近似の数理 第8章 §8.9 ★★ 音波が速く振動して平均で消えるという、弱収束による極限の典型例
速い音波
等エントロピーの圧縮性 Euler 方程式を、流速 U と音速 cs の比 ε=Ma で無次元化すると
∂tρ+∇⋅(ρu)=0,∂t(ρu)+∇⋅(ρu⊗u)+ε21∇p(ρ)=0
になる。圧力の項に ε−2 が付くので、密度の揺らぎは ρ=1+εσ の形で O(ε) に抑えられる。線型の部分を取り出すと(音速を 1 とする)
∂tσ+ε1∇⋅u=⋯,∂tu+ε1∇σ=⋯(8.55)
となり、音波が速さ 1/ε で伝わる。速度場を、発散が 0 の部分 Pu と勾配の部分 Qu(Fourier 空間で波数ベクトルに垂直な成分と平行な成分)に分けると、式 (8.55) の速い振動に関わるのは σ と Qu だけであり、それらは e±i∣k∣t/ε のように振動する。Pu は速い振動を持たない。
弱収束
定義 (弱収束)
関数列 uε が u に弱収束する(uε⇀u)とは、すべての滑らかな試験関数 ψ について ∫uεψ→∫uψ となることをいう。
典型例は uε(t)=cos(t/ε) である。t∈[0,1] で各点の値は収束しないが、ψ(t)=1−t に対して ∫01cos(t/ε)(1−t)dt=ε2(1−cos(1/ε))→0 となり、一般の滑らかな ψ でも部分積分によって O(ε) 以下になる。したがって cos(t/ε)⇀0。一方で cos2(t/ε)⇀21 であり、0 の 2 乗の 0 にはならない(数値は検算スクリプト)。弱収束は積と可換でない。振動のエネルギー(2 乗の平均)は弱極限に残るが、振動そのものは平均で消える。第2章で弱収束を導入したときの例、第9章の均質化で係数が速く振動する方程式の極限を考えるときの構造と同じである。
極限
ε→0 で、音波の部分 σ,Qu は速く振動して 0 に弱収束し、Pu は非圧縮性 Euler 方程式(粘性があれば非圧縮性 Navier–Stokes 方程式)の解に収束する。圧力は ∇⋅u=0 を保つための未定乗数(Lagrange 乗数)として現れ、もはや状態方程式で決まる量ではなくなる。初期値に音波の成分がない場合(よく準備された初期値)は、Klainerman と Majda(1981)によって強い意味の収束が示された。音波の成分がある場合(よく準備されていない初期値)は、音波が非線型項を通じて Pu に影響を残さないことを示す必要がある。全空間では音波が遠方へ散って局所的に減衰すること、周期的な箱では速い振動どうしの共鳴が平均で打ち消されることを使って、極限が示されている。
物理の直観との対応
「流速が音速よりずっと遅ければ密度は一定とみなしてよい」という物理の直観は、この極限定理の強い意味の収束(よく準備された初期値の場合)に対応する。直観が外れるのは、音波の成分が大きい初期値(衝撃的な加圧)や、音波が境界で反射して共鳴する容器の中である。そこでは収束は弱い意味にとどまり、音波のエネルギーは極限の方程式から見えないまま残る。
例題 8.10 速い音波は弱極限で消えるがエネルギーは残る ★★
オリジナル周期 2π の区間 x∈[0,2π) で、1 次元の線型音響方程式
∂tσ+ε1∂xu=0,∂tu+ε1∂xσ=0
を初期値 σ(0,x)=cosx、u(0,x)=0 で考える。
- σ=cosxcos(t/ε)、u=sinxsin(t/ε) が解であることを確かめよ。
- 音響エネルギー E=21∫02π(σ2+u2)dx が時間によらないことを示し、その値を求めよ。
- 時間 t∈[0,1] と空間の滑らかな試験関数について、ε→0 で σ⇀0、u⇀0 だが、σ2⇀21cos2x となることを示せ。弱極限 (0,0) のエネルギーと比べよ。
解答
(1) ∂tσ=−ε1cosxsin(t/ε)、∂xu=cosxsin(t/ε) なので第 1 式が成り立つ。∂tu=ε1sinxcos(t/ε)、∂xσ=−sinxcos(t/ε) なので第 2 式も成り立つ。初期値も合う。
(2) ∂t21(σ2+u2)=σ∂tσ+u∂tu=−ε1(σ∂xu+u∂xσ)=−ε1∂x(σu) で、周期境界なので積分すると 0。値は t=0 で 21∫02πcos2xdx=2π。具体的な解でも 21(πcos2(t/ε)+πsin2(t/ε))=2π となる。
(3) 試験関数 ψ(t,x) との積分は ∫01cos(t/ε)(∫02πcosxψdx)dt で、括弧の中は t の滑らかな関数なので、本節の cos(t/ε)⇀0 の議論から 0 に行く。u も同様である。一方 σ2=cos2x⋅21(1+cos(2t/ε)) で、cos(2t/ε) の部分は弱極限で消えるから σ2⇀21cos2x、同様に u2⇀21sin2x。弱極限の (σ,u)=(0,0) のエネルギーは 0 だが、σ2+u2 の弱極限から計算したエネルギーは 21∫02π(21cos2x+21sin2x)dx=2π のまま残る。ε=0.01 で ∫01∫02πσ2dxdt≈1.564(極限値 π/2≈1.571)である(検算スクリプト)。1 次元では速度場はすべて勾配の部分 Qu であり、発散 0 の部分 Pu を持たないので、極限の非圧縮流は 0 になる。音波のエネルギーは極限の方程式から見えない形で残り、これが上の注意の「音波のエネルギーは極限の方程式から見えないまま残る」の具体例である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com