量子力学の様々な構成方法 第7部 第1章 §7.1.1 ★★★ この部の基本の対象 ρ と v を、波動関数の絶対値と位相の勾配として定義する
第7部では、量子力学を「流れる確率の流体」として組み立てる。第1部で置いた基準(状態ベクトルと演算子)から第1部第3章で位置表示の波動関数 ψ(r,t)=⟨r∣ψ(t)⟩ を取り出したが(第1部第3章)、その複素数の関数を極形式 ψ=ρeiS/ℏ に書くと、Schrödinger 方程式は実数の2本の式に分かれる。1本は確率密度 ρ の連続の式で、もう1本は位相 S についての Hamilton–Jacobi 方程式に、ポテンシャルのような項 Q が1つ足された形をしている。v=∇S/m を速度場と読めば、2本目の勾配は渦なし流体の Euler 方程式になる。これが E. Madelung(1927)の見つけた書き直しで、足された項 Q を量子ポテンシャルと呼ぶ。
この章は、部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、最初の3つと共通例題の一部を受け持つ。出発点に置くのは密度 ρ と速度場 v の2つの場で、要請は連続の式と量子ポテンシャルつきの Euler 方程式である。第1節で極形式を定義し、第2節で Schrödinger 方程式を実部と虚部に分けて2本の式を導く。第3節では Euler 方程式を運動量の保存の形に直し、量子ポテンシャルが「量子圧力」という応力テンソルの発散であること、そのエネルギーが位置の Fisher 情報に比例することを示す。第4節が逆向きの同値で、流体の方程式に循環の量子化条件を足したときに限って波動関数が作り直せることを証明する。第5節で共通例題①(調和振動子の定常状態)と③(自由粒子の波束の広がり)を流体の言葉で解き、第6節で基準・位相空間(第5部)・解析力学との橋を並べる。ℏ→0 で量子ポテンシャルを無視する話は次の章(第7部第2章)、渦の量子化と超流動は第3章、粒子の軌道(Bohm)は第4章、確率過程(Nelson)は第5章に回す。
極形式と Madelung 変換
1粒子(質量 m)の波動関数 ψ(r,t) を考える。複素数は絶対値と偏角で書けるので、ψ=0 の点では
ψ(r,t)=ρ(r,t)eiS(r,t)/ℏ,ρ≥0,S∈R(7.1.1)
と書ける。ρ=∣ψ∣2 は第1部第2章の Born の規則で位置を見いだす確率密度そのものである。S(r,t) は偏角に ℏ を掛けたもので、作用と同じ次元(エネルギー × 時間)を持つ。ℏ を掛けて定義する理由は、第2節で S の従う式が古典力学の Hamilton の主関数 S(r,t) の式とほぼ同じ形になることにある。
S の値は一意でない。偏角は 2π の整数倍だけ不定なので、S は 2πℏ の整数倍だけ不定である。全体の位相 eiα を掛けても状態は変わらないので、定数の足し算も不定である。ところが勾配 ∇S はどちらの不定性にも影響されない。そこで、確率の流れの速さを表す速度場を
v(r,t)=m∇S=mℏImψ∇ψ(7.1.2)
で定義する。2つ目の等号は ∇lnψ=∇lnρ+i∇S/ℏ の虚部を取れば出る。確率流密度(確率の流れの密度)は
j=ρv=mℏIm(ψ∗∇ψ)=2miℏ(ψ∗∇ψ−ψ∇ψ∗)(7.1.3)
で、学部の量子力学で習う確率流密度の式と同じものである。
定義 7.1.1(Madelung 変換)
ρ>0 の領域で、波動関数 ψ に密度と速度場の組 (ρ,v) を対応させる写像ψ↦(∣ψ∣2, (ℏ/m)Im(∇ψ/ψ)) を Madelung 変換と呼ぶ。
数えてみる:何を捨て、何が増えたか
ψ は複素数1つ、つまり実数の場2つ分の情報を持つ。(ρ,S) に分ければ実数の場がちょうど2つで、捨てた情報は S の定数(全体の位相)だけである。ところが流体として (ρ,v) を出発点に置くと、3次元では実数の場が 1+3=4 個に増える。v が勾配 ∇S/m である以上、
∇×v=0(ρ>0 の領域で)(7.1.4)
が成り立たなければならず、これが増えた2個分を減らす。つまり、量子の流体は渦なしの流体に限られる。ただし ρ=0 になる点や線(波動関数の節)では偏角が定まらないので、節を囲む輪に沿って v を1周積分すると 0 でない値が出てよい。その値がどう決まるかが、第4節の主題になる。
流体が住むのは配位空間
N 粒子の波動関数 ψ(r1,…,rN,t) にも極形式は使えるが、そのときの ρ と v は 3N 次元の配位空間の上の場で、3次元の空間を流れる流体ではない。この章では1粒子に限る。多粒子でこの見方がどこまで保てるかは第7部第6章(第7部第6章)で扱う。
例題 7.1.1 2つの平面波の重ね合わせの密度と速度場 ★★
オリジナル1次元で、右へ進む平面波と左へ進む平面波を重ねた ψ(x)=Aeikx+Be−ikx(A>B>0、k>0)を考える。
- 密度 ρ(x) と確率流密度 j(x) を求めよ。
- 速度場 v(x) を求め、A=1、B=1/2 のときの最大値と最小値を ℏk/m を単位にして答えよ。
- j が x によらないことと、ρ が x によることは、定常状態の連続の式とどう両立するか。
解答
(1) ρ=∣Aeikx+Be−ikx∣2=A2+B2+AB(e2ikx+e−2ikx)=A2+B2+2ABcos2kx である。確率流密度は (7.1.3) から、ψ′=ik(Aeikx−Be−ikx) を使って
ψ∗ψ′=ik(Ae−ikx+Beikx)(Aeikx−Be−ikx)=ik(A2−B2)+ikAB(e2ikx−e−2ikx).
第2項は ik⋅2iABsin2kx=−2kABsin2kx で実数なので、虚部を取ると j=(ℏk/m)(A2−B2) となる。
(2) v=j/ρ=mℏkA2+B2+2ABcos2kxA2−B2。分母は (A−B)2 から (A+B)2 の間を動くので、A=1、B=1/2 では A2−B2=3/4、(A−B)2=1/4、(A+B)2=9/4 より、最大値 3ℏk/m(cos2kx=−1 の所)、最小値 ℏk/(3m)(cos2kx=1 の所)である。
(3) 定常状態では ∂tρ=0 なので、連続の式 ∂tρ+∂xj=0 は ∂xj=0 だけを要求し、j が一定であれば ρ は場所によってよい。密度の高い所では流れが遅く、低い所では速く、どの断面でも単位時間に通る確率の量は同じになる。速度場が場所によるのに定常でいられる理由は、第2節の量子ポテンシャルの力が速度の変化にちょうど見合う大きさを持つからで、この例では Q+mv2/2=ℏ2k2/(2m) がどこでも成り立つ(検算で確かめた)。
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