量子力学の様々な構成方法 第1部 第2章 §1.2.5 ★★★ 合成系がテンソル積であることから、もつれた状態と、部分系がベクトルで書けない状況が出てくる
定義 1.2.9(公理 Q6(合成系))
系 A と系 B を合わせた系の状態空間は HA⊗HB である。A だけの観測量 A^ は A^⊗1^、B だけの観測量 B^ は 1^⊗B^ で表す。
HA の正規直交基底 {∣i⟩} と HB の正規直交基底 {∣j⟩} から作った {∣i⟩⊗∣j⟩} が HA⊗HB の正規直交基底で、内積は (⟨i∣⊗⟨j∣)(∣i′⟩⊗∣j′⟩)=⟨i∣i′⟩⟨j∣j′⟩ で定める。次元は和でなく積 dimHA⋅dimHB になる。∣i⟩⊗∣j⟩ を ∣i⟩∣j⟩ や ∣ij⟩ とも書く。
テンソル積を選ぶ理由は2つある。1つめは、独立に用意した2つの系の確率が掛け算になることである。A を ∣ψ⟩、B を ∣ϕ⟩ に用意して ∣a⟩⊗∣b⟩ への射影で測ると、内積の定義から ∣(⟨a∣⊗⟨b∣)(∣ψ⟩⊗∣ϕ⟩)∣2=∣⟨a∣ψ⟩∣2∣⟨b∣ϕ⟩∣2 となり、独立な事象の同時確率になる。2つめは重ね合わせである。∣ψ⟩⊗∣ϕ⟩ が状態なら、公理 Q1 によってその線形結合も状態でなければならない。積の形のベクトルの線形結合全体はテンソル積空間そのものなので、状態空間はテンソル積より小さくできない。粒子の位置で言えば、2粒子の波動関数 ψ(x1,x2) の空間 L2(R2) は L2(R)⊗L2(R) と同じものである(同種粒子の対称化は第6部第2章で扱う)。
積状態ともつれた状態
HA⊗HB の状態 ∣Ψ⟩=∑i,jCij∣i⟩∣j⟩ が ∣ψ⟩⊗∣ϕ⟩ の形に書けるとき積状態、書けないときもつれた状態と呼ぶ。積状態なら Cij=ψiϕj なので係数行列 C の階数は 1 である。逆に階数が 1 なら C は列ベクトルと行ベクトルの積に分けられるので積状態である。2量子ビットでは、これは
∣Ψ⟩ が積状態⟺detC=C00C11−C01C10=0(1.2.13)
と同じである。一般の次元では、C の特異値分解がそのまま ∣Ψ⟩ の Schmidt 分解 ∣Ψ⟩=∑kλk∣uk⟩∣vk⟩ になり、積状態は Schmidt 係数が1つだけの場合である。Schmidt 分解の証明と、それが密度行列の浄化とどうつながるかは第4部第2章で示す。
部分系の測定と、信号が送れないこと
もつれた状態の A で何を測っても、B だけの統計は変わらない。A で {P^a} を測り、B で Q^b への射影を測るとき、A の結果を足し合わせると
a∑⟨Ψ∣P^a⊗Q^b∣Ψ⟩=⟨Ψ∣(a∑P^a)⊗Q^b∣Ψ⟩=⟨Ψ∣1^⊗Q^b∣Ψ⟩(1.2.14)
となり、A がどの観測量を選んだかによらない。A の操作者が測定の選び方で B へ情報を送ることはできない。
一方で、B だけの統計を1本のベクトル ∣ϕ⟩∈HB で再現できない場合がある。次の例題の Bell 状態では、B の任意の向きのスピンが確率 1/2 ずつに分かれる。ところが1量子ビットの純粋状態 ∣ϕ⟩ には、∣ϕ⟩ 自身を上向きとする向き n が必ずあって、その向きでは確率 1 で +1 が出る。よって Bell 状態の B を表すベクトルは無い。これが、状態ベクトルの公理だけでは部分系が書けないことの具体例で、第4部第1章が密度行列を導入する理由になる。
例題 1.2.5 Bell 状態の相関 ★★★
オリジナル2つのスピン ½ が ∣Φ+⟩=21(∣↑↑⟩+∣↓↓⟩) にある。A で σz、B で n⋅σ(n=(sinθ,0,cosθ))を測る。
- (1) (1.2.13) を使い、∣Φ+⟩ がもつれていることを示せ。
- (2) 両方とも +1 が出る確率 P(+,+) と、相関 E(θ)=⟨Φ+∣σz⊗n⋅σ∣Φ+⟩ を求めよ。
- (3) B で +1 が出る確率(A の結果によらない周辺確率)を求め、(1.2.14) と合っていることを確かめよ。θ=π/3 での (2) の値も書け。
解答
(1) C↑↑=C↓↓=1/2、C↑↓=C↓↑=0 なので detC=1/2=0。積状態ではない。
(2) A で +1 が出る射影は P^z+=∣↑⟩⟨↑∣ で、(P^z+⊗1^)∣Φ+⟩=21∣↑⟩∣↑⟩。B の射影は例題 1.2.2 のP^+=21(1^+n⋅σ) で、⟨↑∣P^+∣↑⟩=cos2(θ/2)。よって
P(+,+)=21cos22θ.
相関は、σz⊗σz の期待値が 21(1+1)=1、σz⊗σx の期待値が 21(⟨↑↑∣σz⊗σx∣↓↓⟩+c.c.)=0 なのでE(θ)=cosθ⋅1+sinθ⋅0=cosθ。
(3) B の周辺確率は ⟨Φ+∣1^⊗P^+∣Φ+⟩=21(⟨↑∣P^+∣↑⟩+⟨↓∣P^+∣↓⟩)=21TrP^+=21。θ にも、A が何を測るかにもよらない。(1.2.14) の右辺がこの値である。θ=π/3 では P(+,+)=21⋅43=83、E=21。相関 E(θ)=cosθ が局所的な隠れた変数の理論で再現できないことは 相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第5章の Bell の不等式で、この巻では第9部第3章の Kochen–Specker の定理と並べて扱う。
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