量子力学の様々な構成方法 第7部 第6章 §7.6.1 ★★★ 経路積分(第3部)と確率過程(第7部)の合流点。虚時間の伝播は「ポテンシャルの高い所で消える Brown 運動」の期待値である
第7部第5章では、粒子の位置を拡散係数 ν=ℏ/(2m) の Markov の拡散過程に置き、平均の加速度に Newton の法則を課す Nelson の構成から、第7部第1章の Madelung 方程式を導いた(第7部第5章)。同じ章の最後で、基底状態の過程の推移が虚時間の時間発展を ψ0 で変換したものに等しいこと(基底状態の変換)を示し、それを一般の場合へ広げる仕事と、多時刻の相関が基準と食い違う問題とを、この章へ回した。第3部第6章も、虚時間の経路積分が Wiener 測度の上の期待値として厳密に定義できること(Feynman–Kac の公式)を述べ、その確率過程の言葉での読み方をこの章へ送っている(第3部第6章)。
部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、この章は第7部の「経路積分との合流」と「限界」を受け持つ。第1節で Feynman–Kac の公式を Brown 運動の期待値として述べ、Trotter の積公式と Markov 性から証明する。第2節で、Feynman–Kac の重みを確率過程の確率法則に移す Doob の変換を置き、Nelson の基底状態の過程と励起状態の過程がこの変換で得られること、逆に過程からハミルトニアンを取り戻せることを示す。第3節が第7部第5章から回ってきた本題で、Nelson の過程の2時刻の相関(共通例題①の基底状態で σg2e−ω∣t∣)が基準の相関(実部が σg2cosωt)と一致しないことを、Doob の定理(定常な Gauss の Markov 過程の相関は指数関数に限る)で構造から説明し、励起状態と熱平衡でも比べる。第4節では、位置の測定を途中に入れると、Nelson の過程の予言が基準と一致することを、分解能のある測定の模型で計算する。第5節で残りの限界(多粒子の過程が配置空間に住むこと・スピン・節の特異性)を整理し、第6節の橋で、各構成の2時刻の相関を1つの表に並べて、「Nelson の実時間は基準の虚時間である」という対応を両向きに示す。
記号は第7部第5章に揃える。Brown 運動 W は ⟨dW2⟩=2νdt、ν=ℏ/(2m) を満たし(第3部第6章の拡散係数 D=ℏ/(2m) と同じもの)、確率過程の期待値は立体の E で書く。σg2=ℏ/(2mω) は調和振動子の基底状態の位置の分散である。
自由な部分は Brown 運動の推移
1次元のハミルトニアン H^=T^+V(x^)、T^=p^2/(2m) を考える。まず自由な部分の虚時間の時間発展 e−T^τ/ℏ を確率過程の言葉で読む。位置表示で T^/ℏ=−(ℏ/2m)∂x2=−ν∂x2 なので、fτ=e−T^τ/ℏf は熱方程式 ∂τfτ=ν∂x2fτ の解で、その核は
⟨x∣e−T^τ/ℏ∣x′⟩=4πντ1exp(−4ντ(x−x′)2)(7.6.1)
である(第3部第6章の熱核と同じもの)。右辺は、x を出た Brown 運動 W(⟨dW2⟩=2νdt)の時刻 τ での位置の分布、すなわち平均 x・分散 2ντ のガウス分布の密度に等しい。核が x と x′ について対称なので、どちらを出発点と読んでもよく、
(e−T^τ/ℏf)(x)=Ex[f(Wτ)](7.6.2)
と書ける。ここで Ex は W0=x から出た Brown 運動についての期待値である。量子力学の運動エネルギーは、虚時間では拡散の生成作用素になる。第7部の拡散係数 ν=ℏ/(2m) は Nelson の要請として置いたものだったが、ここでは T^ から自動的に出てくる。
公式と証明
定理 7.6.1(Feynman–Kac の公式 ★★★)
V が連続で下に有界とする。有界な連続関数 f について
(e−H^τ/ℏf)(x)=Ex[exp(−ℏ1∫0τV(Ws)ds)f(Wτ)](7.6.3)
が成り立つ。積分核で書くと、x′ を出て時刻 τ に x へ着く Brown 運動(Brown 橋)の期待値 Ex′→x を使って⟨x∣e−H^τ/ℏ∣x′⟩=⟨x∣e−T^τ/ℏ∣x′⟩Ex′→x[exp(−ℏ1∫0τV(Ws)ds)] となり、τ=βℏ と置けば第3部第6章の式(第3部第6章)に一致する。
証明
ϵ=τ/P と置く。下に有界な V と T^≥0 について Trotter の積公式(第3部第6章で縮小半群の形で使ったもの)e−H^τ/ℏf=limP→∞(e−T^ϵ/ℏe−Vϵ/ℏ)Pf が成り立つ。右辺の P 個の積を、内側から順に (7.6.2) で書き直す。最も内側は e−T^ϵ/ℏ(e−Vϵ/ℏf)(y)=Ey[e−ϵV(Wϵ)/ℏf(Wϵ)] である。次の段では、時刻 ϵ の位置 Wϵ から出た Brown 運動がさらに ϵ だけ進むと考える。Brown 運動の増分は過去と独立(Markov 性)なので、条件付き期待値を重ねたものは1本の Brown 運動の期待値にまとまり、
(e−T^ϵ/ℏe−Vϵ/ℏ)Pf(x)=Ex[exp(−ℏϵk=1∑PV(Wkϵ))f(Wτ)]
となる。Brown 運動の経路は連続なので、P→∞ で指数の中の和は Riemann 和として ∫0τV(Ws)ds に収束する。被積分関数は V≥−c からecτ/ℏsup∣f∣ で押さえられるので、有界収束定理で極限と期待値を入れ替えてよい。核の形は、終点 Wτ の分布 (7.6.1) で条件を付けて書き直したものである。
右辺の期待値の中には、もう振動する位相 eiS/ℏ は無い。運動項 2mx˙2 は Brown 運動の測度の中に入り、残るのはポテンシャルの重みだけである。重み e−∫Vds/ℏ は「ポテンシャル V の高い所では、単位時間あたり V/ℏ の割合で粒子が消える」と読める(V<0 の所では増える)。虚時間の時間発展は、消える割合 V/ℏ を持つ Brown 運動の、生き残った分の期待値である。第3部第7章が述べたとおり、Coulomb ポテンシャルのように下に有界でない V についても、Kato 類という条件のもとで同じ式が成り立つ(第3部第7章)。
基底エネルギーを確率で読む
f=1 と置き、基底状態 ψ0(エネルギー E0、ψ0>0)がスペクトルの底で孤立しているとする。e−H^τ/ℏ1 をスペクトル分解すると、τ→∞ で残るのは e−E0τ/ℏψ0(x)⟨ψ0∣1⟩ の項である(⟨ψ0∣1⟩=∫ψ0dx が有限で正のとき)。したがって
E0=−τ→∞limτℏlnEx[exp(−ℏ1∫0τV(Ws)ds)](7.6.4)
が成り立つ。左辺は基準のスペクトルの量、右辺は Brown 運動の生き残りの確率の減り方で、どちらも同じ数を与える。拡散モンテカルロ法などの数値計算はこの式を出発点にしている。
例題 7.6.1 調和振動子の零点エネルギーを Brown 運動から出す ★★★
オリジナルV=mω2x2/2 とし、原点から出た Brown 運動 W(⟨dW2⟩=2νdt)について F(τ)=E0[exp(−ℏ1∫0τV(Ws)ds)] を考える。
- W=2νB(B は標準の Brown 運動)と書き直し、指数の係数が ω2/2 になることを示せ。
- 定理 7.6.1 の核の形を使い、Euclid の Mehler 核⟨x∣e−H^τ/ℏ∣x′⟩=2πℏsinhωτmωexp{−2ℏsinhωτmω[(x2+x′2)coshωτ−2xx′]}(第3部第3章の Mehler 核に t=−iτ を代入したもの)から F(τ)=(coshωτ)−1/2 を導け。
- (7.6.4) から E0 を求めよ。
- ωτ=3 のときの F の値を求め、刻み 400・2万本の経路の Monte Carlo で求めた値と比べよ。
解答
(1) V(W)/ℏ=mω2⋅2νB2/(2ℏ)=2ℏmω2⋅mℏB2=2ω2B2 なので、F=E0[exp(−2ω2∫0τBs2ds)] である。係数に ℏ も m も残らない。ℏ と m は Brown 運動の拡散係数 ν と、ポテンシャルの重み V/ℏ の2か所に入っていて、互いに打ち消し合う。
(2) f=1 とした (7.6.3) は核を終点 x で積分したもの F(τ)=∫dx⟨x∣e−H^τ/ℏ∣0⟩ に等しい。x′=0 で指数は −2ℏsinhωτmωcoshωτx2 なので、Gauss 積分から
F(τ)=2πℏsinhωτmωmωcoshωτ2πℏsinhωτ=coshωτ1.
(3) τ→∞ で coshωτ≈eωτ/2 なので lnF≈−ωτ/2+21ln2。E0=−lim(ℏ/τ)lnF=ℏω/2 で、共通例題①の零点エネルギーに一致する。Brown 運動が原点の近くに長くとどまる経路ほど重みが大きく、生き残りの確率は e−ωτ/2 の速さで減る。その減り方が零点エネルギーである。
(4) (cosh3)−1/2=0.3152。標準の Brown 運動を刻み 3/400 で 2万本作り、exp(−21∑B2Δs) を平均すると 0.314 になった(検算のスクリプトに乱数の種を固定して入れた)。差は 0.4% で、刻みの粗さと標本の揺らぎの大きさに収まっている。振動する位相の和である実時間の経路積分は、このように素朴に乱数で平均することができない。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com