近似の数理 第9章 §9.1 ★★★ 弱収束と強収束の区別が有効係数を決めることを、完全に計算できる場合で示す
この章は二つの部分からなる。前半は B 型(極限)の最後の例として均質化を扱う。細かい周期構造をもつ媒質の中の拡散・伝導・流れは、構造の周期 ε を系の大きさに比べて小さくした極限で、一様な「有効媒質」の方程式に置き換わる。複合材料の有効熱伝導率や、多孔質媒体を流れる水の Darcy 則は、この極限として導くことができる。ここでは「どの量が強く収束し、どの量が弱くしか収束しないか」という区別が結論を決めることを、1次元の厳密な計算から多次元の証明まで追う。
後半は C 型(閉じる)を扱う。乱流の Reynolds 平均と渦粘性モデル、Rayleigh–Bénard 対流の3モード打ち切り(Lorenz 方程式)、密度汎関数理論(DFT)の交換相関汎関数である。どれも物理で日常的に使われるが、小さいパラメータがないため、前半のような極限定理の形の正当化ができない。何が厳密に言えて、どこから先がモデルなのかを、それぞれの場合に一つずつ切り分ける。
問題設定と素朴な答え
区間 (0,1) 上で、周期 ε で振動する係数をもつ境界値問題
−dxd(a(εx)dxduε)=f(x),uε(0)=uε(1)=0(9.1)
を考える。a(y) は周期 1 の関数で、正の定数 λ,Λ について 0<λ≤a(y)≤Λ を満たすとする。物理的には、熱伝導率 a が場所によって周期的に変わる棒の定常熱伝導(u は温度、f は熱源)、あるいは抵抗率が周期的に変わる導線の電位の問題である。周期 ε が系の長さ 1 に比べて非常に小さいとき、微細構造を一つ一つ解くのは無駄に思える。そこで問いは次のようになる。ε→0 で uε は何かの関数 u0 に近づくか。近づくなら、u0 はどんな方程式を満たすか。
素朴な答えは「係数を平均で置き換えればよい」、つまり ⟨a⟩=∫01a(y)dy を一様な係数として−⟨a⟩u0′′=f を解けばよい、というものである。この答えは誤りである。正しい有効係数は
a∗=(∫01a(y)dy)−1=⟨1/a⟩−1(9.2)
すなわち a の調和平均である。算術平均と調和平均は、a が定数でない限り a∗<⟨a⟩ と厳密に異なる(Cauchy–Schwarz の不等式 1=⟨a⋅1/a⟩2≤⟨a⟩⟨1/a⟩ による)。
直列につないだ抵抗
抵抗率 a−1 の細片が長さ方向に直列に並んだ導線を考えると、全体の抵抗は各細片の抵抗の和である。抵抗は抵抗率の長さ平均、すなわち ⟨1/a⟩ に比例するので、全体の伝導率は ⟨1/a⟩−1 になる。1次元の媒質では、電流(熱流)は細片を一つずつ順番に通るしかない。電流が細片の並びに対して直列にしか流れられないことが、調和平均を生む。物理屋の直観はここまでで正しい答えを出す。以下ではこの直観を、どの量がどの意味で収束するかという言葉で書き直し、多次元へ持ち上げられる形にする。
弱収束の復習と、振動する周期関数の弱極限
第2章で導入した弱収束を、この章で使う形で再掲する。
定義 (L2 での強収束と弱収束)
区間(または領域)Ω 上の 2 乗可積分関数の空間を L2(Ω)、そのノルムを∥g∥=(∫Ω∣g∣2)1/2 と書く。関数列 gε が g に
- 強収束するとは、∥gε−g∥→0 となることをいう。
- 弱収束するとは、すべての φ∈L2(Ω) について∫Ωgεφdx→∫Ωgφdx となることをいい、gε⇀g と書く。
強収束すれば弱収束するが、逆は成り立たない。弱収束は「固定した窓関数 φ で重みをつけて平均した値」が収束することだけを要求するので、窓の幅より細かい振動は平均で消え、極限には現れない。典型例が次の補題である。
補題 9.2(振動する周期関数の弱極限)
g(y) を周期 1 の有界な関数、⟨g⟩=∫01g(y)dy とする。gε(x)=g(x/ε) とおくと、有界区間 Ω 上で gε⇀⟨g⟩(定数関数)である。一方、g が定数でなければ gε は強収束しない。
証明
∣g∣≤M とする。まず φ が区間 [α,β] の指示関数の場合を示す。変数変換 y=x/ε により∫αβg(x/ε)dx=ε∫α/εβ/εg(y)dy である。区間 [α/ε,β/ε] は長さ 1 の完全な周期を n=⌊(β−α)/ε⌋ 個含み、残りの長さは 2 未満なので、ε∫α/εβ/εgdy−εn⟨g⟩≤2Mε。εn→β−α だから ∫αβgε→(β−α)⟨g⟩ となる。線型性から、φ が階段関数(有限個の区間の指示関数の線型結合)でも同じ結論が成り立つ。
一般の φ∈L2 に対しては、任意の δ>0 について ∥φ−ψ∥<δ となる階段関数 ψ がとれる。Cauchy–Schwarz により∫(gε−⟨g⟩)(φ−ψ)≤2M∣Ω∣1/2δ で、ε によらない。したがって limsup∫(gε−⟨g⟩)φ≤2M∣Ω∣1/2δ で、δ は任意だから極限は 0 である。
強収束しないことは、∥gε−⟨g⟩∥2=∫∣g(x/ε)−⟨g⟩∣2dx に同じ議論を周期関数∣g−⟨g⟩∣2 に対して使うと、これが ∣Ω∣⟨∣g−⟨g⟩∣2⟩>0 に収束することからわかる。
この補題が、この章の前半全体の基礎である。振動する係数 a(x/ε) はそれ自身 ⟨a⟩ に弱収束し、1/a(x/ε) は ⟨1/a⟩ に弱収束する。ところが 1/⟨a⟩=⟨1/a⟩ である。「弱収束する列の関数(ここでは逆数)の弱極限は、弱極限の関数ではない」。第2章で強調した「弱収束する二つの量の積の弱極限は弱極限の積でない」はこの一例であり、均質化の問題はまさにこの現象の上に立っている。
1次元の均質化定理
定理 9.3(1次元の均質化 ★★★)
f∈L2(0,1) とし、uε を (9.1) の解とする。a∗=⟨1/a⟩−1 とおき、u0 を一様係数の問題
−a∗u0′′=f,u0(0)=u0(1)=0(9.3)
の解とする。このとき ε→0 で次が成り立つ。
- uε→u0 は [0,1] 上で一様に(したがって L2 でも強く)収束する。
- 流束 σε:=a(x/ε)uε′ は σ0:=a∗u0′ に一様に(強く)収束する。
- 勾配 uε′ は u0′ に弱くのみ収束する。a が定数でなく σ0≡0 なら、強収束はしない。
証明
F(x)=∫0xf(s)ds、b(y)=1/a(y)、bε(x)=b(x/ε) とおく。
(i) 流束を書き下す。方程式は σε′=−f と書けるので、ある定数 cε を使って σε(x)=cε−F(x) である。したがって uε′=bεσε=bε(cε−F)。境界条件 uε(0)=0 から uε(x)=∫0xbε(cε−F)ds、もう一方の境界条件 uε(1)=0 から定数が決まる。
cε=∫01bεdx∫01bεFdx.
(ii) 定数の極限。補題 9.2 を g=b、試験関数 φ=F と φ=1 に使うと、分子は ⟨b⟩∫01F、分母は ⟨b⟩ に収束する。よって cε→c0:=∫01Fdx。このとき σε−σ0=cε−c0 は x によらない定数なので、σε→σ0:=c0−F は一様収束である。これが (2) の流束の強収束である(σ0=a∗u0′ であることは (iv) で示す)。
(iii) 勾配の弱極限。uε′=σ0bε+(cε−c0)bε と分ける。第2項は ∣cε−c0∣/λ で一様に抑えられて 0 に行く。第1項は、任意の φ∈L2 に対し ∫σ0bεφ→⟨b⟩∫σ0φ(補題で試験関数を σ0φ にとる)。よって uε′⇀⟨b⟩σ0。
(iv) 関数そのものの極限。uε(x)=∫011[0,x]uε′ds に (iii) を使うと、各 x でuε(x)→∫0x⟨b⟩σ0ds=:u0(x)。∣uε′∣ は ε によらない定数で抑えられるので{uε} は同程度連続であり、各点収束は一様収束に格上げされる。極限 u0 は u0′=⟨b⟩σ0、つまり a∗u0′=σ0=c0−F を満たすので、−(a∗u0′)′=F′=f。境界値は u0(0)=0 とu0(1)=⟨b⟩∫01(c0−F)=⟨b⟩(c0−c0)=0。したがって u0 は (9.3) の解である。
(v) 勾配は強収束しない。uε′−u0′=σ0(bε−⟨b⟩)+(cε−c0)bε。第2項は一様に 0 に行く。σ0 が連続なら、第1項の 2 乗積分は補題を周期関数 (b−⟨b⟩)2 に使って
∥uε′−u0′∥2 ⟶ ⟨(b−⟨b⟩)2⟩∫01σ02dx(9.5)
となり、b が定数でなく σ0≡0 なら正である。
証明の構造を振り返る。強収束したのは流束 σε=aεuε′ であり、これは σε′=−f という方程式そのものが微分を押さえている量だから振動できない。弱くしか収束しないのは勾配 uε′ と係数 aε で、どちらも微細構造に合わせて振動する。有効係数は「流束の極限を勾配の弱極限で割ったもの」として定義されるべき量であり、
a∗=w-limuε′limσε=⟨1/a⟩σ0σ0=⟨1/a⟩−1
となる(w-lim は弱極限)。素朴な答え ⟨a⟩ は、σε=aε⋅uε′ の両因子の弱極限をそれぞれとって掛けた「⟨a⟩⋅u0′」を流束の極限と取り違えたものであり、まさに弱極限の積と積の弱極限の取り違えである。
「平均場で係数を均す」の誤り
「微細構造は細かすぎて見えないから係数を平均する」という議論は、平均をとる対象を間違えている。平均してよいのは、極限で振動しなくなる量(ここでは流束)を決める式の中で、振動する因子が一つだけ現れる組み合わせである。uε′=σε/aε では振動する因子は 1/aε だけで、σε は振動しないから 1/a を平均してよい。σε=aεuε′ では aε と uε′ の両方が振動し、しかも互いに逆位相で振動する(a が大きい所で勾配が小さい)ので、個別に平均すると相関を落とす。⟨a⟩⟨1/a⟩≥1 のずれは、この負の相関の大きさである。
数値で見る:2相媒質
具体例として、a(y)=1(0≤y<1/2)、a(y)=4(1/2≤y<1)、f≡1 をとる。⟨a⟩=2.5、⟨1/a⟩=(1+1/4)/2=0.625 だから a∗=1.6 である。均質化解は u0(x)=x(1−x)/(2a∗) で、中央の値は u0(1/2)=1/(8a∗)=0.078125。算術平均を使った誤答では中央の値が 1/(8⋅2.5)=0.05 となり、真の解より 36 % も小さい。
uε は区間ごとに 2 次式なので厳密に計算できる。図 9.1 に ε=0.1 の厳密解と u0、誤答を、表 9.1 に誤差の ε 依存を示す(検算スクリプト)。L2 誤差は ε を半分にするとちょうど半分になり O(ε) である。勾配の誤差は ε によらず(9.5) の値 ⟨(b−⟨b⟩)2⟩∥σ0∥=0.375/12≈0.1083 に張り付いて減らない(σ0=1/2−x、∥σ0∥2=1/12)。

図 9.1 2相媒質(a=1 と 4 が半々)、f≡1、ε=0.1。(a) 厳密解 uε(点線)は均質化解 u0(実線)に重なり、算術平均による誤答(破線)からは大きく離れる。(b) 勾配 uε′(点線)は a に合わせて 4 倍の比で上下に跳び、u0′(実線)の周りを振動し続ける。流束 auε′(灰)は振動せず直線 σ0=1/2−x にほぼ一致する。
表 9.1 1次元2相媒質での誤差(f≡1)。u1 は (9.8) の修正子。| ε | ∥uε−u0∥ | ∥uε′−u0′∥ | ∥(uε−u0−εu1)′∥ |
| 1/10 | 3.12×10−3 | 0.1080 | 7.81×10−3 |
| 1/20 | 1.56×10−3 | 0.1082 | 3.90×10−3 |
| 1/40 | 7.81×10−4 | 0.1082 | 1.95×10−3 |
| 1/80 | 3.91×10−4 | 0.1082 | 9.76×10−4 |
修正子:勾配まで近似するには
勾配の誤差が減らないのは、u0 が微細構造の振動を一切もたないからである。振動を足し戻せば勾配も近似できる。周期 1 の関数 χ(y) を
χ′(y)=a(y)a∗−1(9.7)
で定める(右辺の平均は a∗⟨1/a⟩−1=0 なので、χ は周期関数になる)。
uε(x)≈u0(x)+εu1(x,εx),u1(x,y)=χ(y)u0′(x)(9.8)
とおくと、その勾配は u0′+χ′(x/ε)u0′+εχu0′′=a(x/ε)a∗u0′+O(ε)=a(x/ε)σ0+O(ε) となり、厳密な勾配 σε/a(x/ε) と O(ε) の差しかない。表 9.1 の最右列が確かに O(ε) で減っている。修正子 εu1 は関数値では O(ε) の小さな補正だが、微分すると ε が消えて O(1) の寄与になる。これが「L2 では無視できるが H1(勾配まで込めたノルム)では無視できない」項の正体である。
例題 9.1 1次元均質化を手で解く ★★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
a(y)=a1(0≤y<θ)、a(y)=a2(θ≤y<1)の2相媒質(体積分率 θ と 1−θ)を考える。
- 有効係数 a∗ と算術平均 ⟨a⟩ を求め、a∗≤⟨a⟩ を確かめよ。等号はいつ成り立つか。
- a1=1、a2=4、θ=1/2、f≡1 のとき、u0 と誤答 uˉ(⟨a⟩ を使ったもの)の最大値を比べよ。
- 同じ設定で、修正子 χ を χ(0)=0 として具体的に求めよ。1/ε が整数のとき、u0+εχ(x/ε)u0′ は境界条件を満たすか。
解答
(1) ⟨1/a⟩=θ/a1+(1−θ)/a2 だからa∗=θa2+(1−θ)a1a1a2、⟨a⟩=θa1+(1−θ)a2。差をとると
⟨a⟩−a∗=θa2+(1−θ)a1(θa1+(1−θ)a2)(θa2+(1−θ)a1)−a1a2=θa2+(1−θ)a1θ(1−θ)(a1−a2)2≥0.
分子の計算は、展開して θ2+(1−θ)2=1−2θ(1−θ) を使えば θ(1−θ)(a12+a22−2a1a2) になる。等号は a1=a2 または θ∈{0,1}、つまり媒質が実は一様なときに限る。
(2) (1) より a∗=4/(2+0.5)=1.6、⟨a⟩=2.5。−a∗u0′′=1 の解は u0=x(1−x)/(2a∗) で、最大値はx=1/2 での 1/(8a∗)=0.078125。誤答の最大値は 1/(8⋅2.5)=0.05。誤答は温度上昇(あるいは電位差)を0.05/0.078125=0.64=a∗/⟨a⟩ 倍に過小評価する。算術平均は、伝導の悪い相(a=1)が直列に入っていることの影響を薄めすぎる。
(3) (9.7) より、0≤y<1/2 で χ′=1.6/1−1=0.6、1/2≤y<1 で χ′=1.6/4−1=−0.6。χ(0)=0 から χ(y)=0.6y(y<1/2)、χ(y)=0.6(1−y)(y≥1/2)で、χ(1)=0 となり周期的につながる。1/ε が整数なら x=1 で x/ε は整数なので χ(1/ε)=0。x=0 でも χ(0)=0。したがって修正子つきの近似は両端で 0 になり、境界条件を満たす。表 9.1 の O(ε) はこの場合の値である。一般の多次元領域では修正子が境界で消えないので、境界近くの薄い層で補正が要り、H1 誤差は O(ε) に落ちる(第 9.3 節)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com