量子力学の様々な構成方法 第1部 第1章 §1.1.6 ★★★ 全部の橋は「同じ期待値を与える」ことで示すので、期待値の書き方を構成ごとに並べ、純粋状態と Wigner 関数の2本をこの章で証明する
期待値の書き方の一覧
1.1.1節で決めたとおり、2つの構成が同値であるとは同じ期待値を与えることである。そこで、基準の期待値 (1.1.1) を各構成の言葉で書いた形を並べる。各行の記号は、それぞれの部で定義する。
表 1.1.5 同じ期待値 ⟨A^⟩ の構成ごとの書き方| 構成 | 期待値の形 | 示す所 |
| 波動関数(学部の授業の形) | ∫ψ(x)∗A(x,−iℏdxd)ψ(x)dx | 第1部第3章 |
| 状態ベクトル(基準) | ⟨ψ∣A^∣ψ⟩ | 第1部第2章 |
| 行列力学 | ∑m,ncm∗Amn(t)cn(Amn(t)=⟨m∣A^H(t)∣n⟩) | 第2部第6章 |
| 密度行列 | Tr(ρ^A^) | この節(純粋状態)・第4部第2章 |
| 位相空間 | ∫W(x,p)AW(x,p)dxdp | この節・第5部第2章 |
| 経路積分 | Z1∫DxA(x(τ))e−SE[x]/ℏ(熱平衡・虚時間) | 第3部第6章 |
| 第二量子化 | ⟨Ψ∣A^∣Ψ⟩(A^ は a^†, a^ で書いた物理量) | 第6部第2章 |
| 流体 | ∫ρ(x)[21m∣v∣2+Q+V]dx など、密度で重みをつけた積分 | 第7部第1章 |
| 代数 | 状態 ω の値 ω(A) | 第8部第2章 |
| 再構成 | 状態空間の点と効果(測定の結果)を組にした確率 | 第9部第4章 |
流体の行はエネルギーの期待値の例で、Q は第7部第1章で定義する量子ポテンシャルである。表の多くの行は各部で示すが、そのうち2本は短いので、この節で両向きを証明する。
状態ベクトルと密度行列:純粋状態の場合
命題 1.1.1(純粋状態の対応 ★★★)
ヒルベルト空間 H の単位ベクトル ∣ψ⟩ に ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ を対応させると、すべての有界な物理量 A^ について Tr(ρ^A^)=⟨ψ∣A^∣ψ⟩ が成り立ち、ρ^ は ρ^≥0、Trρ^=1、ρ^2=ρ^ を満たす。逆に、ρ^≥0、Trρ^=1、ρ^2=ρ^ を満たす ρ^ は、位相因子 eiθ を除いて一意な単位ベクトル ∣ψ⟩ によって ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ と書ける。
証明
(基準→密度行列)正規直交基底 {∣k⟩} でトレースをとると Tr(∣ψ⟩⟨ψ∣A^)=∑k⟨k∣ψ⟩⟨ψ∣A^∣k⟩=∑k⟨ψ∣A^∣k⟩⟨k∣ψ⟩ となり、∑k∣k⟩⟨k∣=1 を使えば ⟨ψ∣A^∣ψ⟩ に等しい。⟨ϕ∣ρ^∣ϕ⟩=∣⟨ψ∣ϕ⟩∣2≥0、Trρ^=⟨ψ∣ψ⟩=1、ρ^2=∣ψ⟩⟨ψ∣ψ⟩⟨ψ∣=ρ^ である。
(密度行列→基準)ρ^2=ρ^ と ρ^=ρ^† から ρ^ は直交射影で、固有値は 0 か 1 である。Trρ^=1 なので固有値 1 はちょうど1つで、その固有空間は1次元である。その固有空間の単位ベクトルを ∣ψ⟩ とすると ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣。固有空間の単位ベクトルは eiθ∣ψ⟩ の形に限られ、∣ψ⟩ を eiθ∣ψ⟩ に替えても ∣ψ⟩⟨ψ∣ は変わらない。
命題 1.1.1 は、基準の状態ベクトルが「位相を除いて」密度行列と同じものであることを言っている。全体の位相 eiθ はどの期待値にも現れないので、状態ベクトルの構成が持つ情報のうち予言に関係する部分は、純粋状態の密度行列がすべて持っている。混合状態(ρ^2=ρ^)への拡張と、その逆向きの浄化は第4部第2章で扱う(相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第1章 も密度行列と量子チャネルを扱う)。
密度行列と位相空間:Wigner 関数の期待値
第5部で使う Wigner 関数と Weyl 記号を、この巻の約束どおり次の形で書く。
W(x,p)=πℏ1∫dy⟨x+y∣ρ^∣x−y⟩e−2ipy/ℏ,AW(x,p)=∫dy⟨x−2y∣A^∣x+2y⟩eipy/ℏ.(1.1.9)
命題 1.1.2(Wigner 関数による期待値 ★★★)
式 (1.1.9) の W と AW について(積分の順序を交換してよい ρ^, A^ に対して)、∫dxdpW(x,p)AW(x,p)=Tr(ρ^A^) が成り立つ。
証明
左辺に式 (1.1.9) を代入すると、y と y′ の2つの積分変数を持つ式になる。
∫dxdpWAW=πℏ1∫dxdydy′⟨x+y∣ρ^∣x−y⟩⟨x−2y′∣A^∣x+2y′⟩∫dpeip(y′−2y)/ℏ.
p の積分は ∫dpeip(y′−2y)/ℏ=2πℏδ(y′−2y) なので、y′ の積分で y′=2y となり、
∫dxdpWAW=2∫dxdy⟨x+y∣ρ^∣x−y⟩⟨x−y∣A^∣x+y⟩.
変数を u=x+y、v=x−y に変えると dxdy=21dudv なので、右辺は ∫dudv⟨u∣ρ^∣v⟩⟨v∣A^∣u⟩=Tr(ρ^A^) になる。最後の等号は位置の完全系 ∫dv∣v⟩⟨v∣=1 を使った。
逆向きは、W から ρ^ の行列要素を取り戻す式で示す。式 (1.1.9) の W を p について Fourier 逆変換すると、
⟨x+y∣ρ^∣x−y⟩=∫dpW(x,p)e2ipy/ℏ
となる(∫dpe2ip(y−y′′)/ℏ=πℏδ(y−y′′) を使う)。左辺の x と y はすべての ρ^ の行列要素 ⟨u∣ρ^∣v⟩ を尽くすので、W と ρ^ は互いに一意に決まる。これで密度行列から位相空間へ、位相空間から密度行列への両向きの対応がそろった。⋆積と Moyal 方程式による動力学の対応は第5部第3章で示す。
学部の授業の形との対応
学部の量子力学の授業では、期待値を波動関数で ⟨A⟩=∫ψ∗Aψdx と書き、運動量は −iℏd/dx に置き換える。これは表 1.1.5 の1行目で、基準の ⟨ψ∣A^∣ψ⟩ に位置の完全系を2回挿入したものにあたる(第1部第3章)。時間発展を Schrödinger 方程式で計算するのは Schrödinger 描像、エネルギー固有状態の基底で行列要素を計算するのは行列力学の書き方、統計力学の授業で Z=∑ne−βEn と書くのは密度行列 e−βH^ のトレースである。学部の授業は、同じ1つの問題の中でこれらの構成を断らずに使い分けている。この巻はその使い分けを、どこで同じになるかを示したうえで行う。
例題 1.1.6 基底状態と熱平衡の位置のゆらぎを4つの構成で出す ★★★
オリジナル共通例題①の調和振動子について、⟨x^2⟩ を求める。
- (1) 波動関数 ψ0(x)=(mω/πℏ)1/4e−mωx2/(2ℏ) で ∫ψ02x2dx を計算せよ。
- (2) 行列力学の x^=ℏ/(2mω)(a^+a^†) を使って ⟨0∣x^2∣0⟩ を計算せよ。
- (3) 基底状態の Wigner 関数 W0=πℏ1e−2H/(ℏω)(H=p2/(2m)+mω2x2/2)で ∫W0x2dxdp を計算せよ(x2 の Weyl 記号は x2)。
- (4) 熱平衡の Wigner 関数 Wβ=πℏtanh(βℏω/2)exp(−ℏω2tanh(βℏω/2)H) で ⟨x^2⟩ を求め、密度行列で Tr(ρ^x^2)=∑npn⟨n∣x^2∣n⟩(pn=e−βEn/Z)と計算したものと一致することを示せ。
解答
(1) α=mω/ℏ とすると、Gauss 積分 ∫x2e−αx2dx=2α3/2π から∫ψ02x2dx=πα⋅2α3/2π=2α1=2mωℏ。
(2) (a^+a^†)2=a^2+a^a^†+a^†a^+a^†2 の ∣0⟩ での期待値は ⟨0∣a^a^†∣0⟩=1 だけが残るので、⟨0∣x^2∣0⟩=2mωℏ。
(3) −ℏω2H=−ℏmωx2−mωℏp2 なので W0 は x と p の独立な Gauss 関数の積である。p の積分は πmωℏ、x の積分は 2π(ℏ/mω)3/2 で、
∫W0x2dxdp=πℏ1πmωℏ⋅2π(mωℏ)3/2=2mωℏ.
同じ計算で ∫W0dxdp=1 も確かめられる。
(4) τ=tanh(βℏω/2) とすると、Wβ の x についての指数は −τmωx2/ℏ である。Wβ は x と p の独立な Gauss 関数の積で規格化されているので、x の分散は 2τmωℏ=2mωℏcoth2βℏω。密度行列では ⟨n∣x^2∣n⟩=2mωℏ(2n+1) なので
Tr(ρ^x^2)=2mωℏ(2⟨n⟩+1)=2mωℏ(eβℏω−12+1)=2mωℏcoth2βℏω
(⟨n⟩ は例題 1.1.3)。2つの結果は一致し、命題 1.1.2 の具体例になっている。T→0 では coth→1 で(1)〜(3)の基底状態の値に、高温では coth(βℏω/2)≈2kBT/(ℏω) で古典の等分配 mω2⟨x2⟩=kBT に戻る。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com