量子力学の様々な構成方法 第9部 第5章 §9.5.6 ★★★ 再構成 ↔ 基準の橋。操作的な公理から基準の Q1〜Q6 が出ること(連続性と Wigner の定理から Q5 のユニタリ発展を導く所は証明つき)と、有限次元の量子力学が Hardy の公理をすべて満たすことを両向きに示す
公理から基準へ
Hardy は5つの公理から、N 準位の系の状態が密度行列、測定の確率が Tr(ρ^E^)、可逆な時間発展がユニタリ、合成系がテンソル積で書けることを示した。基準の公理(第1部第2章)の言葉では次の表のとおりである。
| 基準の公理 | 操作的な公理からの出どころ | この巻の置き場 |
| Q1 状態は射線 | N=2 の純粋な状態=球面=C2 の射線、N 準位へは (H3) で | 命題 9.5.4 |
| Q2 観測量は自己共役 | 効果は affine な関数=0≤E^≤1^ | 第9部第4章 |
| Q3 Born の規則 | 確率は状態の affine な関数=Tr(ρ^E^) | 第9部第2章 |
| Q4 測定後の状態 | 続けて測ると同じ結果(5つとは別の要請) | 第9部第1章 |
| Q5 ユニタリ発展 | (H5) の連続性+Wigner の定理+Stone の定理 | 命題 9.5.8 |
| Q6 テンソル積 | (H4) の KAB=KAKB(局所トモグラフィー) | 9.5.4節 |
Q4 は5つの公理だけからは出ない。Masanes と Müller の論文は、測定後の状態を得るには「同じ測定を続けてすぐに行うと同じ結果が出る」という要請(Hardy の論文で使われたもの)を、Schrödinger 方程式を得るには「閉じた系は可逆かつ連続に時間発展する」という要請を足せばよいと述べている。Q5 の部分は、Wigner の定理(遷移確率を保つ全単射は、ユニタリか反ユニタリの演算子で与えられる)を借りれば、連続性から次のように証明できる。
命題 9.5.8(連続な可逆の時間発展はユニタリ ★★★)
純粋な状態の間の可逆な変換 Tt が、遷移確率 ∣⟨ϕ∣ψ⟩∣2 を保ち、t について連続で Tt+s=TtTs、T0=id を満たすとする。このとき強連続なユニタリ群 U^(t) があって Tt[ψ]=[U^(t)ψ] となり、自己共役な H^ で U^(t)=e−iH^t/ℏ と書ける。
証明
Wigner の定理から、各 Tt はユニタリか反ユニタリの演算子 U^(t)(位相を除いて一意)で実現される。Tt=Tt/2Tt/2 で、2つのユニタリの積も2つの反ユニタリの積もユニタリなので、Tt を実現する演算子はユニタリである。位相の選び方を t について連続にとり、さらに群の性質を満たすように取り直せること(射影表現の持ち上げ。1径数群では障害が無い)は Bargmann の結果(V. Bargmann (1954), Annals of Mathematics 59, 1–46)で、ここでは引用にとどめる。こうして得た強連続なユニタリ群に Stone の定理を当てると、自己共役な生成子 H^ が得られ、U^(t)=e−iH^t/ℏ となる。
証明の最初の段落の「Tt=Tt/2Tt/2」が、連続性の公理の役割である。時間反転のような反ユニタリな変換は、恒等変換から連続に到達できない。量子ビットでは、反ユニタリな変換は Bloch 球を鏡映を含む行列式 −1 の直交変換で写し、回転群 SO(3) の外にある(下の例題)。H^ が古典のハミルトニアンに対応するエネルギーの演算子であることは、この議論からは出ない。それは正準量子化(第2部第2章)か、解析力学との対応(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第2章)で決める。
基準から公理へ
命題 9.5.9(有限次元の量子力学は Hardy の公理を満たす ★★★)
状態を N×N の密度行列、効果を 0≤E^≤1^、確率を Tr(ρ^E^)、可逆な変換を ρ^↦U^ρ^U^†、合成系をテンソル積とする理論は (H1)〜(H5) を満たし、K=N2 である。
証明
(H1) は Born の規則の確率を相対頻度と読む大数の法則である。K は N×N のエルミート行列の実次元で N2 であり、N だけで決まる。(H3):M 次元の部分空間 W に台を持つ密度行列は W の上の M×M の密度行列で、効果を W に制限すれば M 準位の量子力学そのものになる。(H4):NANB 次元のヒルベルト空間 CNA⊗CNB で区別できる状態は NANB 個、エルミート行列の実次元は (NANB)2=NA2NB2=KAKB である。(H5):2つの単位ベクトル ψ,ϕ について、ψ を第1列に持つユニタリ Q^ と ϕ を第1列に持つユニタリ Q^′ をとれば U^=Q^′Q^† は ψ を ϕ へ写す。ユニタリ群 U(N) は連結なので、U^=e−iG^(G^ はエルミート)と書け、e−isG^(0≤s≤1)が連続な道を与える。(H2) は、r=1 が (H5) を満たさず r=2 がこのとおり満たすので、K=N2 が公理と両立する最小値であることから従う。
2つの命題で、操作的な公理と基準の公理は有限次元では同値になった。地図(第1部第1章)の「操作的な公理 → 複素ヒルベルト空間」の矢印がこの橋である。
第9部のほかの章・ほかの部との対応
| この章の公理 | 置き換えるもの | 置き場 |
| (H5) 連続性 | 可逆な変換が連結な群(単体の置換でない) | 第9部第4章 |
| (H4) 局所トモグラフィー | テンソル積 Q6、無信号 | 第1部第2章 |
| 純化 | 浄化・Schmidt 分解 | 第4部第2章 |
| 純化の一意性 | アンサンブルの不定性と操舵 | 第4部第3章 |
| 確率は affine | Gleason・Busch の定理 | 第9部第2章 |
| 有限次元の仮定 | 無限自由度では代数から(GNS) | 第8部第2章 |
授業で習った形との対応
学部の量子力学の授業は、状態が複素ヒルベルト空間のベクトルであること、観測量がエルミート演算子であること、時間発展が iℏ∂t∣ψ⟩=H^∣ψ⟩ であることを最初に要請として置く。この章の言葉では、「複素」は局所トモグラフィー(合成系の状態は局所的な測定で決まる)から、「ヒルベルト空間のベクトル」は連続性(純粋な状態の間に連続な可逆の変換がある)と単純さから、Schrödinger 方程式の形は命題 9.5.8 の Stone の定理から出る。授業の要請は、この章の公理を満たす唯一の理論を、結論の形で先に書いたものに当たる。
限界
第一に、どの導出も有限次元に限られる。調和振動子や場のように N=∞ の系では、K と N という数の議論がそのままは使えず、状態空間の位相や作用素の非有界性を別に扱う必要がある。その方向は第8部の代数的量子論が受け持つ。第二に、公理はどれも「量子力学がそれを満たす」ことを知ったうえで選ばれており、なぜ自然がその公理を選んだかには答えない。Hardy の (H2) は理論の選び方についての要請で、Masanes–Müller と Chiribella らはそれを別の要請に置き換えたが、置き換えた要請にも同じ問いが残る。第三に、局所トモグラフィーは実験で検証できる主張である。合成の規則を標準のテンソル積にとった実数の量子論は、3者のネットワークの実験で複素数の量子論と異なる予言をすることが示され(M.-O. Renou et al. (2021), Nature 600, 625–629)、その実験も報告された。ただし、合成の規則を変えた実数の定式化を考える議論もあり、局所トモグラフィーをどこまで物理の要請とみなすかは、いまも議論が続いている。
例題 9.5.6 反ユニタリな変換は連続に到達できない ★★
オリジナル量子ビットの反ユニタリな変換として、計算基底での複素共役 K:ψ↦ψ と、時間反転 Θ=σyK を考える。
- (1) K が Bloch ベクトルに (rx,ry,rz)↦(rx,−ry,rz) と働くことを示し、その行列式を求めよ。
- (2) Θ が r↦−r と働くことを示し、Θ2 を求めよ。
- (3) (1)(2) から、反ユニタリな変換が恒等変換から連続な道で到達できないことを、Bloch 球の言葉で説明せよ。
解答
(1) ρ^=21(1^+r⋅σ) に K を当てると ρ^↦ρ^=21(1^+rxσx+ryσy+rzσz)。σx=σx、σy=−σy、σz=σz なので (rx,−ry,rz) となり、xz 平面についての鏡映で行列式は −1 である。
(2) Θρ^Θ−1=σyρ^σy で、σyσxσy=−σx、σyσyσy=σy、σyσzσy=−σz を使うと (rx,−ry,rz)↦(−rx,−ry,−rz) である。全反転で行列式は −1。Θ2ψ=σyσyψ=σyσyψ=−ψ で、Θ2=−1^ はユニタリである(スピン½の時間反転の2乗が −1 という性質そのもの)。
(3) ユニタリは Bloch 球の回転(行列式 +1)に、反ユニタリは行列式 −1 の直交変換に写る。行列式は連続な道の上で +1 から −1 へ飛べないので、恒等変換(行列式 +1)から連続に動かした変換は必ず回転で、反ユニタリには到達できない。命題 9.5.8 の証明の「Tt=Tt/2Tt/2 はユニタリ」は、この行列式の議論を一般の N へ広げたものに当たる。(2) で Θ2 がユニタリになったのも、その一例である。
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