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状態:ヒルベルト空間の射線

2026年10月17日9分で読めますAI生成教科書『虎の巻』第1部 第2章 基準:状態ベクトルと演算子の公理
目次
  1. なぜ複素数で、なぜ全体の位相を捨てるか
  2. 木下の層

AI 生成・木下が未勉強

量子力学の様々な構成方法 第1部 第2章 §1.2.1 ★★★ 状態はベクトルそのものでなく、全体の位相を同一視した射線である

この巻では、量子力学を9通りの出発点から組み立て直し、どれも同じ予言を与えることを確かめる。比べるには共通の物差しが要るので、この章でそれを置く。Dirac の教科書(1930)と von Neumann の教科書(1932)で形が整い、量子物理工学の講義も出発点に置く状態ベクトルと演算子の公理を物差しに選ぶ1P. A. M. Dirac, The Principles of Quantum Mechanics (Clarendon Press, Oxford, 1930)。J. von Neumann, Mathematische Grundlagen der Quantenmechanik (Springer, Berlin, 1932)。下の脚注へ。

部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)で言えば、この章は第1部の「出発点の要請」と「基本の対象」を受け持つ。基準そのものなので、「基準との同値」の段は無い。その代わりに、最後から2番目の節で、ここから各部へ出ていく橋の出口を式で並べる。

公理は次の6つに分けて書く。

  1. (Q1) 状態は複素ヒルベルト空間 H\mathcal{H} の単位ベクトルで表し、全体の位相だけが違うベクトルは同じ状態とみなす(1.2.1 節)。
  2. (Q2) 観測量は H\mathcal{H} 上の自己共役演算子で表し、測定値はそのスペクトルの点である(1.2.2 節)。
  3. (Q3) 測定値が aa になる確率は ⟨ψ∣P^a∣ψ⟩\langle \psi | \hat P_a | \psi \rangle である(Born の規則。1.2.3 節)。
  4. (Q4) 測定値 aa を得た直後の状態は P^a∣ψ⟩\hat P_a| \psi \rangle を規格化したものである(射影の公理。1.2.3 節)。
  5. (Q5) 測定しない間、状態はユニタリ演算子 U^(t)=e−iH^t/ℏ\hat U(t)=\mathrm{e}^{-\mathrm{i}\hat Ht/\hbar} で発展する(1.2.4 節)。
  6. (Q6) 2つの系を合わせた系の状態空間はテンソル積 HA⊗HB\mathcal{H}_A\otimes\mathcal{H}_B である(1.2.5 節)。

入門の教科書でひととおり習った内容なので、導出は最短にし、そのかわり「なぜこの形でなければならないか」を各節で1つずつ確かめる。状態が複素数の重みを持つこと、確率が振幅の絶対値の2乗であること、合成系が直積でなくテンソル積であることは、どれも後の部で別の出発点から導き直される(第9部は Born の規則と複素ヒルベルト空間そのものを導く)。ここで公理として置いたものが、ほかの部では定理になる。その対応を見失わないために、各節の公理に番号を振っておく。

共通例題(第1部第1章の表)のうち、この章では ②2準位系の Rabi 振動を 1.2.4 節で基準の言葉で解く。①調和振動子は第2部、③自由粒子は第1部第3章と第3部で扱う。

定義 1.2.1(公理 Q1(状態))

物理系には複素ヒルベルト空間 H\mathcal{H} が1つ対応し、系の(純粋な)状態は H\mathcal{H} のノルム1のベクトル ∣ψ⟩| \psi \rangle で表す。∣ψ⟩| \psi \rangle と eiα∣ψ⟩\mathrm{e}^{\mathrm{i}\alpha}| \psi \rangle(α\alpha は実数)は同じ状態を表す。言い換えると、状態は1次元部分空間

[ψ]≔{c∣ψ⟩:c∈C, c≠0}(1.2.1)[\psi]\coloneqq\{c| \psi \rangle : c\in\mathbb{C},\ c\neq0\}\tag{1.2.1}

(射線)と1対1に対応する。

ヒルベルト空間は、内積 ⟨ϕ∣ψ⟩\langle \phi | \psi \rangle を持ち、Cauchy 列が必ず極限を持つ(完備な)複素ベクトル空間である。内積は物理の流儀で第1引数について反線形、第2引数について線形に取る。量子力学で現れるのは次の2種類である。スピンや2準位原子のように測定値が有限個しかない系では H=Cn\mathcal{H}=\mathbb{C}^n で、状態は nn 個の複素数の列である。1次元を動く粒子では H=L2(R)\mathcal{H}= L^2(\mathbb{R}) で、状態は ∫∣ψ(x)∣2dx<∞\int\lvert \psi(x)\rvert ^2\mathrm{d} x<\infty を満たす関数である。どちらの場合も、数えられる正規直交基底 {∣n⟩}\{| n \rangle \} を取って ∣ψ⟩=∑ncn∣n⟩| \psi \rangle =\sum_nc_n| n \rangle、∑n∣cn∣2=1\sum_n\lvert c_n\rvert ^2=1 と書ける(可分性)。

なぜ複素数で、なぜ全体の位相を捨てるか

状態に複素数の重みを持たせる理由は、干渉にある。2つの状態の重ね合わせ ∣ψ⟩=c1∣ϕ1⟩+c2∣ϕ2⟩| \psi \rangle =c_1| \phi_1 \rangle +c_2| \phi_2 \rangle を作ると、後の 1.2.3 節の Born の規則で確率を計算したとき∣c1∣2∣⟨a∣ϕ1⟩∣2+∣c2∣2∣⟨a∣ϕ2⟩∣2+2Re⁡(c1∗c2⟨ϕ1∣a⟩⟨a∣ϕ2⟩)\lvert c_1\rvert ^2\lvert \langle a | \phi_1 \rangle \rvert ^2+\lvert c_2\rvert ^2\lvert \langle a | \phi_2 \rangle \rvert ^2+2\operatorname{Re}\bigl(c_1^*c_2\langle \phi_1 | a \rangle \langle a | \phi_2 \rangle \bigr)という交差項が出る。この交差項は相対位相 arg⁡(c2/c1)\arg(c_2/c_1) によって正にも負にもなり、二重スリットの縞のような干渉を表す。一方、∣ψ⟩| \psi \rangle 全体に eiα\mathrm{e}^{\mathrm{i}\alpha} を掛けても、c1c_1 と c2c_2 の位相が同じ角度だけずれるだけなので、相対位相は変わらず、どの確率も変わらない。物理で観測されるのは確率だけなので、全体の位相は状態の区別に使えない。これが公理 Q1 で射線を状態とみなす理由である。

射線の言葉で状態どうしの近さを測るには、位相に依らない量 ∣⟨ϕ∣ψ⟩∣2\lvert \langle \phi | \psi \rangle \rvert ^2(遷移確率)を使う。Cauchy–Schwarz の不等式 ∣⟨ϕ∣ψ⟩∣≤∥ϕ∥∥ψ∥\lvert \langle \phi | \psi \rangle \rvert \le\lVert \phi\rVert \lVert \psi\rVert から、単位ベクトルどうしでは 0≤∣⟨ϕ∣ψ⟩∣2≤10\le\lvert \langle \phi | \psi \rangle \rvert ^2\le1 で、等号 11 は ∣ψ⟩=eiα∣ϕ⟩| \psi \rangle =\mathrm{e}^{\mathrm{i}\alpha}| \phi \rangle のときに限る。つまり遷移確率が 11 になることと、同じ射線にあることは同値である。

射線の空間は線形空間でない

状態の集合(射線の集合)は射影空間 P(H)\mathbb{P}(\mathcal{H}) であり、それ自身はベクトル空間ではない。[ϕ][\phi] と [ψ][\psi] の「和」は代表の取り方 eiα∣ϕ⟩+eiβ∣ψ⟩\mathrm{e}^{\mathrm{i}\alpha}| \phi \rangle +\mathrm{e}^{\mathrm{i}\beta}| \psi \rangle によって別の射線になるからである。重ね合わせを作るには代表のベクトルを1つずつ決める必要があり、その選び方の自由度が後の部で何度も現れる(第3部のスピンの経路積分に出る Berry 位相、第10部の複素線束の切断)。

例

スピン ½ では H=C2\mathcal{H}=\mathbb{C}^2 で、σz\sigma_z の固有状態 ∣↑⟩=(1,0)T| \uparrow \rangle =(1,0)^{\mathsf T}、∣↓⟩=(0,1)T| \downarrow \rangle =(0,1)^{\mathsf T} を基底に取る。単位ベクトルは ∣ψ⟩=cos⁡(θ/2)∣↑⟩+eiφsin⁡(θ/2)∣↓⟩| \psi \rangle =\cos(\theta/2)| \uparrow \rangle +\mathrm{e}^{\mathrm{i}\varphi}\sin(\theta/2)| \downarrow \rangle(0≤θ≤π0\le\theta\le\pi、0≤φ<2π0\le\varphi<2\pi)の形に、全体の位相を除いてただ1通りに書ける。複素数2つで実数4つのうち、規格化で1つ、全体の位相で1つが減り、残る2つ (θ,φ)(\theta,\varphi) が球面の極座標になる(Bloch 球)。この球面が、第10部で「スピンは球面を量子化したもの」として再び現れる。

例題 1.2.1 同じ状態か、別の状態か ★★

オリジナルC2\mathbb{C}^2 の3つのベクトル

∣u⟩=12(1i),∣v⟩=12(i−1),∣w⟩=12(1−i)| u \rangle =\frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}1\\ \mathrm{i}\end{pmatrix},\qquad | v \rangle =\frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}\mathrm{i}\\ -1\end{pmatrix},\qquad | w \rangle =\frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}1\\ -\mathrm{i}\end{pmatrix}

について、

  1. (1) ∣⟨u∣v⟩∣2\lvert \langle u | v \rangle \rvert ^2 と ∣⟨u∣w⟩∣2\lvert \langle u | w \rangle \rvert ^2 を計算せよ。
  2. (2) どれとどれが同じ状態を表すか答え、そのとき2つのベクトルを結ぶ位相因子を求めよ。
解答

(1) 内積は第1引数の成分の複素共役を取って掛ける。

⟨u∣v⟩=12(1⋅i+(−i)(−1))=12(i+i)=i,⟨u∣w⟩=12(1⋅1+(−i)(−i))=12(1−1)=0.\langle u | v \rangle =\frac12\bigl(1\cdot\mathrm{i}+(-\mathrm{i})(-1)\bigr)=\frac12(\mathrm{i}+\mathrm{i})=\mathrm{i},\qquad \langle u | w \rangle =\frac12\bigl(1\cdot1+(-\mathrm{i})(-\mathrm{i})\bigr)=\frac12(1-1)=0 .

よって ∣⟨u∣v⟩∣2=1\lvert \langle u | v \rangle \rvert ^2=1、∣⟨u∣w⟩∣2=0\lvert \langle u | w \rangle \rvert ^2=0。

(2) 遷移確率が 11 なので、Cauchy–Schwarz の等号条件から ∣v⟩| v \rangle は ∣u⟩| u \rangle と同じ射線にある。実際 i∣u⟩=12(i,−1)T=∣v⟩\mathrm{i}| u \rangle =\frac{1}{\sqrt2}(\mathrm{i},-1)^{\mathsf T}=| v \rangle で、位相因子は eiπ/2=i\mathrm{e}^{\mathrm{i}\pi/2}=\mathrm{i} である。∣w⟩| w \rangle は ∣u⟩| u \rangle と直交するので別の状態であり、しかも測定で確実に区別できる組である(1.2.3 節の言葉では、∣u⟩| u \rangle を ∣w⟩| w \rangle への射影で測ると確率 00)。∣u⟩| u \rangle と ∣w⟩| w \rangle は σy\sigma_y の固有値 +1+1 と −1-1 の固有状態である。

1 P. A. M. Dirac, The Principles of Quantum Mechanics (Clarendon Press, Oxford, 1930)。J. von Neumann, Mathematische Grundlagen der Quantenmechanik (Springer, Berlin, 1932)。

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