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最小解の存在:電子は無限遠へ逃げないか

2026年10月9日11分で読めますAI生成教科書『虎の巻』第5章 Hartree–Fock の変分構造
目次
  1. 弱収束と質量の流出
  2. Lieb–Simon の定理
  3. 木下の層

AI 生成・木下が未勉強

近似の数理 第5章 §5.7 ★★ 無限次元の最小化に特有の難所(質量の流出)と、その乗り越え方

ここまでは「最小解 γ\gamma があるとすれば」と仮定してきた。有限次元なら、下に有界な連続関数は有界閉集合上で最小値をとる。無限次元ではこれが成り立たない。

弱収束と質量の流出

1粒子空間の関数の列 unu_n が uu に弱収束する(un⇀uu_n\rightharpoonup u)とは、すべての χ\chi について ⟨χ, un⟩→⟨χ, u⟩\langle \chi,\,u_n\rangle \to\langle \chi,\,u\rangle となることをいう(第2章)。「どの固定した観測装置で見ても unu_n と uu の区別がつかなくなる」という意味であり、ノルムの収束(強収束)より弱い。ノルムが有界な列は必ず弱収束する部分列をもつ(有限次元の Bolzano–Weierstrass の定理の代わりになる)。ただし極限ではノルムが落ちうる。

質量が無限遠へ逃げる

uu を正規化された関数とし、un(r)=u(r−ne)u_n(\bm{r})=u(\bm{r}-n\bm{e})(e\bm{e} は単位ベクトル)とおく。どの χ\chi についても ⟨χ, un⟩→0\langle \chi,\,u_n\rangle \to0 なので un⇀0u_n\rightharpoonup 0 だが、∥un∥=1\lVert u_n\rVert =1 である。もう1つの例は un(r)=n−3/2u(r/n)u_n(\bm{r})=n^{-3/2}u(\bm{r}/n) で、関数が薄く広がって弱収束の極限は 0 になる。どちらも「質量(ノルム)が極限で失われる」。

Hartree–Fock の最小化列 γn\gamma_n(EHF(γn)→inf⁡\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma_n)\to\inf)についても同じことが起こりうる。電子の一部が無限遠へ逃げれば、極限 γ\gamma の跡 Tr⁡γ\operatorname{Tr}\gamma は NN より小さくなり、γ\gamma は NN 電子の許容集合に入らない。Lions は、このような最小化列で起こりうることが「コンパクト(質量が局在したまま残る)」「消失(全体が薄く広がる)」「分裂(一部が遠くへ離れる)」の3通りに限られることを示し、後の2つを排除するための一般的な処方を与えた。これが集中コンパクト性(concentration–compactness)の方法である。

Lieb–Simon の定理

定理 5.10(Lieb–Simon(1977) ★★)

原子または分子で、電子数 NN が総核電荷 ZZ に対し N<Z+1N<Z+1(すなわち中性または正イオン)なら、EHF\mathcal E^{\mathrm{HF}} の PN\mathcal P_N 上の最小解が存在し、それは Hartree–Fock 方程式 (5.13) を満たす。

証明の骨格(集中コンパクト性の考え方に沿って再構成したもの)

第1段(下からの有界性と弱極限) 2体部分は非負である。実際 0≤γ≤10\le\gamma\le1 なら ∣γ(x,y)∣2≤γ(x,x)γ(y,y)|\gamma(x,y)|^2\le\gamma(x,x)\gamma(y,y) なので、交換項は直接項を超えない。水素型の不等式 −14Δ−Zk∣r∣≥−Zk2-\frac14\Delta-\frac{Z_k}{|\bm{r}|}\ge-Z_k^2 を使うと核引力は運動エネルギーの半分で抑えられ、

EHF(γ) ≥ 12Tr⁡[−12Δγ]−C(N,Z)\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma)\ \ge\ \tfrac12\operatorname{Tr}[-\tfrac12\Delta\gamma]-C(N,Z)

となる。したがって最小化列 γn\gamma_n の運動エネルギーは有界で、弱収束する部分列がとれる。その極限 γ\gamma は 0≤γ≤10\le\gamma\le1 を満たすが、Tr⁡γ=λ≤N\operatorname{Tr}\gamma=\lambda\le N でしかない。ここで凸集合 GN\mathcal G_N の利点が出る。閉じた凸集合 {0≤γ≤1, Tr⁡γ≤N}\{0\le\gamma\le1,\ \operatorname{Tr}\gamma\le N\} は弱極限をとっても外へ出ないが、射影の集合 PN\mathcal P_N はそうではない(遠ざかる軌道への射影の列は弱く 0 に収束する)。曲がった集合のままでは極限が許容集合から落ちてしまうので、凸集合へ緩和した問題で極限をとる。

第2段(下半連続性。難所) 逃げた部分のエネルギーは非負である。逃げた電子は核から遠いので核引力はほぼ 0 で、運動エネルギーと「直接項 − 交換項」はどちらも非負だからである。したがって

EHF(γ)≤lim inf⁡nEHF(γn)=inf⁡PNEHF\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma)\le\liminf_n\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma_n)=\inf_{\mathcal P_N}\mathcal E^{\mathrm{HF}}

となる。この不等式を厳密にするには、γn\gamma_n を核の近くと遠くに切り分ける局所化(境界の運動エネルギーの誤差が 0 に行くような切り分け方)と、核引力の項が弱収束で連続であることを示す必要がある。ここが技術的な中心で、本書では認めて進む。

第3段(質量は失われない) λ<N\lambda<N と仮定して矛盾を導く。FγF_\gamma のポテンシャル部分 V+ργ∗∣x∣−1V+\rho_\gamma*|x|^{-1} は遠方で −(Z−λ)/∣r∣-(Z-\lambda)/|\bm{r}| のように振る舞う。核電荷は整数なので、N<Z+1N<Z+1 は N≤ZN\le Z と同じであり、Z−λ>Z−N≥0Z-\lambda>Z-N\ge0、つまり遠方には正味の引力の Coulomb の尾が残る。Coulomb の尾をもつ1体演算子は無限個の負の固有値をもつ(大きさ RR の領域に広がった試行関数では運動エネルギーが ∼R−2\sim R^{-2}、ポテンシャルが ∼−(Z−λ)/R\sim-(Z-\lambda)/R で、RR が大きければ負になる。水素原子の Rydberg 系列と同じ理屈で、第3章の min-max 原理から固有値の個数が数えられる)。交換演算子 KγK_\gamma は非負なので −Kγ-K_\gamma はエネルギーを下げる側にしか働かない。そこで遠方に広がった正規化関数 ψ\psi で ⟨ψ, Fγψ⟩<0\langle \psi,\,F_\gamma\psi\rangle <0 となるものをとり、γ+t∣ψ⟩⟨ψ∣\gamma+t| \psi \rangle \langle \psi | を作る(γ\gamma と両立するように ψ\psi を選べることは技術的に確かめる)。(5.11) より

EHF(γ+t∣ψ⟩⟨ψ∣)=EHF(γ)+t⟨ψ, Fγψ⟩<EHF(γ)\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma+t| \psi \rangle \langle \psi |)=\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma)+t\langle \psi,\,F_\gamma\psi\rangle <\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma)

で、自己相互作用の相殺のおかげで2次の項がちょうど消えている。足りない電子 N−λN-\lambda 個分をこのように(互いに遠く離した関数で)付け加えると、NN 電子の許容集合の元で、エネルギーが inf⁡PNEHF\inf_{\mathcal P_N}\mathcal E^{\mathrm{HF}} より真に低いものができる(第2段の不等式と合わせる)。これは下限の定義に反する。よって λ=N\lambda=N。

第4段 λ=N\lambda=N なら γ∈GN\gamma\in\mathcal G_N で EHF(γ)≤inf⁡\mathcal E^{\mathrm{HF}}(\gamma)\le\inf、つまり γ\gamma は GN\mathcal G_N 上の最小解である。Lieb の変分原理(定理 5.8)により、射影の最小解、すなわち Slater 行列式の最小解が存在する。

逃げると損をするから逃げない

証明の核心は第3段の一文、「無限遠へ逃げた電子は、核の正味の引力 Z−(N−1)>0Z-(N-1)>0 を感じるので、戻ってきた方がエネルギーが下がる」である。物理屋にはほとんど自明に聞こえるが、無限次元の最小化問題では、この直観を「最小化列のどの部分列も質量を失わない」という主張に翻訳する作業(第2段の局所化)が本当の仕事になる。

負イオンでは保証が無い

N≥Z+1N\ge Z+1 では第3段が崩れる。最後の電子が遠方で感じるのは正味電荷 Z−(N−1)≤0Z-(N-1)\le0、つまり引力がないか斥力である。この場合、最小解の存在は一般には保証されない。実際、N が Z より十分大きいと HF の最小解が存在しないことが知られている(Solovej による Hartree–Fock 理論での電離予想の解決)。

具体例として、水素の負イオン H−^-(Z=1Z=1, N=2N=2)を考える。閉殻 RHF の値は −0.48792-0.48792 hartree(自作 SCF、ガウス 10 個)で、H 原子と無限遠の電子の組 −0.5-0.5 より高い。HF の範囲では H−^- は H と自由電子に分かれた方が得になり、安定性を説明できない。一方、厳密な H−^- のエネルギーは −0.52775-0.52775 で H より低い(H−^- は実在する)。H−^- の束縛は、HF が持たない相関エネルギーだけによって生じている。(検算スクリプト)

例題 5.8 遠くへ広げた電子は得をするか ★★

オリジナル定理 5.10 の証明の第3段を、具体的な関数で確かめる。核電荷 ZZ の核のまわりで、上向きの電子1個が 1s 軌道 uZu_Z に入っている(uζ(r)=(ζ3/π)1/2e−ζru_\zeta(\bm{r})=(\zeta^3/\pi)^{1/2}\mathrm{e}^{-\zeta r}。局在した電荷は λ=1\lambda=1 個分)。ここに下向きの電子を1個、軌道 usu_s で付け加える(s>0s>0 が小さいほど遠くへ広がる)。スピンが逆なので交換項は無く、エネルギーの増分は

ΔE(s)=⟨us, (−12Δ−Zr)us⟩+J(Z,s)=s22−Zs+J(Z,s),J(a,b)=ab(a2+3ab+b2)(a+b)3\Delta E(s)=\langle u_s,\,\bigl(-\tfrac12\Delta-\tfrac Zr\bigr)u_s\rangle +J(Z,s)=\frac{s^2}2-Zs+J(Z,s),\qquad J(a,b)=\frac{ab(a^2+3ab+b^2)}{(a+b)^3}

である。J(a,b)J(a,b) は ∣ua∣2|u_a|^2 と ∣ub∣2|u_b|^2 の静電相互作用で、a=b=ζa=b=\zeta では例題 5.4 の 58ζ\frac58\zeta に戻る。

  1. s→0s\to0 で ΔE(s)=−(Z−1)s+s22−2s3Z2+O(s4)\Delta E(s)=-(Z-1)s+\dfrac{s^2}2-\dfrac{2s^3}{Z^2}+O(s^4) を示せ。
  2. Z=2Z=2(He)で ΔE(12)\Delta E(\frac12) を求めよ。
  3. Z=1Z=1(H に電子を足す)では、すべての s>0s>0 で ΔE(s)>0\Delta E(s)>0 であることを示せ。
  4. (1)〜(3) を、証明の第3段の言葉で解釈せよ。
解答

(1) x=s/Zx=s/Z とおくと J(Z,s)=s (1+3x+x2)(1+x)−3J(Z,s)=s\,(1+3x+x^2)(1+x)^{-3}。(1+x)−3=1−3x+6x2+O(x3)(1+x)^{-3}=1-3x+6x^2+O(x^3) を掛けると xx の1次の係数は 3−3=03-3=0、2次の係数は 6−9+1=−26-9+1=-2 なので J(Z,s)=s−2s3Z2+O(s4)J(Z,s)=s-\frac{2s^3}{Z^2}+O(s^4)。これを代入して

ΔE(s)=s22−Zs+s−2s3Z2+O(s4)=−(Z−1)s+s22−2s3Z2+O(s4).\Delta E(s)=\frac{s^2}2-Zs+s-\frac{2s^3}{Z^2}+O(s^4)=-(Z-1)s+\frac{s^2}2-\frac{2s^3}{Z^2}+O(s^4).

(2) J(2,12)=1⋅(4+3+14)(5/2)3=294⋅8125=58125J(2,\frac12)=\dfrac{1\cdot(4+3+\frac14)}{(5/2)^3}=\dfrac{29}{4}\cdot\dfrac{8}{125}=\dfrac{58}{125}。よって ΔE(12)=18−1+58125=125−1000+4641000=−4111000\Delta E(\frac12)=\frac18-1+\frac{58}{125}=\dfrac{125-1000+464}{1000}=-\dfrac{411}{1000}。電子を付け加えるとエネルギーが下がる。

(3) Z=1Z=1 で通分すると

2(1+s)3ΔE(s)=s2(1+s)3−2s(1+s)3+2s(1+3s+s2)=s2(1−s+s2+s3)2(1+s)^3\Delta E(s)=s^2(1+s)^3-2s(1+s)^3+2s(1+3s+s^2)=s^2\bigl(1-s+s^2+s^3\bigr)

となる(括弧の中を展開すると ss と s2s^2 の項がそれぞれ打ち消し合う)。1−s+s2=(s−12)2+34>01-s+s^2=(s-\frac12)^2+\frac34>0 と s3>0s^3>0 より、ΔE(s)=s2(1−s+s2+s3)2(1+s)3>0\Delta E(s)=\dfrac{s^2(1-s+s^2+s^3)}{2(1+s)^3}>0。

(4) 軌道 usu_s の広がりは R∼1/sR\sim1/s で、(1) の s22\frac{s^2}2 は運動エネルギー ∼R−2\sim R^{-2}、−(Z−1)s-(Z-1)s は遠方で感じる正味の Coulomb の尾 −(Z−λ)/R-(Z-\lambda)/R にあたる。Z>λZ>\lambda なら RR を大きくすると尾の項が勝って ΔE<0\Delta E<0 となり、遠方に置いた電子は付け加えた方が得をする。第3段はこれを使って「質量が無限遠へ逃げた最小化列は最小でない」と結論した。Z=1Z=1 では正味の電荷 Z−λZ-\lambda が 0 で1次の項が消え、運動エネルギーの s22\frac{s^2}2 が残って ΔE>0\Delta E>0 になる。この試行関数の範囲では、2個目の電子は束縛されない。直前の注意の H−^- の話と同じ向きの結果だが、ここでは芯の軌道を固定しているので、それの証明にはなっていない。(検算スクリプト)

木下の勉強ステータス

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