量子力学の様々な構成方法 第1部 第2章 §1.2.6 ★★★ 公理 Q1〜Q6 のどれを、どの部が別の対象に置き換えるかを式で並べる
第1部第1章の同値性の地図では、ほぼすべての橋が基準を通る。その橋の基準側の端を、この章の公理の番号で書くと表 1.2.1 になる。各行の左が基準の式、右がその部で中心に置く対象で、等号の両向きの証明はそれぞれの部の「基準との同値」の章が受け持つ。
表 1.2.1 基準の公理から各部へ出ていく橋の出口。1-3 は第1部第3章。| 部 | 基準の式(公理) | その部の対象 | 証明する章 |
| 1-3 | ⟨x∣ψ⟩(Q1・Q2) | 波動関数 ψ(x) | 第1部第3章 |
| 2 | ⟨ψ(t)∣A^∣ψ(t)⟩(Q3・Q5) | ⟨ψ∣A^H(t)∣ψ⟩ | 第2部第6章 |
| 3 | ⟨xf∣U^(t)∣xi⟩(Q5) | ∫DxeiS[x]/ℏ | 第3部第2章・第5章 |
| 4 | ⟨ψ∣A^∣ψ⟩(Q3)・部分系(Q6) | Tr(ρ^A^) | 第4部第2章 |
| 5 | ⟨ψ∣A^∣ψ⟩(Q3) | ∫W(x,p)AW(x,p)dxdp | 第5部第2章 |
| 6 | N 粒子の H⊗N(Q6) | Fock 空間と a^i†,a^i | 第6部第2章 |
| 7 | ψ=⟨x∣ψ⟩ の極形式(Q1・Q5) | 密度 ρ と速度場 v | 第7部第1章 |
| 8 | ⟨ψ∣A^∣ψ⟩(Q1〜Q3) | 代数の上の汎関数 ω(A^) | 第8部第2章 |
| 9 | 射影の組 {P^a}(Q2・Q3) | 射影の束の上の確率 μ(P^) | 第9部第2章 |
| 10 | H と [x^,p^]=iℏ(Q1・Q2) | 相空間の線束の切断 | 第10部第4章 |
表を見ると、置き換えられる公理に偏りがある。第2部と第3部は Q5(時間発展)の書き方を変える構成で、状態の公理 Q1 には手を付けない。第4部・第5部・第8部は Q1 の「状態はベクトル」を「状態は観測量に期待値を割り当てる規則」へ広げる構成で、どれも期待値の式 (1.2.5) が橋の要になる。第9部は Q2・Q3 を定理として導く構成である。第10部は Q1・Q2 の H と演算子の作り方そのものを、古典の相空間から組み立てる。

図 1.2.3 基準から各部への橋と、その部が置き換える公理。両向きの矢印は「その部の対象から基準へ戻れる」同値、片向きの矢印は「その部の出発点から基準の公理が導かれる」ことを表す。第9部と第10部は、基準の公理の一部をより少ない仮定から導く構成である。
2本の橋を、ここで両向きに確かめる
表 1.2.1 のうち2本は公理から1行で両向きが言えるので、ここで確かめておく。
命題 1.2.10(基準と Heisenberg 描像・純粋状態の密度行列 ★★★)
- (a) A^H(t):=U^(t)†A^U^(t) と定めると、すべての ∣ψ⟩ と A^ について⟨ψ(t)∣A^∣ψ(t)⟩=⟨ψ∣A^H(t)∣ψ⟩。逆に、すべての ∣ψ⟩ と A^ でこの等式を成り立たせる A^H(t) は上の形に限る。
- (b) ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ と定めると ⟨ψ∣A^∣ψ⟩=Tr(ρ^A^) で、ρ^ は ρ^†=ρ^、ρ^2=ρ^、Trρ^=1 を満たす。逆に、この3つを満たす ρ^ は、全体の位相を除いてただ1つの単位ベクトル ∣ψ⟩ で ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ と書ける。
証明
(a) ∣ψ(t)⟩=U^(t)∣ψ⟩ と ⟨ψ(t)∣=⟨ψ∣U^(t)† を代入すれば等式になる。逆向きは、2つの自己共役演算子 X^、Y^ がすべての∣ψ⟩ で ⟨ψ∣X^∣ψ⟩=⟨ψ∣Y^∣ψ⟩ を満たせば X^=Y^ であること(∣ψ⟩=∣u⟩+eiα∣v⟩ と置いて α=0,π/2 の2通りを比べると⟨u∣X^∣v⟩=⟨u∣Y^∣v⟩ が出る。偏極恒等式)による。
(b) 前半は Tr(∣ψ⟩⟨ψ∣A^)=∑n⟨n∣ψ⟩⟨ψ∣A^∣n⟩=⟨ψ∣A^∣ψ⟩(完全系 ∑n∣n⟩⟨n∣=1^ を使う)と、ρ^2=∣ψ⟩⟨ψ∣ψ⟩⟨ψ∣=ρ^ で確かめられる。後半は、ρ^ がエルミートで ρ^2=ρ^ なので固有値が 0 か 1 の直交射影であり、トレースが固有値 1 の個数(射影の階数)なので階数 1 である。その像の単位ベクトルを ∣ψ⟩ とすれば ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣。像の単位ベクトルは全体の位相を除いて1つである。
(b) の後半は、射線 (1.2.1) と階数1の射影が1対1に対応することを言っている。全体の位相の不定性は ∣ψ⟩⟨ψ∣ では打ち消し合うので、密度行列は射線を位相の選び方なしに表す書き方になっている。(a) の Heisenberg 描像の側の運動方程式 dtdA^H=[A^H,H^]/(iℏ) を出発点にしたのが第2部、(b) の ρ^ を、ρ^2=ρ^ を外して一般の正値・トレース1の演算子へ広げたのが第4部である。
学部の授業での書き方との対応
入門の授業では、公理を位置表示の波動関数で書くことが多い。この章の形と並べると次のようになる。
状態:確率:期待値:時間発展:2粒子:ψ(x) (∫∣ψ∣2dx=1)∣ψ(x)∣2dx∫ψ∗(x)(−iℏ∂x∂)ψ(x)dxiℏ∂t∂ψ=−2mℏ2∂x2∂2ψ+V(x)ψψ(x1,x2)⟷ ∣ψ⟩∈H, ψ(x)=⟨x∣ψ⟩,⟷ ⟨ψ∣P^(dx)∣ψ⟩,⟷ ⟨ψ∣p^∣ψ⟩,⟷ iℏ∂t∂∣ψ⟩=H^∣ψ⟩,⟷ ∣Ψ⟩∈H⊗H.
左の列は右の列を位置の一般化固有ベクトル ∣x⟩ で成分表示したものにすぎず、位置表示を選んだ瞬間に右から左が出る。左の列だけで書くと、スピンのように位置で表せない自由度や、運動量表示・エネルギー表示へ移ることが見えにくい。この書き換えの詳細と、どの表示を選ぶかの指針は第1部第3章で扱う。
例題 1.2.6 同じ Rabi 振動を2つの描像で計算する ★★★
オリジナル共鳴(Δ=0)の (1.2.10)、H^=−2ℏΩσx で、∣ψ(0)⟩=∣g⟩ とする。
- (1) Schrödinger 描像で ∣ψ(t)⟩ を求め、⟨σz⟩(t)=⟨ψ(t)∣σz∣ψ(t)⟩ を計算せよ。
- (2) Heisenberg 描像で σz,H(t)=U^†σzU^ を σz と σy で表し、⟨g∣σz,H(t)∣g⟩ を計算して (1) と比べよ。
- (3) ⟨σz⟩=Pe−Pg を使い、(1.2.12) の Pe と合っていることを確かめよ。
解答
(1) (1.2.11) で n=(1,0,0)、Ω′=Ω なので U^=cos(Ωt/2)+isin(Ωt/2)σx。σx∣g⟩=∣e⟩ だから∣ψ(t)⟩=cos(Ωt/2)∣g⟩+isin(Ωt/2)∣e⟩。σz∣e⟩=∣e⟩、σz∣g⟩=−∣g⟩ より⟨σz⟩=sin2(Ωt/2)−cos2(Ωt/2)=−cosΩt。
(2) c=cos(Ωt/2)、s=sin(Ωt/2) と書く。σxσz=−iσy、σzσx=iσy、σxσzσx=−σz を使うと
σz,H=(c−isσx)σz(c+isσx)=c2σz+ics(σzσx−σxσz)+s2σxσzσx=(c2−s2)σz−2csσy,
すなわち σz,H(t)=σzcosΩt−σysinΩt。⟨g∣σz∣g⟩=−1、⟨g∣σy∣g⟩=0 なので⟨g∣σz,H(t)∣g⟩=−cosΩt で、(1) と一致する。命題 1.2.10(a) の具体例である。
(3) Pe+Pg=1 なので Pe=21(1+⟨σz⟩)=21(1−cosΩt)=sin2(Ωt/2)。これは (1.2.12) の Δ=0 の場合である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com