列 (un)(∥un∥H1≤M)は、L2(Ω) で強収束する部分列をもつ。(Ω の境界が十分に滑らかなら、H01 を H1 に替えても成り立つ。)
証明(1次元 Ω=(0,π) の場合)
定理 2.21 により、H01 で弱収束する部分列 un⇀u がとれる。H01 の内積との関係から、正弦係数 ak(n)=π2∫unsin(kx) は各 k で u の係数 ak に収束する(sin(kx) との L2 内積は H01 上の有界線形汎関数で、Riesz の定理によりある元との H1 内積で書けるから)。wn=un−u は ∥wn′∥≤2M を満たし、定理 2.16 の証明と同じ Parseval の計算から
2πk>N∑(ak(n)−ak)2≤(N+1)21⋅2πk∑k2(ak(n)−ak)2=(N+1)2∥wn′∥2≤(N+1)24M2.
したがって ∥wn∥2≤2π∑k≤N(ak(n)−ak)2+4M2/(N+1)2。右辺第1項は有限和で n→∞ で 0 になるので、limsupn∥wn∥2≤4M2/(N+1)2。N は任意なので ∥un−u∥→0。
証明の要点は、勾配の有界性が「高い波数の成分(尾部)は一様に小さい」ことを保証し、問題が有限次元(低い波数の成分)に帰着することである。尾部評価そのものも数値で確かめた(検算スクリプト)。一般の次元・領域でも、同じ「高周波の尾部の一様な小ささ+有限次元への帰着」が証明の骨格で、難所は有界領域で固有関数展開に代わる道具を用意するところにある。Ω=Rd では「逃げる」型の例 u(x−n) が H1 で有界なまま L2 で強収束しないので、定理は成り立たない。
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