量子力学の様々な構成方法 第1部 第1章 §1.1.1 ★★★ 構成が違っても一致しなければならないのは測定の確率と期待値で、それを3つの共通例題で確かめる
量子力学の教科書は、それぞれ別の出発点から量子力学を組み立てる。入門の教科書の多くは波動関数 ψ(x,t) と Schrödinger 方程式から始める。量子物理工学の講義のように状態ベクトル ∣ψ⟩ と演算子の公理から始めるものもあれば、場の理論の教科書の多くは作用 S と経路積分から始め、量子情報の教科書は密度行列 ρ^ と量子チャネルから始める。どの出発点からでも、実験と比べる予言(測定値の確率と期待値)は同じになる。この巻では、同じ量子力学をどこから組み立てるかという選択を構成と呼び、9つの構成を1部に1つずつ取り上げて、どこからどこまでが同じで、どこから先で違いが出るかを比べる。波動関数からの構成は基礎理論の棚の『量子力学入門』で扱ったので、この巻では取り上げず、第1部第3章で位置表示として接続するだけにする。
この章は巻全体の索引である。1.1.1節で、構成を比べるときに何を固定するか(予言と3つの共通例題)を決める。1.1.2節で、知られている構成を採らないものも含めて一覧表にし、採る9つと採らない理由を並べる。1.1.3節では採る9つの長所と短所を表にする。1.1.4節では、構成とよく混同される描像(Schrödinger・Heisenberg・相互作用)が別の軸であることを、2準位系の Rabi 振動を2つの描像で解いて確かめる。1.1.5節で、構成どうしの同値性がどこで示されるかを1枚の図(この巻では同値性の地図と呼ぶ)にする。1.1.6節は、ある構成から別の構成へ移る対応(この巻では橋と呼ぶ)のうち、全部の橋に共通して使う「期待値の書き方」を構成ごとに並べ、その一部をこの章で証明する。1.1.7節でまとめ、自由粒子の波束を4つの構成で解く総合問題を置く。個々の橋の証明は各部で行うので、この章では結果を先に借りる所がある。借りた所には、どの章で示すかを書き添える。
何が同じなら「同じ量子力学」か
2つの構成が同じ量子力学を与えるというとき、何が同じであればよいのかを先に決めておく。状態ベクトル、密度行列、Wigner 関数、経路積分の振幅は、それぞれ別の数学的な対象であり、対象そのものを比べることはできない。実験で得られる数、すなわち測定値の確率と、そこから計算される期待値なら比べることができる。この巻では、2つの構成が「同値」であるとは、同じ物理系の同じ準備と同じ測定に対して、2つの構成が同じ確率を与えることだと定める。
基準(第1部第2章で公理として置く状態ベクトルと演算子の構成)では、状態 ∣ψ⟩ で物理量 A^ を測ったときの期待値は
⟨A^⟩=⟨ψ∣A^∣ψ⟩(1.1.1)
で、測定値が a になる確率は A^ の固有値 a への射影 P^a を使って ⟨ψ∣P^a∣ψ⟩ と書ける(Born の規則)。確率は射影の期待値なので、期待値の書き方が構成ごとに分かれば、確率の書き方も分かる。1.1.6節で、式 (1.1.1) を各構成の言葉で書き直す。
3つの共通例題
同値性の一般的な証明に加えて、この巻では同じ3つの問題を全部の部で解き、答えが一致することを確かめる。問題を共通にしておくと、ある構成で何行で解けるか、どこで計算が重くなるかを、部をまたいで比べることができる。
この巻の共通例題
- ① 調和振動子 H^=p^2/(2m)+mω2x^2/2。出すもの:エネルギー準位 En=ℏω(n+21)、温度 T の熱平衡での分配関数 Z=1/(2sinh(βℏω/2)) と平均の量子数 ⟨n⟩=1/(eβℏω−1)(β=1/(kBT))。
- ② 2準位系(スピン 21)H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx。出すもの:基底状態 ∣g⟩ から出発したときの励起確率 Pe(t)=(Ω/Ω′)2sin2(Ω′t/2)(Ω′=Ω2+Δ2)と、緩和を入れた Bloch 方程式。
- ③ 自由粒子の伝播。出すもの:伝播関数 K(xf,t;xi,0)=2πiℏtmexp2ℏtim(xf−xi)2 と、波束の広がり σ(t)2=σ02+(2mσ0ℏt)2。
ここで Δ は離調、Ω は Rabi 周波数、σz の固有値 +1 の状態を ∣e⟩、−1 の状態を ∣g⟩ とする(光の巻と同じ流儀)。③の σ0 は、時刻 0 の ∣ψ∣2 の位置の標準偏差である。3つとも基準の構成で厳密に解けるので、どの部の答えも基準の答えと突き合わせることができる。
基準で③の広がりを出す
共通例題③の σ(t) を、基準の言葉で1度出しておく。期待値 (1.1.1) の時間変化は、状態を ∣ψ(t)⟩=e−iH^t/ℏ∣ψ⟩ と動かして計算してもよいし、同じ e−iH^t/ℏ を演算子の側に移して A^H(t)=eiH^t/ℏA^e−iH^t/ℏ を計算してもよい(1.1.4節)。自由粒子 H^=p^2/(2m) では後者が簡単である。Heisenberg の運動方程式 dtdA^H=[A^H,H^]/(iℏ) に [x^,p^]=iℏ を使うと
dtdx^H=iℏ1[x^H,2mp^H2]=mp^H,dtdp^H=0
なので、p^H(t)=p^、x^H(t)=x^+p^t/m である。これを2乗すると、x^ と p^ の順序を保ったまま
x^H(t)2=x^2+mt(x^p^+p^x^)+m2t2p^2(1.1.2)
となる。初めの状態で ⟨x^⟩=⟨p^⟩=0、位置と運動量の相関 ⟨x^p^+p^x^⟩ が 0 で、⟨x^2⟩=σ02 とする。最小不確定の Gauss 波束 ψ0(x)=(2πσ02)−1/4exp(−x2/(4σ02)) では運動量の標準偏差が σp=ℏ/(2σ0) なので、期待値をとると
σ(t)2=⟨x^H(t)2⟩=σ02+m2σp2t2=σ02+(2mσ0ℏt)2(1.1.3)
を得る。この式は共通例題③の答えの後半と一致する。式 (1.1.2) は x^ と p^ の交換関係しか使っていないので、初めの状態が純粋状態でも混合状態でも、⟨p^2⟩ と相関が分かれば同じ形で成り立つ。この点は総合問題の(4)で使う。
図 1.1.1 は式 (1.1.3) を描いたものである。時刻 t∗=2mσ02/ℏ で σ2 が初めの2倍になり、それより後では σ(t)≈ℏt/(2mσ0) と時間に比例して広がる。初めに狭く閉じ込めた波束ほど運動量の広がり σp が大きいので、速く広がる。

図 1.1.1 自由粒子の Gauss 波束の幅 σ(t)(式 (1.1.3))。t∗=2mσ02/ℏ。点線が厳密な式、実線が t≫t∗ での近似 σ≈ℏt/(2mσ0)。
例題 1.1.1 電子と塵の波束の広がり ★★
オリジナル最小不確定の Gauss 波束(位置の標準偏差 σ0、位置と運動量の相関なし)が自由に広がる。ℏ=1.0546×10−34Js、電子の質量 me=9.109×10−31kg とする。
- (1) σ(t)2 が初めの2倍になる時刻 t∗ を m, σ0, ℏ で表せ。
- (2) 電子を σ0=1nm に閉じ込めたとき、t∗ と、t=1ps での σ を求めよ。
- (3) 質量 1μg の塵を σ0=1μm に置いたとき、t∗ を年の単位で求めよ。
解答
(1) 式 (1.1.3) で (ℏt/(2mσ0))2=σ02 とおくと t∗=2mσ02/ℏ。
(2) t∗=2×9.109×10−31×(10−9)2/(1.0546×10−34)≈1.73×10−14s。t=1ps では ℏt/(2mσ0)=1.0546×10−46/(1.822×10−39)≈5.79×10−8m で、σ0=10−9m はこれに比べて無視できるのでσ≈57.9nm。電子の波束は 1 ps の間に約 58 倍に広がる。
(3) t∗=2×10−9×(10−6)2/(1.0546×10−34)≈1.90×1013s。1年を 3.156×107s とすると約 6.0×105 年である。質量 m と σ02 がともに大きいので、巨視的な物体の波束は観測できる時間の間ほとんど広がらない。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com