近似の数理 第9章 §9.3 ★★ 形式展開の結論を、弱収束しかしない量の積の極限を正しく取る論法で証明する
準備:Sobolev 空間とコンパクト性
多次元の証明には第2章の道具を使う。ここで必要な範囲を再掲する。
定義 (Sobolev 空間 H01)
H01(Ω) は、Ω 上で 2 乗可積分で、(弱い意味の)勾配も 2 乗可積分であり、境界で 0 となる関数の空間で、ノルムは ∥u∥H1=(∥u∥2+∥∇u∥2)1/2 である。名前は S. L. Sobolev に由来する。H1 ノルムで近いことは、関数値だけでなく勾配(物理的には場の強さやエネルギー密度)まで近いことを意味する。
使う事実は次の四つである((F1)(F3) の考え方は第2章と補題 9.2、(F2) の証明は関数解析の標準的な教科書にある)。
- (F1) L2 の有界な列は弱収束する部分列をもつ。
- (F2) (Rellich のコンパクト性)H01(Ω) で有界な列は、L2(Ω) で強収束する部分列をもつ。
- (F3) (補題 9.2 の多次元版)Y 周期の有界関数 g について g(x/ε)⇀⟨g⟩。
- (F4) 弱収束と強収束の積:pε⇀p かつ qε→q(強)なら、∫pεqε→∫pq。
(F4) は ∫pεqε−∫pq=∫pε(qε−q)+∫(pε−p)q と分ければ、第1項は Cauchy–Schwarz でsup∥pε∥∥qε−q∥→0、第2項は弱収束の定義から 0 に行くことでわかる。両方が弱収束しかしないと、この論法は使えない。
主定理と Tartar の証明
定理 9.9(周期均質化の収束定理 ★★)
f∈L2(Ω) とし、uε∈H01(Ω) を (9.9) の(弱い意味の)解、u0 を均質化方程式 (9.17) の解とする。ε→0 で
- uε→u0(L2 で強収束)、
- ∇uε⇀∇u0(L2 で弱収束。一般に強収束しない)、
- A(x/ε)∇uε⇀A∗∇u0(流束の弱収束)。
さらに u0 と χj が十分滑らかなら、修正子をつけた近似について∥uε−u0−ε∑jχj(x/ε)∂ju0∥H1≤Cε が成り立つ。
証明(Tartar のエネルギー法)
第1段(一様な評価)。方程式に uε を掛けて部分積分すると ∫∇uε⋅Aε∇uε=∫fuε。楕円性と Poincaré 不等式 ∥u∥≤CP∥∇u∥ からλ∥∇uε∥2≤∥f∥CP∥∇uε∥、すなわち ∥∇uε∥≤CP∥f∥/λ。流束 σε:=Aε∇uε も ∥σε∥≤ΛCP∥f∥/λ と有界である。
第2段(部分列の極限)。(F1)(F2) により部分列をとって、uε→u0(強)、∇uε⇀∇u0、σε⇀σ0 とできる。弱形式 ∫σε⋅∇φ=∫fφ は σε について線型なので極限に移せて、−∇⋅σ0=f。残る問題は σ0=A∗∇u0 を示すことである。σε=Aε∇uε は弱収束する Aε と弱収束する ∇uε の積なので、(F4) は使えない。
第3段(振動試験関数)。定ベクトル η に対し、セル問題の解を使って
wε(x)=η⋅x+εχη(x/ε),χη=j∑ηjχj
とおく。この関数は次の性質をもつ。wε→η⋅x(一様収束、修正項は O(ε))。∇wε=(η+∇yχη)(x/ε)⇀η((F3)、勾配の平均は η)。τε:=Aε∇wε=[A(η+∇yχη)](x/ε)⇀A∗η((F3) と (9.15))。そしてセル問題を x の変数で書き直すと ∇⋅τε=0。wε は「同じ微細構造の中で、巨視的に一様な勾配 η をかけたときの微視的な場」である。
第4段(同じ量を二通りに計算する)。ϕ を Ω の内部に台をもつ滑らかな関数として Iε=∫ϕσε⋅∇wε を考える。
(a) ∇wε を部分積分で wε に移す。∇⋅(ϕσε)=∇ϕ⋅σε−ϕf だから
Iε=−∫wεσε⋅∇ϕ+∫wεϕf.
wε は強収束、σε は弱収束なので (F4) が使えて、Iε→−∫(η⋅x)σ0⋅∇ϕ+∫(η⋅x)ϕf。−∇⋅σ0=f を使って部分積分を戻すと、この極限は ∫ϕσ0⋅η に等しい。
(b) A の対称性から σε⋅∇wε=∇uε⋅τε。今度は ∇uε を部分積分で uε に移す。∇⋅τε=0 だから
Iε=−∫uετε⋅∇ϕ.
uε は強収束、τε は弱収束なので (F4) により Iε→−∫u0A∗η⋅∇ϕ=∫ϕ∇u0⋅A∗η。
(a)(b) を等しいとおくと、すべての ϕ と η について ∫ϕσ0⋅η=∫ϕ(A∗∇u0)⋅η(A∗ の対称性を使った)。よって σ0=A∗∇u0 で、u0 は均質化方程式を満たす。
第5段(列全体の収束)。均質化方程式の解は一意なので、どの部分列の極限も同じ u0 である。したがって列全体が収束する。
修正子の評価 O(ε) は、rε=uε−u0−εu1−ε2u2 が満たす方程式の残差を評価し、境界での不一致を幅 ε の切断関数で補正することで得られる。ε は境界層の幅 ε の平方根(勾配の 2 乗積分が層の幅に比例する)から来る。この部分は計算が長いので省略する。
なぜ第4段がうまくいくのか
σε⋅∇wε はどちらの因子も弱収束しかしない積なのに、その極限が極限の積 σ0⋅η になった。鍵は、σε の発散が固定され(−f)、∇wε が勾配(回転が 0)だという構造である。発散が押さえられたベクトル場は「流れの方向の振動」ができず、勾配場は「流れと垂直な方向の振動」ができない。二つの振動は互いに直交する方向にしか起きないので、内積をとると振動が打ち消し合わずに平均化される。この「発散と回転の補償」は Murat と Tartar の補償コンパクト性(div–curl 補題)として一般的に定式化されている。1次元で流束が強収束したのは、1次元では発散と微分が同じものになり、発散を押さえることが流束そのものを押さえることになるからである。
二スケール収束とランダム均質化
Tartar の方法は、極限方程式の形(セル問題)を事前に知っていることを前提に、振動試験関数を作って極限を確定する。これに対し、Nguetseng(1989年)が導入し Allaire(1992年)が整備した二スケール収束は、形式展開 (9.11) そのものを正当化する枠組みである。関数列 vε が v0(x,y) に二スケール収束するとは、周期の試験関数 ψ(x,y) すべてについて
∫Ωvε(x)ψ(x,x/ε)dx ⟶ ∫Ω∫Yv0(x,y)ψ(x,y)dydx
となることをいう。弱収束が微細構造の情報を平均で捨てるのに対し、二スケール収束は「セル内の位置 y ごとの振る舞い」を極限に残す。H1 で有界な列 uε について、部分列で uε→u0(x) かつ ∇uε が ∇xu0+∇yu1(x,y) に二スケール収束する、というコンパクト性定理が成り立ち、ここから u1=∑χj∂ju0 とセル問題が自然に出てくる。
周期性は均質化の本質ではない。係数 A(x/ε,ω) が確率的で、空間の平行移動について統計的に一様かつエルゴード的(空間平均が集団平均に一致する)なら、同じ形の均質化定理が確率 1 で成り立つ(Kozlov、Papanicolaou–Varadhan によるランダム均質化)。このときセル問題は全空間の確率的な問題になり、有効係数は一般に数値的にしか求まらない。大事なのは、極限を閉じさせているのが周期性かエルゴード性という構造だという点である。微細構造が統計的に一様でなく、場所ごとに勝手に変わるなら、有効係数という概念自体が成り立たない。
例題 9.3 発散と回転の補償を具体的な列で確かめる ★★
オリジナル
- Ω=(0,1)2、ε=1/n(n は正の整数)とし、三つのベクトル場
pε=(cosε2πx1,0),qε=(cosε2πx1,0),rε=(0,cosε2πx1)
を考える。三つとも 0 に弱収束することを示し、滑らかな ϕ について ∫ϕpε⋅qε と ∫ϕrε⋅qε の極限を求めよ。どちらの積で「積の極限=極限の積」が成り立つかを、発散と回転の言葉で説明せよ。2. 第 9.1 節の2相媒質(a=1 と 4 が半々、f≡1)で、エネルギー Eε=∫01a(x/ε)(uε′)2dx の極限を求めよ。それが a∗∫01(u0′)2dx に等しく、⟨a⟩∫01(u0′)2dx とは異なることを示し、(F4) が使える理由を述べよ。
解答
(1) 三つの場の成分はどれも周期関数 cos2πy に y=x1/ε を入れたもので、平均は 0 である。(F3)(補題 9.2 の多次元版)により、各成分は 0 に弱収束する。したがって pε,qε,rε⇀0 で、極限の積はどれも 0 である。
積の方は、pε⋅qε=cos2(2πx1/ε) が平均 1/2 の周期関数なので、同じく (F3) により
∫ϕpε⋅qεdx ⟶ 21∫ϕdx
となり、極限の積 0 と一致しない。一方 rε⋅qε=0 は恒等的に 0 なので、極限は 0 で、極限の積と一致する。
違いは発散にある。qε=∇(2πεsinε2πx1) は勾配なので回転が 0 で、振動は x1 方向、すなわち qε 自身の向きに沿って起きる。pε の発散は −ε2πsinε2πx1 で、ε→0 で有界にとどまらない。pε は自分の向きに沿って振動しており、qε と同じ向きに同じ位相で振動するので、内積で振動が平均化されずに 1/2 が残る。rε の発散は ∂x2cos(2πx1/ε)=0 で、発散が押さえられた場である。rε は x1 方向に振動するが、向きは x2 方向で、振動の方向と場の向きが直交している。勾配場は向きに沿ってしか振動できず、発散の押さえられた場は向きと垂直にしか振動できないので、二つの振動は内積で打ち消される。これが本文の第4段の ideabox で述べた「発散と回転の補償」の最も簡単な例である。
(2) 方程式 −(aεuε′)′=1 に uε を掛けて (0,1) で積分し、境界条件 uε(0)=uε(1)=0 を使って部分積分すると
Eε=∫01aε(uε′)2dx=∫01uεdx.
定理 9.3 により uε→u0 は一様収束なので、右辺は ∫01u0dx=∫012a∗x(1−x)dx=12a∗1 に収束する。a∗=1.6 を入れて Eε→1/19.2≈0.05208。
一方 u0′=(1−2x)/(2a∗) で ∫01(1−2x)2dx=1/3 だから、
a∗∫01(u0′)2dx=3⋅4a∗2a∗=12a∗1≈0.05208,⟨a⟩∫01(u0′)2dx=12⋅2.562.5≈0.08138.
エネルギーの極限は前者に一致し、後者より 36 % 小さい。厳密解で計算すると ε=1/10 で Eε≈0.05194、ε=1/40 で 0.05207 で、確かに 0.05208 へ近づく(検算スクリプト)。
エネルギー密度 aε(uε′)2 を σε⋅uε′ と書くと、σε は強収束(定理 9.3 の (2))、uε′ は弱収束なので、(F4) により∫σεuε′→∫σ0u0′=∫a∗(u0′)2 となる。これを aε⋅(uε′)2 と分けて「係数の弱極限 ⟨a⟩ × 勾配の 2 乗の極限」と考えると、弱収束しかしない因子どうしの積に (F4) を使ったことになり、誤る。1次元では流束が強収束するので第3段の振動試験関数は要らず、多次元ではその代わりを wε が務める。
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