量子力学の様々な構成方法 第1部 第2章 §1.2.2 ★★★ 測定値と測定の後の状態を決めるのは演算子そのものでなく、そのスペクトル分解の射影である
定義 1.2.2(公理 Q2(観測量))
観測量(物理量)は H 上の自己共役演算子 A^ で表す。A^ を測って得られる値は A^ のスペクトルの点に限る。
有限次元では、自己共役(A^†=A^、エルミート)な行列は次のように分解できる。
定理 1.2.3(有限次元のスペクトル分解 ★★★)
H=Cn 上のエルミート演算子 A^ の相異なる固有値を a1,…,ar(実数)とし、固有値 ak の固有空間への直交射影を P^ak とすると
A^=k=1∑rakP^ak,P^akP^al=δklP^ak,k=1∑rP^ak=1^,P^ak†=P^ak(1.2.2)
が成り立ち、この分解はただ1通りである。
証明
固有値が実数であることは、A^∣a⟩=a∣a⟩ から a⟨a∣a⟩=⟨a∣A^∣a⟩=⟨a∣A^†∣a⟩∗=a∗⟨a∣a⟩ で従う。異なる固有値 a=b の固有ベクトルは b⟨a∣b⟩=⟨a∣A^∣b⟩=a⟨a∣b⟩ から ⟨a∣b⟩=0 で直交する。固有空間の直和が全体になることは次で示す。固有空間全体の直和を V とし、その直交補空間 V⊥ を考える。∣x⟩∈V⊥、∣v⟩∈V なら⟨v∣A^x⟩=⟨A^v∣x⟩=0(A^∣v⟩∈V なので)だから A^ は V⊥ を V⊥ へ写す。V⊥={0} なら、そこに制限した A^ は複素数体の上の有限次元の線形写像なので固有ベクトルを少なくとも1つ持つ(特性多項式が根を持つ)。それは V に入るはずなので矛盾し、V⊥={0}。あとは ∣ψ⟩=∑kP^ak∣ψ⟩ に A^ を掛ければ (1.2.2) の第1式になる。射影の組は固有空間で決まるので一意である。
公理 Q3・Q4(次節)は、測定を A^ そのものでなく射影の組 {P^a} で記述する。測定値に付ける数 ak を付け替えても(たとえば A^ の代わりに A^2 を測っても)射影の組が同じなら、その測定から得られる情報は同じである。第9部の量子論理と Gleason の定理は、この射影の集まりを出発点に置く構成である。
両立する観測量
2つの観測量 A^、B^ が交換する([A^,B^]=0)なら、B^ は A^ の各固有空間を自分自身へ写す(A^B^∣a⟩=B^A^∣a⟩=aB^∣a⟩)。各固有空間の中で B^ を対角化すれば、A^ と B^ の同時固有基底が取れる。逆に同時固有基底があれば、両方ともその基底で対角なので交換する。交換する観測量は同時に値を持てる状態があり、交換しない観測量はそうでない。この差が次節の不確定性関係の左辺と右辺に現れる。
無限次元:正準交換関係は有限次元では書けない
1粒子の位置 x^ と運動量 p^ は、正準交換関係
[x^,p^]=iℏ1^(1.2.3)
を満たす。この関係は、量子化の処方として 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第1章で Poisson 括弧 {x,p}=1 から導かれ、この巻では第2部第2章で「正準量子化」の出発点になる。基準の公理の中では、(1.2.3) は無限次元の H を要求する式として現れる。
命題 1.2.4(正準交換関係と無限次元 ★★)
- (a) 有限次元 CN の行列 x^、p^ で (1.2.3) を満たすものは無い。
- (b) 無限次元でも、(1.2.3) を満たす x^、p^ の少なくとも一方は有界でない(Wintner 1947・Wielandt 19491A. Wintner, Phys. Rev. 71, 738 (1947)。H. Wielandt, Math. Ann. 121, 21 (1949)。)。
証明
(a) 両辺のトレースを取る。Tr(x^p^)=Tr(p^x^) なので左辺は 0、右辺は iℏN=0 で矛盾する。
(b) A^、B^ を有界な演算子とし、[A^,B^]=c1^(c=0)と仮定する。n≥1 について[A^,B^n]=∑k=0n−1B^k[A^,B^]B^n−1−k=ncB^n−1 が成り立つ(交換子の積の公式を n 回使う)。もしある n で B^n=0 なら、この式から B^n−1=0、繰り返して B^0=1^=0 となり矛盾する。よってすべての n で B^n−1=0 である。作用素ノルムを取ると n∣c∣∥B^n−1∥=∥A^B^n−B^nA^∥≤2∥A^∥∥B^∥∥B^n−1∥。両辺を ∥B^n−1∥>0 で割ると n∣c∣≤2∥A^∥∥B^∥ がすべての n で成り立つことになり、n→∞ で矛盾する。
非有界な演算子はすべてのベクトルに作用できるわけではなく、定義域 D(A^)⊊H を持つ(x^ なら ∫x2∣ψ∣2dx<∞ を満たす ψ)。公理 Q2 が「エルミート」でなく「自己共役」(A^†=A^ が定義域まで含めて等しい)を要求するのはこのためで、自己共役でありさえすれば、連続スペクトルを含めてスペクトル分解 A^=∫adP^(a) が成り立つ。位置の場合は dP^(x)=∣x⟩⟨x∣dx で、∣x⟩ は H に入らない一般化固有ベクトル(⟨x∣x′⟩=δ(x−x′))である。証明と、自己共役でない対称演算子がどこで困るかは近似の数理 第3章で扱った。∣x⟩ の使い方は第1部第3章で整理する。
例題 1.2.2 斜めの向きのスピンのスペクトル分解 ★★★
オリジナル単位ベクトル n=(sinθcosφ,sinθsinφ,cosθ) に対し、n⋅σ=nxσx+nyσy+nzσz とする。
- (1) (n⋅σ)2=1^ を示し、固有値が ±1 であることを導け。
- (2) P^±=21(1^±n⋅σ) が (1.2.2) の性質をすべて満たすことを示せ。
- (3) θ=π/3、φ=0 のとき P^+ の行列を書き、⟨↑∣P^+∣↑⟩ を求めよ。
解答
(1) Pauli 行列は σiσj+σjσi=2δij1^ を満たす。よって(n⋅σ)2=∑i,jninjσiσj=21∑i,jninj(σiσj+σjσi)=∑ini21^=1^。固有ベクトル ∣a⟩ に掛けると a2=1、すなわち a=±1。Tr(n⋅σ)=0 なので2つの固有値は +1 と −1 が1つずつである。
(2) P^±2=41(1^±2n⋅σ+(n⋅σ)2)=41(21^±2n⋅σ)=P^±。P^+P^−=41(1^−(n⋅σ)2)=0、P^++P^−=1^、P^+−P^−=n⋅σ。Pauli 行列はエルミートなので P^±†=P^±。これで n⋅σ=(+1)P^++(−1)P^− がスペクトル分解である。
(3) n=(3/2,0,1/2) なので
P^+=21(1+2123231−21)=(43434341),⟨↑∣P^+∣↑⟩=43.
一般には ⟨↑∣P^+∣↑⟩=21(1+cosθ)=cos2(θ/2) で、θ=π/3 で 3/4 になる。次節でこれが「∣↑⟩ を n の向きで測って +1 が出る確率」になる。
1 A. Wintner, Phys. Rev. 71, 738 (1947)。H. Wielandt, Math. Ann. 121, 21 (1949)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com