近似の数理 第2章 §2.8 ★★★ 「基底状態は存在するか」を問う量子力学の論法そのもの。最小化列→有界性→弱極限→下半連続性
Dirichlet の原理と Weierstrass の反例
Poisson 方程式の解を、汎関数 J(u)=21∫∣∇u∣2−∫fu を最小にする関数として見つけるという考え(Dirichlet の原理)は、Riemann が複素関数論で使った。これに対し Weierstrass は、下に有界な汎関数が最小値をとるとは限らないことを指摘した。
Weierstrass の例
J(u)=∫−11x2u′(x)2dx を、u(−1)=−1、u(1)=1 を満たす滑らかな関数の中で最小化する。J≥0 だが、uε(x)=arctan(x/ε)/arctan(1/ε) とすると J(uε)≈2ε/π→0 となり(ε=0.1,0.01,0.001 で 0.0634, 0.00637, 0.00064。検算スクリプト)、下限は 0 である。しかし J(u)=0 なら u′=0、つまり u は定数で、境界条件 u(±1)=±1 と両立しない。下限は達成されない。最小化列 uε は階段関数に近づき、許された関数のクラスから出ていく。
最小化列が「許された関数のクラス」から出ていくのを止めるのがコンパクト性で、極限で汎関数の値が跳ね上がらないことを保証するのが下半連続性である。Dirichlet の原理は、Hilbert らによって後にこの二つを整えることで正当化された。
直接法の一般形
定理 2.23(変分法の直接法 ★★★)
H を定理 2.21 の条件を満たすヒルベルト空間、J:H→R とし、次を仮定する。
- 強圧性:∥u∥→∞ なら J(u)→∞。
- 弱下半連続性:un⇀u なら J(u)≤liminfnJ(un)。
このとき J は H 上で最小値をとる。
証明
m=infJ(−∞ の可能性もまだ排除しない)とし、J(un)→m となる最小化列をとる。強圧性から (un) は有界である(有界でなければ部分列で J(un)→∞ となり m に近づかない)。定理 2.21 で弱収束部分列 un⇀u∗ をとると、弱下半連続性から J(u∗)≤liminfJ(un)=m。J(u∗) は実数なので m>−∞ で、m≤J(u∗) と合わせて J(u∗)=m。
論法の4段(下に有界な汎関数の最小化列 → アプリオリ評価による有界性 → 弱コンパクト性による弱収束部分列 → 弱下半連続性による最小性)は、この巻で繰り返し現れる。弱収束を使う理由は、有界性からは弱収束しか取り出せないからである。その代償として、汎関数が弱極限で下がりはしても上がらないこと(下半連続性)を別に示す必要がある。
Dirichlet 積分への適用
H=H01(Ω) に内積 ⟨u,v⟩a=∫∇u⋅∇v を入れ(Poincaré 不等式によりヒルベルト空間)、J(u)=21∥u∥a2−ℓ(u)、ℓ(u)=∫fu とする。
強圧性:∣ℓ(u)∣≤CP∥f∥∥u∥a より J(u)≥21∥u∥a2−CP∥f∥∥u∥a→∞。弱下半連続性:ℓ は有界線形汎関数なので、Riesz の定理で ℓ(u)=⟨g,u⟩a と書け、弱収束で ℓ(un)→ℓ(u)。ノルムの部分は弱下半連続(前節の性質2)。よって直接法により最小元 u∗ が存在する。
一意性と弱形式:任意の v と実数 s について J(u∗+sv)≥J(u∗) で、J(u∗+sv)=J(u∗)+s(⟨u∗,v⟩a−ℓ(v))+2s2∥v∥a2 だから、s=0 で最小になるには ⟨u∗,v⟩a=ℓ(v) が必要である。これは弱形式 (2.6)(A=I)そのもので、最小元は弱解である。さらに弱解 u と任意の v について
J(v)−J(u)=21∥v−u∥a2(2.7)
が成り立つ(上の展開で u∗=u、sv→v−u とし、弱形式で1次の項を消す)。したがって最小元はただ一つである。
変分法と弱形式は同じものの二つの顔
係数が対称なとき、「J を最小にする」ことと「弱形式を満たす」ことは同値で、どちらも Riesz の表現定理と同じ内容を述べている。(2.7) は第4章で中心的な役割を果たす。近似解 v のエネルギーの誤差 J(v)−J(u) は、解の誤差のエネルギーノルムの2乗に等しい。変分法でエネルギーが解よりずっと精度よく求まるのはこのためである。
例題 2.8 Dirichlet 積分の最小化と1項の試行関数 ★★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
Ω=(0,1)、f=1 とし、J(u)=21∫01u′2dx−∫01udx を H01(0,1) で最小化する。
- 最小元 u と最小値 J(u) を求めよ。
- 試行関数 v=asin(πx) に制限して J を最小化し、最適な a と J(v) を求めよ。
- J(v)>J(u) を確かめ、その差が (2.7) の 21∥(v−u)′∥2 に一致することを確かめよ。
解答
(1) 最小元は弱解、すなわち −u′′=1、u(0)=u(1)=0 の解 u=x(1−x)/2 である。弱形式で v=u とおくと ∫u′2=∫u なので J(u)=−21∫01udx=−21⋅121=−241。
(2) ∫01(aπcosπx)2dx=a2π2/2、∫01asinπxdx=2a/π より J=4π2a2−π2a。a で微分して 0 とおくと a=4/π3、J(v)=−4/π4≈−0.041064。
(3) −1/24≈−0.041667 なので J(v)>J(u) で、試行関数のエネルギーは真の最小値の上界になっている。差は 1/24−4/π4≈6.0×10−4 で、21∫01(v′−u′)2dx を直接計算した値と一致する(検算スクリプト)。最小値に対する相対誤差は 1.4% だが、関数 v 自体の誤差 ∥(v−u)′∥/∥u′∥ は約 12% で、エネルギーのほうがずっと正確である。これは (2.7) の「2乗」の現れである。
基底状態の存在:量子力学の論法
有界領域 Ω に閉じ込められた粒子のハミルトニアン −Δ+V(V は有界)の基底状態エネルギーは
E0=inf{∫Ω(∣∇u∣2+V∣u∣2)dx : u∈H01(Ω), ∥u∥=1}
である。最小元(基底状態)が存在することを、直接法で示せる。最小化列 (un) をとると、∫∣∇un∣2≤E0+1+sup∣V∣ から H01 で有界で、弱収束部分列 un⇀u がとれる。ここで新しい問題が生じる。拘束条件 ∥u∥=1 は弱極限で保たれるとは限らない(弱極限ではノルムが下がりうる)。これを救うのが Rellich の定理で、有界領域では un→u が L2 で強収束するので、∥u∥=1 が保たれ、∫V∣un∣2→∫V∣u∣2 も成り立つ。勾配の項は弱下半連続なので、u が最小元である。
Ω=R3(原子・分子)では Rellich の定理が使えず、最小化列の「逃げる」型を自分で排除しなければならない。水素原子のように V→0(無限遠)の場合、無限遠へ逃げた波動関数のエネルギーは 0 に近づくので、E0<0(束縛状態のエネルギーが「電子を無限遠に置いた状態」より低い)であれば逃げる型は損になり、排除できる。この「逃げるとエネルギーが上がる」という比較が第3章の本質的スペクトルの下端との比較であり、第5章で Hartree–Fock 汎関数に対して行う議論の原型である。物理屋が「束縛エネルギーが負だから束縛状態がある」と考えるとき、その直観は正確にこの論法に対応している。
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