近似の数理 第7章 §7.8 ★★ 低 Reynolds 数側の極限。正則に見えて遠方で特異になる例と、薄い領域の漸近極限
Stokes 近似と遠方での破綻
Re→0 では慣性項が落ちて Stokes 方程式 ∇p=μΔu、∇⋅u=0 になる。最高階の項は残るので、物体の近くでは正則な極限に見える。半径 a の球が速さ U で動くときの抵抗 F=6πμaU(Stokes の抵抗則)がこの近似の代表的な結果である。
ところが遠方では事情が変わる。Stokes 解の速度の乱れは r が大きいとき Ua/r のように減衰する(3次元)。その位置での慣性項と粘性項の比を見積もると
∣νΔu∣∣(u⋅∇)u∣∼νUa/r3U⋅Ua/r2=νUr=Rear
(Re=Ua/ν、ここで一様流 U が乱れを運ぶ項 U∂x を慣性項の代表とした)となり、r∼a/Re で慣性が粘性と同じ大きさになる。Stokes 近似は物体から a/Re より遠い領域では成り立たない。小パラメータが方程式の係数でなく「領域の大きさ」の側に現れる形の特異摂動である。
2次元(円柱)ではこの破綻がより深刻になる。2次元の Stokes 方程式の基本解は lnr のように増大するので、物体の上で u=0、無限遠で一様流という二つの条件を同時に満たす Stokes 解が存在しない(Stokes のパラドックス)。3次元では主要項は存在するが、次の次数の補正を Stokes 方程式の範囲で求めようとすると、遠方で増大する項が現れて無限遠の条件を満たせない(Whitehead のパラドックス)。どちらも、多重尺度法の永年項と同じく、ある変数(ここでは r)の大きい領域で展開が非一様になることの現れである。
解決は接合漸近展開による。遠方では一様流による移流 U∂xu だけを残した Oseen 方程式ρU∂xu=−∇p+μΔu を外部方程式とし、物体の近くの Stokes 解を内部解として、二つを中間領域で接合する(Kaplun、Proudman と Pearson の仕事)。この手続きで、3次元の球の抵抗は
F=6πμaU(1+83Re+⋯)
となる(第2項は Oseen の補正)。2次元の円柱では、単位長さあたりの抵抗の主要項が 4πμU/ln(1/Re) の形になり、Re の冪ではなく 1/ln(1/Re) の冪で展開される。漸近列として εn でなく (lnε)−n を使わざるを得ない例であり、定義 7.2 で漸近列を一般の関数列にしておいた理由がここにある。
潤滑近似と Reynolds 方程式
軸受のように、隙間の厚さ H が長さ L に比べて小さい薄い領域の流れを考える。アスペクト比 ε=H/L を小パラメータとし、下の面 y=0 が速さ U で x 方向に動き、上の面 y=h(x) が静止しているとする。座標と速度を
x=Lx~,y=εLy~,u=Uu~,v=εUv~,p=H2μULp~
とスケールする(v の ε 倍は連続の式から、圧力の尺度は px と μuyy の釣り合いから決まる)。Navier–Stokes の x 成分は
ε2Re(u~u~x~+v~u~y~)=−p~x~+u~y~y~+ε2u~x~x~
となり、y 成分からは p~y~=O(ε2) が出る。修正 Reynolds 数 ε2Re が小さければ、主要項は
μuyy=px(x),py=0
であり、x を固定するごとに y についての2階常微分方程式になる。u(0)=U、u(h)=0 のもとで
u=2μpx(y2−yh)+U(1−hy),q=∫0hudy=−12μh3px+2Uh
を得る(検算スクリプト)。定常流では連続の式から流量 q が x によらないので、q の式を x で微分して
dxd(h3dxdp)=6μUdxdh(7.14)
が得られる。これがReynolds 方程式で、2次元の Navier–Stokes 方程式が、隙間の形 h(x) だけを係数にもつ圧力の1次元の方程式に縮約される。動く面が流体を狭まる隙間へ引きずり込む(h′<0 の向きに動く)と圧力が正になって荷重を支える(くさび作用)。たとえば隙間が2 から 1 へ線形に狭まるパッドで両端の圧力を 0 とすると、中央の圧力は μ=U=L=1 の単位で 0.222 である(検算スクリプト)。
潤滑近似は、薄い方向の変化を速い変数、長い方向の変化を遅い変数とみなし、速い変数については方程式を厳密に解いて(放物線の速度分布)、その平均量(流量)だけを遅い変数の方程式に渡す手続きである。これは平均化や BO と同じ「速い変数を解いて遅い変数の有効方程式を得る」構造で、第9章の均質化とも通じる。ε→0 で Navier–Stokes の解が Reynolds 方程式の解に収束することは数学的にも示されている。ただし隙間の端(軸受の出入口)や、隙間の形 h(x) が急に変わる場所では、薄い領域の仮定が破れて別の内部層が必要になる。
例題 7.8 段付き軸受の圧力 ★★
オリジナル隙間が段になった軸受を考える。隙間は 0<x<a で h1、a<x<L で h2(h1>h2)であり、下の面が速さ U で +x 方向に動き、両端の圧力は p(0)=p(L)=0 とする。
- (1) 各区間で Reynolds 方程式 (7.14) から圧力が x の1次関数になることを示し、段の位置 x=a の圧力 pm を流量の連続から求めよ。
- (2) μ=U=L=1、h1=2、h2=1、a=1/2 のとき、pm と単位幅あたりの荷重 ∫0Lpdx を求め、本文の線形に狭まるパッドと比べよ。
- (3) 粘性率 μ=0.05 Pas、密度 ρ=900 kg/m3 の油で U=5 m/s、L=5 cm、h2=H=25 μm とする。圧力の尺度 μUL/H2 と修正 Reynolds 数 ε2Re(Re=ρUL/μ、ε=H/L)を見積もり、潤滑近似が使えることと、薄い油膜が大きな荷重を支えられる理由を述べよ。
解答
(1) 各区間の内部では h が定数なので (7.14) の右辺は 0、左辺は h3p′′ で、p′′=0 である。両端の条件と x=a での圧力の連続から
p=pmax(0<x<a),p=pmL−aL−x(a<x<L).
流量 q=−h3p′/(12μ)+Uh/2 は段の両側で等しくなければならない(流体が段で湧いたり消えたりしない)ので
−12μh13apm+2Uh1=12μh23L−apm+2Uh2⟹pm=h13/a+h23/(L−a)6μU(h1−h2).
pm>0 となるのは h1>h2、すなわち動く面が流体を厚い側から薄い側へ引きずり込む向きのときであり、本文のくさび作用と同じ条件である。
(2) pm=6⋅1/(8/0.5+1/0.5)=1/3、荷重は三角形の面積で pmL/2=1/6≈0.167 である。同じ隙間の範囲(2 から 1)を線形に狭めたパッドでは、中央の圧力が 0.222、最大圧力が 0.250、荷重が 0.159 である(検算スクリプト)。段付きの方が圧力の山が高く、荷重もわずかに大きい。隙間の形 h(x) だけで荷重が決まるのは、Reynolds 方程式が h だけを係数にもつことの直接の帰結である。
(3) μUL/H2=0.05⋅5⋅0.05/(25×10−6)2=2.0×107 Pa である。(2) の無次元の値はx を L、h を H で測ったものなので、pm は約 6.7 MPa になる。一方 Re=900⋅5⋅0.05/0.05=4500 と大きいが、ε=5×10−4 なので ε2Re=1.1×10−3≪1 であり、慣性は無視できる。慣性が落ちるかどうかを決めるのはRe でなく ε2Re であることがこの数値から分かる。壁の摩擦応力の尺度 μU/H=104 Pa に比べて、圧力の尺度は L/H=2000 倍大きい。薄い隙間を長い距離にわたって流体を押し込むには大きな圧力勾配が要り、それが荷重を支える。
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