量子力学の様々な構成方法 第7部 第4章 §7.4.4 ★★★ 位置以外の観測量の測定を軌道で書き、Born の規則と射影の公理が要請 (B1)〜(B4) から出ることを示す
測定は位置の測定に帰着する
Bohm の力学で実際の値を持つのは配置だけで、運動量・スピン・エネルギーといったほかの観測量には、測定の前に決まった値が無い。それでも測定の結果は出る。測定装置の指針も粒子でできており、指針の位置が観測量の値を記録するからである。
測る系の座標を x、指針の座標を y とし、観測量 A^=∑aaP^a を測る結合 H^int=λA^⊗p^y を時間 T だけ入れる(von Neumann の測定の模型)。初めの状態が ψ(x)χ(y)(χ は幅の狭い指針の波束)なら、結合のあとの全体の波動関数は
Ψ(x,y)=a∑caϕa(x)χ(y−λaT),caϕa=P^aψ(7.4.11)
になる。a の値ごとに指針の波束が λaT だけずれ、ずれの差が指針の幅より大きければ、y の方向で互いに重ならない枝に分かれる。
全体の配置 (X,Y) は等変性によって ∣Ψ∣2 に従って散らばっているので、指針の位置 Y が枝 a の台に入る確率は
Pr(a)=∫dx∫枝 ady∣Ψ(x,y)∣2=∣ca∣2∥ϕa∥2=⟨ψ∣P^aψ⟩(7.4.12)
である(枝が重ならないので交差項が消える)。これが第1部第2章の Q3(Born の規則)で、Bohm の力学ではそれが要請でなく、(B4) と等変性から導かれる。
実質的な収縮
測定のあと、指針の位置 Y はどれか1つの枝の台の中にある。それを a∗ とすると、ほかの枝 a=a∗ の波は Y の所で 0 なので、系の粒子の速度 vx=(ℏ/m)Im(∇xΨ/Ψ)∣(X,Y) には、Y を含む枝だけが寄与する。したがって測定のあとの系の運動は、波動関数を
ψcond(x):=Ψ(x,Y)∝ϕa∗(x)(7.4.13)
に置き換えたときの運動と同じになる。ψcond を条件付き波動関数と呼ぶ。Q4(射影の公理)の ψ↦P^a∗ψ は、波動関数を変える新しい法則でなく、「実際の指針の位置で切った断面」の言い換えとして出てくる。ほかの枝は消えずに残っているが(空の波)、配置空間で Y から遠く離れたままである限り、軌道に影響しない。枝どうしが再び重なると干渉が戻るが、マクロな指針では環境の多数の自由度が枝を区別し続けるので、重なりは実際上起きない(第4部の言葉ではデコヒーレンス)。この観点は D. Dürr, S. Goldstein, N. Zanghì, J. Stat. Phys. 67, 843 (1992) が体系化し、そこでは系の配置について ∣ψcond∣2 より細かい知識は原理的に得られないこと(彼らの言う絶対的な不確かさ)も示された。
スピンの測定と文脈依存性
スピン 21 の粒子では、波動関数は2成分 ψs(r)(s=↑,↓)を持ち、案内方程式の速度は成分の和を取った
v=mℏ∑s∣ψs∣2Im∑sψs∗∇ψs(7.4.14)
である。スピンには実際の値が無く、位置だけが値を持つ。Stern–Gerlach の装置は、上向きの成分を上へ、下向きの成分を下へ蹴る磁場の勾配で、スピンの測定を「粒子が上と下のどちらへ出たか」という位置の測定に変える。
1次元(z 方向)に話を限る。状態 cos(θ/2)∣↑⟩+sin(θ/2)∣↓⟩、位置の部分が z=0 に中心を持つ対称なガウス分布だとする。勾配で2つの成分が上と下へ分かれて進むと、軌道は交わらないので、粒子の上下の順番は保たれる。等変性から上へ出る粒子の割合は cos2(θ/2) なので、上へ出るのは初めの位置が境目 z∗ より上にあった粒子で、z∗ は ∫z∗∞∣ψ(z,0)∣2dz=cos2(θ/2) で決まる。勾配の向きを逆にした装置では、上へ出る(記録は ↓)粒子の割合が sin2(θ/2) に変わり、境目も変わる。同じ初めの位置の粒子が、装置の向きによって「↑」とも「↓」とも記録される。
例題 7.4.4 Stern–Gerlach の向きを逆にすると記録が変わる粒子 ★★★
オリジナルθ=π/3 の状態 cos(π/6)∣↑⟩+sin(π/6)∣↓⟩ の粒子が、z=0 を中心とする幅 σ のガウス分布で Stern–Gerlach の装置に入る。
- 普通の向き(↑ を上へ蹴る)の装置で、上へ出る粒子の初めの位置の範囲を求めよ。
- 逆の向き(↑ を下へ蹴る)の装置で、上へ出る粒子の初めの位置の範囲を求めよ。
- 初めの位置 z0=−σ, 0, σ の粒子が、2つの装置でそれぞれ何と記録されるかを答え、「スピンの z 成分は測る前から決まっている」と言えるかを論じよ。
解答
(1) 上へ出る割合は cos2(π/6)=3/4。境目 z∗ は下側の割合が 1/4 になる点なので、標準正規分布の 25% 点から z∗=−0.674σ。上へ出るのは z0>−0.674σ の粒子である。
(2) 上へ出る割合は sin2(π/6)=1/4 で、境目は上側の割合が 1/4 の点 +0.674σ。上へ出るのは z0>0.674σ の粒子である。
(3) z0=−σ:普通の装置では下へ出て ↓、逆の装置でも下へ出るが、そこは ↑ の出口なので ↑。z0=0:普通の装置で上へ出て ↑、逆の装置で下へ出て ↑。z0=σ:普通で ↑、逆の装置で上へ出て ↓。(数値で軌道を積分して、行き先がこのとおりになることを確かめた。境目は軌道から求めても −0.65σ 付近になる。)同じ粒子の記録が装置の向きで変わるので、記録される値は粒子が前から持っていた性質ではなく、粒子の位置と装置の組み合わせで決まる。これが文脈依存性で、Kochen–Specker の定理(第9部第3章)が、量子力学を再現する隠れた変数の理論に要求する性質である。Bohm の力学は、位置だけに値を持たせ、ほかの観測量の値を文脈に任せることで、この定理と矛盾しない。
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