量子力学の様々な構成方法 第7部 第2章 §7.2.1 ★★★ ℏ→0 の意味を ℏ/(pL)→0 という無次元の比として定め、Q を無視したときの波動関数の誤差を Schrödinger 方程式の残差から評価する
前の章(第7部第1章)で、波動関数を極形式 ψ=ρeiS/ℏ に書くと、Schrödinger 方程式は確率の連続の式と、量子ポテンシャル Q=−(ℏ2/2m)∇2ρ/ρ の付いた Hamilton–Jacobi 方程式(量子 HJ 方程式)の2本に分かれることを示した。2本のうち ℏ を含むのは Q だけなので、Q を無視すれば古典力学の Hamilton–Jacobi 方程式が現れる。この章は、この「Q を無視する」操作を古典極限の1つの見方として調べる。
部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、この章は「得意な問題」と「限界」の手前に当たり、流体の構成から古典力学へ戻る橋を受け持つ。古典極限の見方は、この巻にほかに2つある。第3部第4章(第3部第4章)は経路積分を停留位相で評価し、第5部第3章(第5部第3章)は Moyal 方程式の ℏ 展開で Liouville 方程式を出す。流体の見方はこの2つと同じ所で成り立ち、同じ所で崩れる。それを式で並べることが、この章の目的である。
第1節で「ℏ→0」が何を小さくすることなのかを無次元の比で言い直し、Q を無視したときの誤差を評価する。第2節で Q を無視した方程式が、運動量のそろった古典粒子の集団を表すことを、特性曲線と Hamilton 方程式の一致として示す。第3節は時間によらない流れで、これが WKB 近似の主要項と同じものであることを確かめる。第4節では極限が成り立たない2つの場合(粒子の軌道が交わる焦点と、束縛状態の定在波)を調べる。第5節が橋の節で、経路積分・位相空間・基準の言葉での古典極限とこの章の形を並べる。
Madelung の2本の式と、ℏ の居場所
1粒子(質量 m、ポテンシャル V(r))の Madelung の方程式は、前の章の結果をそのまま引くと
∂t∂ρ+∇⋅(ρm∇S)=0,∂t∂S+2m∣∇S∣2+V+Q=0,Q=−2mℏ2ρ∇2ρ(7.2.1)
である(第7部第1章の命題「Madelung 方程式」)。ℏ が現れるのは Q の中だけで、しかも ℏ2 として現れる。したがって Q を無視した
∂t∂S+2m∣∇S∣2+V=0,∂t∂ρ+∇⋅(ρm∇S)=0(7.2.2)
を「流体の古典極限」と呼ぶことにする。1本目は古典力学の Hamilton–Jacobi 方程式で、S(r,t) は Hamilton の主関数である(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第13章)。2本目は連続の式のまま変わらない。
無次元の比で言い直す
ℏ は自然定数なので、文字どおりに 0 へ送ることはできない。意味を持つ量は、ℏ をその系に固有の作用の大きさと比べた無次元の比である。密度 ρ が目立って変わる長さを L、流れの運動量 ∣∇S∣ の大きさを p とすると、(7.2.1) の2本目の各項の大きさは
2m∣∇S∣2∼mp2,∣Q∣∼mL2ℏ2
と見積もれる。Q の分子の ∇2ρ は ρ/L2 程度で、ρ で割ると 1/L2 だけが残るからである。比を取ると
p2/m∣Q∣∼(pLℏ)2=(2πLλ)2,λ=p2πℏ(7.2.3)
となる。λ は de Broglie 波長である。つまり「ℏ→0」とは、ρ と S を ℏ によらない滑らかな関数に固定したまま、de Broglie 波長が密度の変わる長さ L に比べて短くなる極限のことである。
この言い直しには、見落とされやすい前提が1つ入っている。ρ の形を固定して ℏ だけを小さくするので、ρ 自身が波長 λ の長さで振動しているような状態(たとえば定在波)は、この極限の対象に入らない。そうした状態では L∼λ なので、(7.2.3) の比は ℏ を小さくしても小さくならない。この場合は第4節で扱う。
Q を無視した波動関数の誤差
Q を無視した方程式 (7.2.2) の解 (S,ρ) から波動関数の候補 ψcl=ρeiS/ℏ を作ると、それは Schrödinger 方程式をどれだけ満たすか。前の章の命題の証明に出てきた恒等式を、Q を左右に分けて書き直すと答えが出る。
命題 7.2.1(古典の組の残差 ★★★)
ρ>0 の領域で、任意の実関数 ρ, S について ψ=ρeiS/ℏ は
iℏ∂t∂ψ−H^ψ=−(∂t∂S+2m∣∇S∣2+V+Q)ψ+2ρiℏ(∂t∂ρ+∇⋅mρ∇S)ψ(7.2.4)
を満たす(H^=−(ℏ2/2m)∇2+V)。とくに (S,ρ) が (7.2.2) の解なら、
iℏ∂t∂ψcl−H^ψcl=−Qψcl.(7.2.5)
証明
(7.2.4) は前の章で Schrödinger 方程式を実部と虚部に分けたときの計算そのもので、e−iS/ℏ を掛けた左辺を ρ と S の微分で展開すると、実部が −ρ(∂tS+∣∇S∣2/2m+V+Q)、虚部が (ℏ/2ρ)(∂tρ+∇⋅(ρ∇S/m)) になる(検算で一般の ρ,S,V について確かめた)。(7.2.2) が成り立てば、1つ目の括弧は Q だけ、2つ目の括弧は 0 になるので (7.2.5) が出る。
残差 −Qψcl から、本物の解との差を見積もることができる。時刻 0 で ψ(0)=ψcl(0) とし、差を e(t)=ψ(t)−ψcl(t) と置く。本物の解は iℏ∂tψ=H^ψ を満たすので、(7.2.5) と引き算してiℏe˙=H^e+Qψcl である。H^ は自己共役なので ⟨e,H^e⟩ は実数で、
dtd∥e∥2=2Re⟨e,e˙⟩=ℏ2Im⟨e,H^e+Qψcl⟩=ℏ2Im⟨e,Qψcl⟩≤ℏ2∥e∥∥Qψcl∥
となる。両辺を 2∥e∥ で割って積分すると
∥ψ(t)−ψcl(t)∥≤ℏ1∫0t∥Qψcl(s)∥ds(7.2.6)
が出る。ρ と S が ℏ によらず滑らかなら Q=O(ℏ2) なので、右辺は O(ℏt) である。固定した時刻までなら、ℏ/(pL)→0 で差は 0 に近づく。ただしこの評価は、t までの間ずっと ρ が滑らかであることを前提にしている。第4節で見るように、古典の流れには有限の時刻で ρ が発散する所(焦点)が現れることがあり、その近くで ∥Qψcl∥ は ℏ で抑えられなくなる。
例題 7.2.1 電子と微粒子の量子ポテンシャルの大きさ ★★
オリジナル幅 σ のガウス分布 ρ∝e−x2/(2σ2) の中心での量子ポテンシャルは Q(0)=ℏ2/(4mσ2) である(第7部第1章の例題)。
- 電子(m=9.109×10−31kg)で σ=1nm のとき、Q(0) を meV で求め、室温 300K の kBT と比べよ。
- 直径 1μm、密度 2000kg/m3 の微粒子(質量およそ 1×10−15kg)で σ=1μm のとき、Q(0)/(kBT) を求めよ。
- 2つの結果から、Q を無視してよいかどうかについて何が言えるか。
解答
(1) ℏ2=(1.0546×10−34)2=1.112×10−68J2s2 なので
Q(0)=4×9.109×10−31×10−181.112×10−68J=3.05×10−21J=19.0meV
である。室温の kBT=1.381×10−23×300J=25.9meV と同じ桁である。
(2) 質量は 34π(0.5×10−6)3×2000=1.05×10−15kg で、1×10−15kg としてQ(0)=1.112×10−68/(4×10−15×10−12)J=2.8×10−42J、kBT=4.14×10−21J との比は 6.7×10−22 である。
(3) 1 nm に閉じ込めた電子では、量子ポテンシャルが熱運動のエネルギーと同じ大きさなので無視できない。1μm の微粒子では 10−21 倍の小ささで、ρ が 1μm の長さで滑らかに変わる限り、運動は (7.2.2) の古典の流れで書いてよい。比 Q(0)/(kBT) は ℏ2/(mσ2kBT) に比例し、熱的な de Broglie 波長 ℏ/mkBT と σ の比の2乗である。これは (7.2.3) の (ℏ/pL)2 で p を熱運動の運動量にしたものに当たる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ/(pL)→0(de Broglie 波長が密度の変わる長さより短い) | 証明 条件付き(ρ, S が ℏ によらず滑らかで、軌道が交わる焦点より前の時刻。誤差は (7.2.6) の形で O(ℏt)) | 行き先 近似の数理 第7章
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com