量子力学の様々な構成方法 第9部 第5章 §9.5.3 ★★★ 連続性の公理 (H5) で r=1(古典)を除き、単純さの公理で r=2 を選び、N=2 の状態空間が3次元の球であることを示す。共通例題②の Rabi 振動を、実数の量子論の円板には収まらない運動として解く
r=1 を落とし r=2 を選ぶ
定理 9.5.3 の r=1 は K=N で、状態空間は N 個の確率の組、すなわち単体である。単体の純粋な状態は頂点だけで、(H5) を満たさない。よって r≥2。(H2) は各 N で最小の K を求めるので、r=2 の理論が公理と両立するなら r=2 が選ばれる。量子力学が r=2 で (H1)〜(H5) を満たすことは 9.5.6節で示すので、ここでは K=N2 として、その状態空間の形を決める。
N=2 の状態空間は球である
N=2 では K=4 で、規格化を除いた状態は3次元の実ベクトルで表される。この状態空間の形を、連続性から決める。
命題 9.5.4(N=2、K=4 の状態空間 ★★★)
N=2、K=4 の系で (H5) が成り立つとする。このとき状態空間は、適当な affine 座標で R3 の単位球になり、純粋な状態は球面全体、連続な可逆の変換は回転 SO(3) に含まれ、球面の上で推移的である。
証明
可逆な変換は状態空間(コンパクトな凸集合)をそれ自身へ写す affine な写像の群 G をなす。G のうち、恒等変換から連続に作れるものの全体を G0 とする。G は状態空間の affine な自己同型の閉部分群なので、G0 はコンパクトで連結な Lie 群である。純粋な状態(端点)の1つ s0 をとり、G0 の Haar 測度で平均した点 s∗=∫G0gs0dg は G0 のどの元でも動かない。また、任意の内積 ⟨⋅,⋅⟩ を G0 で平均した ⟨u,v⟩∗=∫G0⟨gℓu,gℓv⟩dg(gℓ は g の線型部分)は G0 で不変な内積である。s∗ を原点に、この内積で正規直交な座標をとると、G0 は回転群 SO(3) の連結な部分群として働く。
(H5) から、どの2つの純粋な状態も G0 の元で結ばれるので、純粋な状態の全体は1つの軌道 G0s0 である。原点からの距離は不変なので、軌道は半径 ∣s0∣ の球面に乗る。SO(3) の連結な閉部分群は、自明な群・1つの軸のまわりの回転 SO(2)・SO(3) 全体のどれかである。自明な群の軌道は1点、SO(2) の軌道は円で、凸包はそれぞれ点と円板になり、どちらも affine 次元が3に満たない。状態空間は端点の凸包で affine 次元が K−1=3 なので、G0 は SO(3) に作用として一致し、軌道は球面全体である。端点の凸包は球になり、半径を 1 に取り直せば単位球である。
命題 9.5.4 で、第9部第4章が仮定として与えた Bloch 球が公理から出てきた。第4章の定理(Bloch 球の一般確率論と量子ビット)を合わせると、N=2 の系は C2 の密度行列の理論そのものになる。ここで「3次元」が決まったのは K=4 を通してであり、K=4 は K=N2 を通して (H4) の乗法性から決まった。したがって量子ビットの球が3次元であることは、合成系の公理に支えられている。
共通例題②:Rabi 振動は円板に収まらない
量子ビットの連続な可逆の変換の1径数群は、ある軸 h/∣h∣ のまわりを角速度 ∣h∣ で回る回転 r˙=h×r である。これを C2 のユニタリ U^(t)=e−iH^t/ℏ に持ち上げると、H^=2ℏh⋅σ である。実際、[h⋅σ,σk]=2i∑j,lϵjklhjσl から
dtd⟨σk⟩=ℏi⟨[H^,σk]⟩=−j,l∑ϵjklhj⟨σl⟩=(h×⟨σ⟩)k
となる。h=(−Ω,0,−Δ) をとると H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx で、共通例題②のハミルトニアンに一致する。∣g⟩(r=(0,0,−1))から出発した解は第9部第2章・第4章で求めたとおりで、
Pe(t)=21+rz(t)=(Ω′Ω)2sin22Ω′t,ry(t)=−Ω′ΩsinΩ′t,Ω′=Ω2+Δ2(9.5.2)
である(検算では e−iH^t/ℏ を数値で掛けて23の時刻で一致を確かめた)。
この解の ry が 0 でないことが、実数の量子論との分かれ目になる。実数の量子論の N=2 の状態空間は実対称な 2×2 の密度行列の全体で、σy が純虚の行列なので ry=0 の円板(xz 平面)である。円板の連続な可逆の変換は円板の回転だけで、Δ=0 または Ω と Δ が両方ある Rabi 振動のように軌道が xz 平面を離れる運動は書けない。図 9.5.1 はその様子を示す。

図 9.5.1 共通例題②の Δ=Ω の Rabi の軌道(青の実線)を、ry を斜め奥向きに描いた斜投影で示す。灰色の円板は実数の量子論の量子ビットの状態空間(xz 平面)。軌道は ∣g⟩ から回転軸 (−1,0,−1)/2 のまわりを回って円板の外へ出る(Ω′t=π/2 で ry=−1/2)。
例題 9.5.3 共通例題②を実数の量子論で書こうとする ★★★
オリジナル共通例題②で Δ=Ω とする。
- (1) Ω′t=π/2 のときの r と Pe を求めよ。
- (2) 実数の量子論で許される時間発展 U^(t)=e−iH^t/ℏ は実行列でなければならない。2×2 でこれを満たす H^ の形を求め、そのとき Bloch ベクトルがどう動くかを述べよ。
- (3) (1) の状態が実数の量子論の状態でないことを確かめ、共通例題②の答え Pe(t) を実数の量子論で再現できる場合とできない場合を分けよ。
解答
(1) Ω′=2Ω で、第9部第2章の Bloch ベクトルの式に Ω/Ω′=Δ/Ω′=1/2、sin2(Ω′t/2)=21、sinΩ′t=1 を入れると
rx=−Ω′22ΔΩ⋅21=−21,ry=−21,rz=−1+2⋅21⋅21=−21,
Pe=(1+rz)/2=41 である。∣r∣2=41+21+41=1 で、純粋な状態である。
(2) U^(t) が実なら、その生成子 −iH^/ℏ=U^˙(0) も実行列で、H^ はエルミートなので −iH^ は実の反対称行列である。2×2 の実の反対称行列は (0a−a0)=−iaσy の形なので、H^=ℏaσy(と定数の項)に限られる。これは h=(0,2a,0) で、Bloch ベクトルは y 軸のまわり、すなわち xz 平面の円板の中で回る。
(3) (1) の状態は ry=−1/2=0 なので密度行列が実対称でなく、実数の量子論の状態空間(円板)に入らない。実数の量子論で ∣g⟩ から ∣e⟩ への遷移を起こせるのは H^∝σy の場合で、そのときは Pe=sin2(Ωt/2) という共鳴(Δ=0)の答えだけが出る。Δ=0 の答え (Ω/Ω′)2sin2(Ω′t/2) は、回転軸が σx と σz を同時に含むことを要し、実数の量子論の円板では書けない。共通例題②の離調つきの答えは、量子ビットの状態空間が ry の向きを含む3次元の球であることを使っている。
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