量子力学の様々な構成方法 第9部 第3章 §9.3.3 ★★★ 2量子ビットの9個の物理量だけで、どの状態でも非文脈的な割り当てが不可能なことを示す、最も短い証明
9個の物理量
4次元の空間 C2⊗C2 で、Pauli 行列から作った次の9個の物理量を 3×3 に並べる(A. Peres (1990), Physics Letters A 151, 107–108;N. D. Mermin (1990), Physical Review Letters 65, 3373–3376)。
σx⊗1^1^⊗σyσx⊗σy1^⊗σxσy⊗1^σy⊗σxσx⊗σxσy⊗σyσz⊗σz(9.3.5)
各物理量は2乗が 1^ なので、固有値は ±1 である。この並びには次の3つの性質がある。
第一に、同じ行の3つ、同じ列の3つは互いに交換する。異なる量子ビットに作用する因子は自動的に交換し、同じ量子ビットに作用する Pauli 行列どうしは反交換するが、それが2か所で起きると符号が打ち消し合うからである。例えば第3行の σx⊗σy と σy⊗σx は、1番目の量子ビットで σxσy=−σyσx、2番目で σyσx=−σxσy と2回符号が変わるので交換する。したがって各行・各列は1つの文脈(同時に測れる組)になる。
第二に、各行の3つの積は +1^ である。第1行は (σx⊗1^)(1^⊗σx)(σx⊗σx)=σx2⊗σx2=1^。第2行も同じ形。第3行は、σxσy=iσz、σyσx=−iσz を使って
(σx⊗σy)(σy⊗σx)=(σxσy)⊗(σyσx)=(iσz)⊗(−iσz)=σz⊗σz
で、これに σz⊗σz を掛けて 1^ になる。
第三に、列の積は第1列・第2列が +1^、第3列だけが −1^ である。第1列は (σx⊗1^)(1^⊗σy)(σx⊗σy)=σx2⊗σy2=1^、第2列も同様。第3列は
(σx⊗σx)(σy⊗σy)(σz⊗σz)=(σxσyσz)⊗(σxσyσz)=(i1^)⊗(i1^)=−1^(9.3.6)
である(σxσyσz=iσzσz=i1^)。

図 9.3.2 Peres–Mermin の正方形。各行・各列の3つは互いに交換し、同時に測ることができる。量子力学では行の積がすべて +1、列の積が +1,+1,−1 になる。9個の値を前もって ±1 に決めておくと、9個の積を行ごとに数えれば +1、列ごとに数えれば −1 になって矛盾する。
矛盾
定理 9.3.5(Peres–Mermin ★★★)
(9.3.5) の9個の物理量には、補題 9.3.2 の積の規則を満たす値の割り当ては存在しない。
証明
値の割り当て v があったとし、9個の値を vij∈{±1}(i 行 j 列)と書く。各行は交換する3つなので積の規則から vi1vi2vi3=v(行の積)=v(1^)=+1。3行を掛けると ∏i,jvij=+1。各列も交換する3つなので、v1jv2jv3j=+1,+1,−1(第3列は (9.3.6) から v(−1^)=−1)。3列を掛けると ∏i,jvij=−1。同じ9個の積が +1 と −1 になるので矛盾する。
この証明は状態をまったく使っていない。どの状態でも、測る前から9個の値が非文脈的に決まっていることはありえない。このような証明を状態によらない証明と呼ぶ。非文脈性が入っている場所は、各物理量が2つの文脈(1つの行と1つの列)に属するのに、同じ値 vij を両方で使った所である。たとえば σx⊗σx は第1行の文脈 {σx⊗1^,1^⊗σx} と、第3列の文脈 {σy⊗σy,σz⊗σz} の両方で測ることができる。
測れる形の不等式
実験で積の規則を確かめるには、各行・各列の3つを同時に測り、測定値の積の平均をとればよい。行の積の平均を ⟨Ri⟩、列の積の平均を ⟨Cj⟩ と書き、
χ=⟨R1⟩+⟨R2⟩+⟨R3⟩+⟨C1⟩+⟨C2⟩−⟨C3⟩(9.3.7)
を考える(A. Cabello (2008), Physical Review Letters 101, 210401)。非文脈的な模型では、λ ごとに9個の値 vij が決まり、6つの項 R1,R2,R3,C1,C2,−C3 はそれぞれ ±1 である。6つの項の積は ∏ijvij2⋅(−1)=−1 なので、6つが全部 +1 にはなれず、少なくとも1つは −1 になる。よって λ ごとに値は 4 以下で、混合をとっても
χ≤4(非文脈的な隠れた変数)(9.3.8)
が成り立つ。量子力学では各行・各列の積が演算子として ±1^ なので、どの状態でも χ=6 である。29 通りの割り当てをすべて調べると最大はちょうど 4 になることを、verify_ch9-03.py で確かめた。
例題 9.3.3 正方形の積と、割り当ての上限を手で確かめる ★★★
オリジナル
- (1) 第2列の積 (1^⊗σx)(σy⊗1^)(σy⊗σx) を計算せよ。
- (2) 9個の値をすべて +1 にした割り当てで、χ の6つの項の値と χ を求めよ。
- (3) χ=4 になる割り当てを、(2) から1か所だけ変えて作れ。χ=6 にできない理由を、その割り当てでどの項が −1 になるかで説明せよ。
解答
(1) 第1因子どうし 1^⋅σy⋅σy=1^、第2因子どうし σx⋅1^⋅σx=1^ なので積は 1^⊗1^=+1^。
(2) 行の積はすべて +1、列の積もすべて +1。χ の項は R1=R2=R3=+1、C1=C2=+1、−C3=−1 で、χ=5−1=4。
(3) (2) の割り当てで既に χ=4 になっている。1か所変えて別の例を作るなら、v33(σz⊗σz)を −1 にする。すると R3=−1、C3=−1 で −C3=+1 となり、χ=(1+1−1)+(1+1+1)=4。χ=6 にできないのは、どの割り当てでも6つの項の積が −1 になるからである(各 vij が行と列で2回ずつ現れて vij2=1 になり、−C3 の符号だけが残る)。−1 の項は奇数個あり、少なくとも1つあるので χ≤4。−1 になる項は、(2) では −C3、変えた例では R3 である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com