量子力学の様々な構成方法 第5部 第1章 §5.1.5 ★★★ 位相空間の言葉で古典の分配関数に ℏ2 の補正を足す。Wigner が W を導入した目的そのもの
問題の設定
Wigner の 1932 年の論文の題は「熱平衡の量子補正について」で、W はその計算の道具として導入された。問題は次のとおりである。量子の分配関数 Z=Tre−βH^ は、温度が高い(熱的 de Broglie 波長が短い)とき古典の
Zcl=∫2πℏdxdpe−βH(x,p)(5.1.8)
に近づく。その差を ℏ のべきで展開し、最初の補正を古典の量(ポテンシャルの微分の熱平均)で書け、という問題である。相空間の関数で量子の状態を書けば、Z も相空間の積分で書け、Zcl との差が被積分関数の差として見える。ここでは同じ結果を、J. G. Kirkwood(1933、Phys. Rev. 44、31–37)の位置表示の方法で導く。途中で必要になる道具が少なく、第5部第3章の ⋆ 積を使わずに最後まで計算できる。
導出
H^=p^2/(2m)+V(x^) とする。平面波 eipx/ℏ で e−βH^ のトレースを取ると
Z=∫dx⟨x∣e−βH^∣x⟩=∫2πℏdxdpe−ipx/ℏe−βH^eipx/ℏ(5.1.9)
となる(∫dpeip(x−x′)/ℏ/(2πℏ)=δ(x−x′) を使った。H^ は x に作用する微分演算子)。そこで、e−βH^ を平面波に作用させたものを
e−βH^eipx/ℏ=e−βH(x,p)w(x,p,β)eipx/ℏ(5.1.10)
と書き、補正の因子 w を求める。ℏ→0 で演算子の順序が問題にならなくなれば w→1 で、Z→Zcl になる。
左辺は Bloch 方程式 −∂β(e−βH^ϕ)=H^(e−βH^ϕ) を満たす。u=e−βHw と置くと
∂x2∂2(ueipx/ℏ)=eipx/ℏ(u′′+ℏ2ipu′−ℏ2p2u)
(′ は x 微分)なので、Bloch 方程式は
−∂β∂u=H(x,p)u−miℏpu′−2mℏ2u′′
になる。左辺は −∂βu=Hu−e−βH∂βw なので、Hu が両辺で消えて
∂β∂w=eβH(miℏp∂x∂+2mℏ2∂x2∂2)(e−βHw),w(x,p,0)=1(5.1.11)
を得る。e−βH の x 微分は V の微分だけを出すので
eβH∂x(e−βHw)=w′−βV′w,eβH∂x2(e−βHw)=w′′−2βV′w′−βV′′w+β2V′2w
である。w=1+ℏw1+ℏ2w2+O(ℏ3) と展開して、ℏ の各次数を比べる。
1次。 (5.1.11) の右辺の ℏ1 の項は (ip/m)(−βV′) だけなので
∂β∂w1=−mipβV′,w1=−2mipβ2V′.
2次。 ℏ2 の項は、1次の微分の項に w1 を入れたものと、2次の微分の項に w=1 を入れたものの和である。w1′=−ipβ2V′′/(2m) と −βV′w1=ipβ3V′2/(2m) を使うと
∂β∂w2=mip(−2mipβ2V′′+2mipβ3V′2)+2m1(−βV′′+β2V′2)=2m2p2β2V′′−2m2p2β3V′2−2mβV′′+2mβ2V′2.
β=0 で 0 になるように積分して
w2=6m2p2β3V′′−8m2p2β4V′2−4mβ2V′′+6mβ3V′2.(5.1.12)
運動量の積分。 (5.1.9) に戻すと Z=∫2πℏdxdpe−βH(1+ℏw1+ℏ2w2) である。w1 は p の奇関数なので、p の積分で消える。w2 の p2 は、重み e−βp2/(2m) の平均 ⟨p2⟩=m/β に置き換わる。
⟨w2⟩p=6mβ2V′′−8mβ3V′2−4mβ2V′′+6mβ3V′2=−12mβ2V′′+24mβ3V′2.
位置の部分積分。 古典の位置の分布 e−βV の重みで平均を取る記号を ⟨⋅⟩cl と書く。e−βVV′′=∂x(e−βVV′)+βe−βVV′2 で、無限遠で e−βVV′→0 なら
⟨V′′⟩cl=β⟨V′2⟩cl(5.1.13)
が成り立つ。これを使うと ⟨w2⟩=−β3⟨V′2⟩cl/(12m)+β3⟨V′2⟩cl/(24m)=−β3⟨V′2⟩cl/(24m) となる。
定理 5.1.6(Wigner–Kirkwood の補正 ★★★)
V が滑らかで、e−βVV′ が無限遠で 0 になるとき、ℏ2 の次数まで
Z=Zcl(1−24mℏ2β3⟨V′2⟩cl+O(ℏ4)),F=Fcl+24mℏ2β2⟨V′2⟩cl+O(ℏ4)(5.1.14)
が成り立つ(F=−kBTlnZ)。部分積分 (5.1.13) を使えば、補正は ⟨V′′⟩cl でも書ける。
ℏ の奇数次の項は、p→−p で符号を変えるので Z には残らない。補正の符号は、自由エネルギーが古典より高くなる向きである。量子の粒子は位置に ℏ に比例する幅を持つので、ポテンシャルの谷の底の1点に集中できず、その分だけエネルギーが上がる。⟨V′2⟩cl は、この幅によるエネルギーの増加の目安になっている。
確かめと数値例
調和振動子 V=mω2x2/2 では ⟨V′2⟩cl=m2ω4⟨x2⟩cl=mω2/β なので、(5.1.14) は Z/Zcl=1−(βℏω)2/24 になる。厳密な Z=1/(2sinh(βℏω/2)) とZcl=1/(βℏω) の比を展開すると
ZclZ=sinh(βℏω/2)βℏω/2=1−24(βℏω)2+57607(βℏω)4−⋯
で、2次の係数が一致する(図 5.1.2)。調和振動子では V′2 と V′′ が2次以下の多項式なので、展開の各係数を閉じた形で比べられる。

図 5.1.2 調和振動子の Z/Zcl。厳密な (βℏω/2)/sinh(βℏω/2)(点線)、Wigner–Kirkwood の 1−(βℏω)2/24(太い実線)、古典の 1(細い実線)。βℏω≲1 では ℏ2 の補正でほぼ厳密に合い、βℏω≳2 では展開が使えなくなる。
調和でない例として、ℏ=m=1 の単位で V=x4 を取る。Zcl と ⟨V′2⟩cl=16⟨x6⟩cl は Gamma 関数で書け、補正の相対値は 32β3/2Γ(7/4)/Γ(1/4) になる。厳密な Z は、ハミルトニアンを格子で対角化して固有値の和から求めた(基底エネルギーは 0.66799)。結果は表 5.1.1 のとおりで、補正の相対値が数 % のうちは、古典の誤差を1桁以上小さくする。β=2 では補正が 48% に達し、展開の1次で止める意味がなくなる。
表 5.1.1 V=x4(ℏ=m=1)の分配関数。ずれは厳密な値との相対差。| β | 厳密な Z | Zcl(ずれ) | (5.1.14) の Z(ずれ) | 補正の相対値 |
| 0.25 | 2.00307 | 2.04553(+2.1%) | 2.00232(−0.04%) | 0.021 |
| 0.5 | 1.14677 | 1.21628(+6.1%) | 1.14361(−0.28%) | 0.060 |
| 1 | 0.61385 | 0.72320(+17.8%) | 0.60099(−2.1%) | 0.169 |
| 2 | 0.27132 | 0.43002(+58.5%) | 0.22448(−17.3%) | 0.478 |
例題 5.1.5 調和振動子の自由エネルギーの補正 ★★
オリジナルℏω/(kBT)=1 の調和振動子について、次を求めて比べよ。
- (1) 古典の Fcl/(kBT)=ln(βℏω)。
- (2) 定理 5.1.6 の F/(kBT)。
- (3) 厳密な F/(kBT)=ln(2sinh(βℏω/2))。
解答
(1) βℏω=1 なので Fcl/(kBT)=ln1=0。
(2) 補正は β⋅ℏ2β2⟨V′2⟩cl/(24m)=ℏ2β2ω2/24=(βℏω)2/24 を βF に足すのでF/(kBT)=0+1/24=0.04167。
(3) 2sinh(1/2)=1.04219 なので F/(kBT)=ln1.04219=0.04132。
古典の値 0 は厳密な値から 0.0413 ずれているのに対し、補正後のずれは 0.00034 で、約 1/120 に縮んだ。残りのずれの大部分は展開の次の項 −(βℏω)4/2880=−0.00035 で説明できる(ln(sinh(s/2)/(s/2))=s2/24−s4/2880+⋯)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ→0(熱的 de Broglie 波長 ℏβ/m がポテンシャルの変化の長さより短い) | 証明 要確認(V が滑らかで無限遠で増えることを仮定。ℏ のべき級数は一般に漸近展開で、収束する条件は原論文で確かめていない) | 行き先 近似の数理 第7章
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com