量子力学の様々な構成方法 第8部 第2章 §8.2.1 ★★★ GNS 構成の発想。観測量の全体を線形空間と見て、状態で内積を入れ、長さ0のものを割る
前の章(第8部第1章)では、観測量の C*代数 A と、その上の状態 ω(正値で規格化された線形汎関数)の組を出発点に置いた。そこで示したのは、基準の構成の (H,∣ψ⟩) からベクトル状態 ωψ(A)=⟨ψ∣A∣ψ⟩ を作れば代数の状態になる、という基準から代数へ向かう向きだけである。この章は逆向きを受け持つ。ヒルベルト空間をまったく持たない状態で、(A,ω) だけからヒルベルト空間 Hω、その上の表現 πω、単位ベクトル ξω を作り、ω(A)=⟨ξω,πω(A)ξω⟩ を成り立たせる。これが Gelfand・Naimark・Segal の名前を取った GNS 構成である。
GNS 構成のもとにある考えは単純で、「観測量 A を状態に当てたもの」をベクトルと見なし、その内積を期待値 ω(A∗B) で定めるというものである。基準の言葉で書けば、ベクトル A^∣ψ⟩ と B^∣ψ⟩ の内積は ⟨ψ∣A^†B^∣ψ⟩ であり、これは期待値だけで書かれている。状態ベクトル ∣ψ⟩ を知らなくても、期待値の表さえあればベクトルの内積の表が作れる。代数的な構成のヒルベルト空間はこうして作られる。
章の流れは次のとおりである。第8.2.1節で内積と零ベクトルの扱いを最小の例(量子ビットの純粋状態)で見る。第8.2.2節で GNS の定理を述べ、存在と一意性を証明する。第8.2.3節で行列代数の上の一般の状態に GNS を当て、結果が第4部の浄化と一致することを示す。第8.2.4節で、状態が純粋であることと表現が既約であることの同値を証明する。第8.2.5節では、時間発展で変わらない状態の GNS 空間にユニタリな時間発展が自動的に載ることを示し、共通例題①の調和振動子を基底状態と熱平衡状態の2つから作り直す。第8.2.6節が基準との両向きの橋の節である。
この章では、GNS 構成が作る巡回ベクトルを ξω と書く。代数的量子論の文献では Ωω と書くことが多いが、この巻では Ω を Rabi 周波数に使うので避けた。
代数そのものを線形空間と見る
C*代数 A は複素数の線形空間である。状態 ω が1つ与えられたとき、A の2つの元 A,B に対して
⟨A,B⟩ω:=ω(A∗B)(8.2.1)
と定める。これは A について共役線形、B について線形で、前の章の命題(第8部第1章の状態の基本の性質)により⟨B,A⟩ω=⟨A,B⟩ω と ⟨A,A⟩ω=ω(A∗A)≥0 を満たす。内積の条件のうち欠けているのは「⟨A,A⟩ω=0 なら A=0」の1つだけである。
基準の言葉に戻すと、この欠けている条件の意味が分かる。ω=ωψ なら ⟨A,A⟩ω=∥A^∣ψ⟩∥2 であり、これが 0 になるのは A^∣ψ⟩=0 のとき、つまり A^ が ∣ψ⟩ を消すときである。A^=0 でもそういうことは普通に起こる。そこで長さが 0 になる元の全体
Nω:={A∈A: ω(A∗A)=0}(8.2.2)
を考え、A−B∈Nω となる A と B を同じものと見なす。A の同値類を [A] と書くと、商空間 A/Nω の上で⟨[A],[B]⟩:=ω(A∗B) は本物の内積になる(Nω が部分空間で、内積が代表の選び方によらないことは第8.2.2節で示す)。基準の言葉では、[A] はベクトル A^∣ψ⟩ そのものにあたり、Nω で割る操作は「同じベクトルを与える演算子を同一視する」操作にあたる。
観測量はこの空間に左からの積で作用させる。
πω(B)[A]:=[BA],ξω:=[1].(8.2.3)
すると ⟨ξω,πω(A)ξω⟩=⟨[1],[A]⟩=ω(1∗A)=ω(A) となり、状態 ω がベクトル ξω の期待値として書き直される。さらに πω(A)ξω=[A] なので、ξω に観測量を当てたものの全体が空間全体になる。この性質を巡回的と呼ぶ。基準の言葉では、[1] は ∣ψ⟩ そのもの、[A] は A^∣ψ⟩ である。

図 8.2.1 GNS 構成の3段。代数の元をベクトルと見て期待値で内積を入れ(左)、長さ 0 の元を割り(中央)、無限次元なら完備にする(右)。観測量は左からの積で作用し、単位元の類 [1] が状態を再現する巡回ベクトルになる。
量子ビットの純粋状態で確かめる
最も小さい例で、この手続きが基準の C2 を本当に作り直すことを確かめる。A=M2(C) は4次元の線形空間で、1,σx,σy,σz が基底である。状態を ωg(A):=⟨g∣A∣g⟩ とする(σz∣g⟩=−∣g⟩)。ωg(A∗A)=∥A∣g⟩∥2 なので、Nωg={A:A∣g⟩=0} は ∣g⟩ を消す行列の全体で、第2列が 0 の行列の全体にあたる。これは2次元である。したがって商空間は 4−2=2 次元で、写像 [A]↦A∣g⟩ が A/Nωg から C2 への内積を保つ同型になる。期待値の表しか使っていないのに、基準の C2 がそのまま出てくる。
例題 8.2.1 量子ビットの純粋状態の GNS を期待値の表から作る ★★★
オリジナルωg の期待値は ωg(1)=1、ωg(σx)=ωg(σy)=0、ωg(σz)=−1 である。この表と Pauli 行列の積の規則σiσj=δij1+i∑kϵijkσk だけを使って、次を示せ。
- (1) [σz]=−[1] と [σy]=−i[σx] が成り立ち、A/Nωg は [1] と [σx] で張られる。
- (2) [1] と [σx] は正規直交である。
- (3) この基底で πωg(σx) と πωg(σz) を 2×2 行列で書け。
解答
(1) C=σz+1 とおくと C∗C=(σz+1)2=σz2+2σz+1=2(1+σz) なのでωg(C∗C)=2(1+ωg(σz))=0、すなわち σz+1∈Nωg で [σz]=−[1]。次に D=σy+iσx とおくと D∗=σy−iσx で、
D∗D=σy2+iσyσx−iσxσy+σx2=2⋅1+i(−iσz)−i(iσz)=2(1+σz).
よって ωg(D∗D)=0 で、[σy]=−i[σx]。4つの基底の類のうち2つがほかの2つで書けたので、商空間は [1] と [σx] で張られる。
(2) ⟨[1],[1]⟩=ωg(1)=1、⟨[σx],[σx]⟩=ωg(σx2)=1、⟨[1],[σx]⟩=ωg(σx)=0。長さがどちらも 1 なので、どちらも Nωg に入らず、商空間はちょうど2次元である。
(3) π(σx)[1]=[σx]、π(σx)[σx]=[σx2]=[1]。π(σz)[1]=[σz]=−[1]、π(σz)[σx]=[σzσx]=[iσy]=i(−i)[σx]=[σx]。基底 ([σx],[1]) の順に並べると
π(σx)=(0110),π(σz)=(100−1)
となり、[σx]↔∣e⟩、[1]↔∣g⟩ と読めば基準の Pauli 行列そのものになる。実際 σx∣g⟩=∣e⟩ なので、[σx] は σx∣g⟩=∣e⟩ にあたる。
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