量子力学の様々な構成方法 第5部 第3章 §5.3.1 ★★★ 指数関数の演算子の積は BCH の位相1つで書ける。それを Fourier の重ね合わせで広げると、積の記号は ⋆ 積という双微分演算子で決まる
前の章(第5部第2章)で、密度行列 ρ^ と Wigner 関数 W、物理量 A^ と Weyl 記号 AW が1対1に対応し、期待値が Tr(ρ^A^)=∫WAWdxdp と位相空間の積分になることを示した。ただし、そこで写したのは状態と物理量の「値」だけで、演算子どうしの積 A^B^ がどの関数に写るかは決めていない。量子力学の時間発展は交換子 [A^,H^] で書かれるので、積の行き先が決まらないかぎり、位相空間の構成は時間発展を書けない。
この章は、部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、「基準との同値」の後半を受け持つ。前の章が状態と物理量の対応を作ったのに対し、この章は積と時間発展の対応を作る。出発点に置くのは、前の章の Weyl 対応A^↦AW と、その逆の Weyl 量子化 QW[f] だけである。そこから積の記号
(A^B^)W=AW⋆BW,f⋆g=fexp[2iℏ(∂x∂p−∂p∂x)]g
が一意に決まり(⋆ 積)、交換子は Moyal 括弧 {{f,g}}=(f⋆g−g⋆f)/(iℏ) に、von Neumann 方程式は Moyal 方程式∂tW={{H,W}} に写る。Moyal 括弧を ℏ で展開すると最初の項が Poisson 括弧 {f,g} なので、ℏ→0 で Moyal 方程式は古典の統計力学の Liouville 方程式になる。計画の同値性の地図では「行列力学 ↔ 位相空間 ↔ 古典」の橋がこの章の置き場で、Heisenberg 方程式と Moyal 方程式の同値は両向きに証明する。前の章と同じく1次元・1粒子に話を限る。
指数関数どうしの積
Weyl 対応で最も扱いやすい演算子は、前の章の命題(指数関数の Weyl 記号)にある
E^(ℓ)=ei(ax^+bp^)/ℏ,(E^(ℓ))W=eℓ(x,p)=ei(ax+bp)/ℏ,ℓ=(a,b)
である(eℓ は平面波で、ここだけの記号)。任意の演算子はこれの重ね合わせ
A^=∫(2πℏ)2dadbA~(ℓ)E^(ℓ),A~(ℓ)=∫AW(x,p)e−i(ax+bp)/ℏdxdp(5.3.1)
で書ける(第5部第2章の Weyl の Fourier 形)。したがって、2つの平面波の演算子の積が分かれば、一般の積も分かる。
2つの指数の肩 X^=i(ax^+bp^)/ℏ、Y^=i(a′x^+b′p^)/ℏ の交換子は、[x^,p^]=iℏ から
[X^,Y^]=−ℏ21[ax^+bp^,a′x^+b′p^]=−ℏ21(ab′−ba′)iℏ=−ℏi(ab′−ba′)
で、ただの数である。数は X^ とも Y^ とも交換するので、Baker–Campbell–Hausdorff の公式は2項目で止まり、eX^eY^=eX^+Y^e[X^,Y^]/2 が厳密に成り立つ。よって
E^(ℓ)E^(ℓ′)=exp[−2ℏi(ab′−ba′)]E^(ℓ+ℓ′).(5.3.2)
右辺の Weyl 記号は e−i(ab′−ba′)/(2ℏ)eℓ+ℓ′=e−i(ab′−ba′)/(2ℏ)eℓeℓ′ である。積の記号は「記号の積」eℓeℓ′ に、ℓ と ℓ′ の作る面積 ab′−ba′ に比例する位相が掛かったものになる。
位相を微分で書く
この位相を、eℓ と eℓ′ に対する微分で書き直す。左の関数だけに作用する微分を ∂、右の関数だけに作用する微分を ∂ と書き、
Π=∂x∂p−∂p∂x(5.3.3)
と置く。fΠg=∂xf∂pg−∂pf∂xg={f,g} で、これは Poisson 括弧(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第11章、{x,p}=1 の流儀)そのものである。平面波に当てると ∂x→ia/ℏ、∂p→ib/ℏ なので
eℓΠeℓ′=(ℏiaℏib′−ℏibℏia′)eℓeℓ′=−ℏ2ab′−ba′eℓeℓ′,
n 回なら (−(ab′−ba′)/ℏ2)n が掛かる。したがって
eℓexp[2iℏΠ]eℓ′=n=0∑∞n!1(2iℏ)n(−ℏ2ab′−ba′)neℓeℓ′=exp[−2ℏi(ab′−ba′)]eℓeℓ′
となり、(5.3.2) の位相と一致する。
定義 5.3.1(⋆ 積)
位相空間の滑らかな関数 f、g の ⋆ 積(Groenewold 積、Moyal 積とも呼ぶ)を
f⋆g=fexp[2iℏΠ]g=n=0∑∞n!1(2iℏ)nk=0∑n(kn)(−1)k(∂xn−k∂pkf)(∂xk∂pn−kg)(5.3.4)
で定める。内側の和は Πn を2項展開したものである。
定理 5.3.2(積の Weyl 記号は ⋆ 積 ★★★)
Weyl 記号を持つ演算子 A^、B^ について
(A^B^)W=AW⋆BW,同じことだがQW[f]QW[g]=QW[f⋆g].(5.3.5)
証明
(5.3.1) を A^ と B^ の両方に使い、(5.3.2) で積をまとめると
A^B^=∫(2πℏ)4d2ℓd2ℓ′A~(ℓ)B~(ℓ′)e−i(ab′−ba′)/(2ℏ)E^(ℓ+ℓ′).
Weyl 記号は線形なので、積分の中の E^(ℓ+ℓ′) をその記号 eℓeℓ′ に替えてよい。直前の計算からe−i(ab′−ba′)/(2ℏ)eℓeℓ′=eℓ⋆eℓ′ なので
(A^B^)W=∫(2πℏ)4d2ℓd2ℓ′A~(ℓ)B~(ℓ′)eℓ⋆eℓ′.
⋆ 積は f についても g についても線形な微分演算なので、積分を ⋆ の両側に入れ、∫(2πℏ)2d2ℓA~eℓ=AW を使うと AW⋆BW を得る。2つ目の式は、1つ目の式の両辺に QW を当てたものである(Weyl 対応が1対1であることは前の章で示した)。
この積は H. J. Groenewold が 1946 年に Weyl 対応の積の構造として導き1H. J. Groenewold (1946), Physica 12, 405–460.、J. E. Moyal が 1949 年に位相空間の統計の理論として時間発展を書いた2J. E. Moyal (1949), Proc. Cambridge Philos. Soc. 45, 99–124.。証明の要点は、指数の肩の交換子が数であることの1点にある。x^ と p^ の交換子が数でなければ BCH の級数は止まらず、積の記号がこのように閉じた形にはならない。
例題 5.3.1 x⋆p と x2⋆p2 ★★★
オリジナル
- (1) (5.3.4) から x⋆p、p⋆x と {{x,p}}=(x⋆p−p⋆x)/(iℏ) を求め、前の章の (x^p^)W=xp+iℏ/2 と照合せよ。
- (2) x2⋆p2 を求め、21(x2⋆p2+p2⋆x2) が前の章の 21(x^2p^2+p^2x^2) の記号 x2p2−ℏ2/2 になることを確かめよ。
解答
(1) f=x は x について1回しか微分できず p では微分できないので、(5.3.4) の和で残るのは n=0 と、n=1 の k=0 の項だけである。k=0 の項は ∂xf∂pg=1⋅1 なので
x⋆p=xp+2iℏ,p⋆x=xp+2iℏ⋅(−1)⋅∂pp∂xx=xp−2iℏ.
2つ目は n=1、k=1 の項 (−1)∂pf∂xg だけが残った。差を iℏ で割ると {{x,p}}=1 で、正準交換関係 [x^,p^]=iℏ の記号である。定理 5.3.2 から (x^p^)W=xW⋆pW=x⋆p=xp+iℏ/2 で、前の章の直接の計算と一致する。
(2) f=x2 は x で2回、g=p2 は p で2回まで微分できる。∂pf=0、∂xg=0 なので、各 n で k=0 の項 ∂xnf∂png だけが残る。
x2⋆p2=x2p2+2iℏ(2x)(2p)+21(2iℏ)2(2)(2)=x2p2+2iℏxp−2ℏ2.
逆の順 f=p2、g=x2 では各 n で k=n の項 (−1)n∂pnf∂xng だけが残り、 p2⋆x2=x2p2−2iℏxp−ℏ2/2 となる(ℏ の1次の符号だけが変わる)。平均は x2p2−ℏ2/2 で、前の章の結果と一致する。ℏ2 の項は2回の入れ替えから出る数で、虚数の ℏ の1次の項は対称化で消える。
1 H. J. Groenewold (1946), Physica 12, 405–460.
2 J. E. Moyal (1949), Proc. Cambridge Philos. Soc. 45, 99–124.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com