近似の数理 第5章 §5.8 ★★ Lagrange 乗数にすぎない軌道エネルギーに物理的な意味を与える近似の、正確な位置づけ
軌道エネルギー εi は Lagrange 乗数として導入された数学的な量である。これにイオン化エネルギーという物理的な意味を与えるのが Koopmans の定理である。
定理 (Koopmans の定理 ★★)
Φ を N 電子の Hartree–Fock 解(軌道 φ1,…,φN、軌道エネルギー ε1,…,εN)とし、軌道 φk を取り除いて他の軌道を変えずに作った N−1 電子の Slater 行列式を Φkfr とする。このとき
⟨Φkfr,HN−1Φkfr⟩−⟨Φ,HNΦ⟩=−εk.
証明
(5.7) で、k を含む項だけが差に寄与する。1体部分から hkk、2体部分から 21∑j(Jkj−Kkj)+21∑i(Jik−Kik)=∑j(Jkj−Kkj)(j=k の項は 0)が落ちるので、差は −(hkk+∑j(Jkj−Kkj))=−⟨φk,Fγφk⟩=−εk。
この定理は等式であり、近似が入るのは「イオンの状態を、中性原子の軌道を凍結した Slater 行列式で表す」ところである。イオン化エネルギー I=EN−1−EN の近似としての −εk の誤差には、符号の逆な2つの源がある。
- 軌道緩和。イオンでは電子が1つ減って遮蔽が弱まるので、残りの軌道は縮む。イオンの軌道を最適化し直す(ΔSCF と呼ぶ)とイオンのエネルギーは下がる。これは変分原理から必ず成り立つので、IΔSCF≤−εk が定理として言える。
- 相関。IΔSCF は両方の状態の相関エネルギーを無視している。電子が多い中性原子の方が電子対が多く、相関エネルギー(負)の絶対値が大きいのがふつうなので、厳密な I は IΔSCF より大きくなる傾向がある。こちらは定理ではなく経験則である。
2つの誤差が逆向きに働くので、Koopmans の値は凍結という粗い近似のわりに実測に近いことが多い。ヘリウムの数値は次のとおりである(自作 SCF と厳密値 E=−2.903724 から計算)。
| I [hartree] | I [eV] |
| Koopmans −ε1s | 0.91794 | 24.98 |
| 厳密値 E(He+)−E(He) | 0.90372 | 24.59 |
| ΔSCF E(He+)−EHF(He) | 0.86168 | 23.45 |
He+ は1電子系なので HF は厳密で E(He+)=−2 である。緩和の寄与は −0.0563、相関の寄与は +0.0420 で、たしかに逆符号になっている(検算スクリプト)。
例題 5.9 1s 軌道1個の模型での Koopmans 値 ★★
オリジナル例題 5.4 の模型(ζ∗=27/16)で考える。
- 軌道エネルギー ε=huu+Juu を求めよ。
- 軌道を凍結した He+ のエネルギーを求め、Koopmans の定理を確かめよ。
- He+ の軌道を緩和させると(指数 ζ を最適化し直すと)イオン化エネルギーはどうなるか。
解答
(1) huu=2ζ2−2ζ、Juu=85ζ なので ε=ζ(2ζ−811)。ζ=1627 を代入して ε=1627⋅(3227−3244)=−512459=−0.89648。
(2) 凍結した He+ は電子1個が uζ∗ に入った状態で、エネルギーは huu=1627(3227−2)=−512999=−1.95117。中性原子は −256729=−5121458 なので差は 512−999+1458=512459=−ε。
(3) He+ で ζ を最適化すると 2ζ2−2ζ の最小で ζ=2、エネルギー −2(厳密)。イオン化エネルギーは −2+2.84766=0.84766 に下がる。凍結値 0.89648 との差 −0.0488 が緩和の寄与で、符号は変分原理から決まる。遮蔽してくれていた相方の電子がいなくなったので、残った電子の軌道は有効電荷 27/16 から 2 へ縮む。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com