近似の数理 第5章 §5.9 ★★★ 曲がった集合への制限が残す誤差の大きさと、平均場では原理的に表せない状況
定義 (相関エネルギー)
Ecorr=EN−EHF。ここで EHF=infPNEHF は(基底の誤差を含まない)HF 極限値である。変分原理から Ecorr≤0。
ヘリウムでは Ecorr=−2.903724−(−2.861680)=−0.042044 hartree =−1.144 eV である。全エネルギーの 1.4% にすぎないが、化学反応のエネルギー(数 eV)と同じ桁である。表 5.1 との関係を整理すると、HF の誤差は2段の A 型制限の和になっている。
- Slater 行列式への制限(曲がった集合)。誤差は Ecorr。計算をどれだけ精密にしても消えない。
- 軌道を有限個の基底関数に制限(線型部分空間)。誤差は En−EHF。第4章の理論どおり、基底を増やすと単調に 0 へ近づく。
2つ目は第4章の線型理論で制御できるが、1つ目を減らすには集合そのものを広げる(複数の Slater 行列式の線型結合=配置間相互作用 CI。第4章の線型の枠組みへ戻る)しかない。
H2 の解離:平均場が原理的に失敗する例
相関には2つの顔がある。電子どうしが近づくと反発で避け合うことによる短距離の相関(動的相関)と、1つの Slater 行列式では状態の性格がそもそも表せないことによる相関(静的相関)である。後者の典型が水素分子の解離である。
最小基底として、2つの陽子 A, B のまわりの 1s 型関数 a,b(STO-3G、指数スケール ζ=1.24)だけを使う。対称性から、閉殻 RHF の空間軌道は結合性軌道 σg∝a+b に決まる。
例題 5.10 最小基底 H2 の RHF 解離極限 ★★★
オリジナル[標準的な題材を自作]核間距離 R→∞ で、重なり S=⟨a,b⟩ や a,b にまたがる積分は 0 になる。H 原子のこの基底でのエネルギーを EH=⟨a,(−21Δ−rA1)a⟩、同じ中心の反発積分を U=∬∣a(x)∣2∣a(y)∣2/∣x−y∣ とする。
- RHF 波動関数の空間部分 σg(r1)σg(r2) を、共有結合項 a(1)b(2)+b(1)a(2) とイオン項 a(1)a(2)+b(1)b(2) に分解し、それぞれの重みを求めよ。
- RHF のエネルギーが R→∞ で 2EH+2U−2R1 に近づくことを示せ。
- EH=−0.46658、U=0.77461 のとき、RHF の解離極限と正しい極限 2EH の差を求めよ。
- 2配置 σg2 と σu2(σu∝a−b)の CI で、解離極限の波動関数がどうなるかを述べよ。
解答
(1) S→0 で σg=(a+b)/2。σg(1)σg(2)=21[(a1b2+b1a2)+(a1a2+b1b2)]。2つの括弧はそれぞれノルム 2 で互いに直交するので、重みは 21⋅2⋅21=21 ずつ。RHF は H⋅H(共有結合)と H+H−(イオン)を必ず半々に混ぜる。
(2) E=2hgg+Jgg+R1。hgg→haa=EH−⟨a,rB−1a⟩≈EH−R1。Jgg=41[(aa∣aa)+(bb∣bb)+2(aa∣bb)]+(重なりを含む項)→41(2U+R2)。合わせて E→2EH−R2+2U+2R1+R1=2EH+2U−2R1。
(3) R→∞ の極限は 2EH+2U=−0.93316+0.38730=−0.54586。正しい極限 −0.93316 より 0.3873 hartree(10.5 eV)も高く、−1 hartree(厳密な H 原子2個)にも遠く及ばない。原因は (1) のイオン項で、遠く離れた H− は電子2個が同じ原子に乗っている分の反発 U を払う。
(4) σu(1)σu(2)=21[−(a1b2+b1a2)+(a1a2+b1b2)]。Ψ=21(σg2−σu2) とすればイオン項が打ち消し合い、共有結合項だけ(Heitler–London 型)が残る。数値でも R=40 で CI 係数は (0.7071,−0.7071) となり、エネルギーは 2EH に一致した。2つの Slater 行列式の線型結合が要るのだから、これは1つの Slater 行列式(平均場)の範囲では原理的に表せない。(検算スクリプト)
図 5.3 に、同じ最小基底での RHF・UHF・CI(2配置)のポテンシャル曲線を示す。UHF(スピン上向きと下向きの電子に別々の空間軌道を許す HF)は、ある距離(この基底では約 2.2 bohr。Coulson–Fischer 点と呼ばれる)より遠くで対称性を破った解(上向き電子が A に、下向き電子が B に寄る解)へ移り、正しい解離極限 2EH に到達する。その代わり、UHF の波動関数はもはやスピン一重項でなく、解離極限では三重項が半分混ざる。エネルギーを正しくする代償に対称性を失うのであり、これは「平均場は静的相関を記述できない」ことの別の表れである。平衡核間距離(RHF では 1.346 bohr)付近では RHF と UHF は一致し、CI との差 −0.0206 hartree が(この粗い基底での)相関エネルギーになる。

図 5.3 最小基底(STO-3G)の H2 のポテンシャル曲線。RHF は解離で誤った極限へ向かい、UHF は約 2.2 bohr で対称性を破って正しい極限に到達する。CI は全域で最も低い。横線は基底での H 原子2個のエネルギー 2EH と RHF の解離極限(scripts/gen_ch05.py)。
UHF で解離が直ったわけではない
UHF の解離極限は正しいエネルギーを与えるが、それは対称性を破った解を許したからである。正しい波動関数(共有結合の一重項)は2つの Slater 行列式の和であり、1つの Slater 行列式ではどう選んでも表せない。「エネルギーが合う」と「状態が正しい」は別の主張である。HF の最小解が対称性を破りうるのは、Slater 行列式の集合が曲がっていて最小点が一意とは限らないからであり、§5.6 の注意で触れた開殻原子での球対称性の破れも同じ現象である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com