量子力学の様々な構成方法 第9部 第5章 §9.5.4 ★★★ 合成系の公理 KAB=KAKB が、局所的な測定の結合確率だけで合成系の状態が決まるという要請であることを示し、それが実数と四元数を落として複素数を選ぶことを数え上げと具体的な状態で確かめる
局所トモグラフィー
合成系 AB の状態を決めるために、A と B を別々に測った結果の結合確率 Pr(a,b) を集めるとする。A の基準の効果が KA 個(規格化を含む)、B が KB 個なら、その積として得られる結合確率は KAKB 個である。合成系の状態がこれだけで決まるとき、その理論は局所トモグラフィーを満たすという。局所的な効果の積から作れる確率は KAKB 個を超えないので、局所トモグラフィーは KAB≤KAKB を意味する。逆向きの KAB≥KAKB は、A の状態と B の状態の組を独立に用意した積状態の全体が、すでに KAKB 個の独立な確率を持つことから出る。2つを合わせて、局所トモグラフィーは (H4) の KAB=KAKB と同じことである。Masanes と Müller は、要請2(局所トモグラフィー)を dAB+1=(dA+1)(dB+1)(d=K−1)の形で述べている。
| 理論 | K(N) | K(2) | N=2 の状態空間 | K(4) と K(2)2 |
| 古典確率論 | N | 2 | 線分(1次元) | 4=4 |
| 実数の量子論 | N(N+1)/2 | 3 | 円板(2次元の球) | 10>9 |
| 複素数の量子論 | N2 | 4 | Bloch 球(3次元の球) | 16=16 |
| 四元数の量子論 | N(2N−1) | 6 | 5次元の球 | 28<36 |
表の4つの理論のうち、局所トモグラフィーを満たすのは古典と複素数の量子論だけである。図 9.5.2 は4つの K(N) と、合成系に要る K(2)2 の位置を比べる。

図 9.5.2 4つの理論の自由度 K(N)(実線と点)。白抜きの丸は、2つの2準位系を合わせた系に局所トモグラフィーが要求する値 K(2)2(実数で 9、四元数で 36)。複素数(赤)と古典(黒)では K(4) がちょうど K(2)2 に乗り、実数では1つ多く、四元数では8つ少ない。
実数の量子論で局所トモグラフィーが破れる状態
実数の量子論で、2つの量子ビット(rebit)を合わせた系の状態は 4×4 の実対称の密度行列で、その全体は 10 次元である。局所的な観測量は実対称な 1^,σx,σz の1次結合で、その積 {1^,σx,σz}⊗2 は 9 次元しか張らない。足りない1次元は σy⊗σy である。σy 自身は純虚だが、σy⊗σy は虚数単位が2つ掛かって実対称になり、実数の量子論の観測量として許される。この観測量の期待値は、局所的な測定の結合確率からは決まらない。
命題 9.5.5(実数の量子論の局所トモグラフィーの破れ ★★)
ρ^c=41(1^⊗1^+cσy⊗σy)(−1≤c≤1)は2つの rebit の状態で、c の異なる2つの状態は、局所的な実の効果の積 E^A⊗E^B のどれでも同じ確率を与える。
証明
σy⊗σy は実対称で固有値 ±1(各2重)なので、ρ^c は実対称、固有値は (1±c)/4 で非負、トレースは 1 である。実の局所の効果は E^=a1^+bxσx+bzσz の形で、Tr(σyE^)=0 である。よって Tr((σy⊗σy)(E^A⊗E^B))=Tr(σyE^A)Tr(σyE^B)=0 で、Tr(ρ^cE^A⊗E^B)=41TrE^ATrE^B は c によらない。
複素数の量子論では、σy が A と B それぞれの観測量なので、⟨σy⊗σy⟩ は局所的な測定の結合確率として測れる。実際、2つの量子ビットでは σi⊗σj(i,j=0,x,y,z)の16個が 4×4 のエルミート行列の全体を張る。
Masanes–Müller の要請と、球の次元
局所トモグラフィーと部分空間の公理を合わせると、定理 9.5.3 と同じ論法で K(N)=Nr が出る。N=2 の状態空間の次元は d2=K(2)−1=2r−1 で、1,3,7,15,… のどれかである。実数の量子論の d2=2 と四元数の量子論の d2=5 はこの形をしていないので、局所トモグラフィーだけで落ちる。
定理 9.5.6(Masanes–Müller (2011) ★★★)
次の5つの要請を満たす一般確率論は、有限次元の量子力学と古典確率論だけである。(1) 有限性:1ビットを運ぶ系(N=2)の状態空間は有限次元。(2) 局所トモグラフィー。(3) 部分空間の同値性((H3) と同じ趣旨)。(4) 対称性:どの2つの純粋な状態も可逆な変換で移り合う。(5) N=2 の系では、数学的に定義できる効果がすべて測定として許される。(4) を連続な変換に強めると、古典確率論も落ち、有限次元の量子力学だけが残る。
証明はこの章の範囲を超えるので、要の2点だけを述べる。第一に、(3) から N=2 の状態空間は端点(純粋な状態)にすき間なく囲まれ、(4) と合わせて d2 次元の球になる。第二に、その次元は d2=3 に限られる。Masanes と Müller は、2つの N=2 の系を合わせた系の可逆な変換を調べ、d=3 が「SO(d−1) の Cd での表現が既約でない」唯一の次元であることを使って d2≥7 を除いた。d2=1 は古典ビットである。Hardy の (H2)(単純さ)は、Masanes–Müller ではこの議論で置き換わり、理論の選び方についての要請に頼らずに r=2 が選ばれる。
例題 9.5.4 局所的には区別できない2つの rebit の状態 ★★
オリジナル命題 9.5.5 の ρ^+1=41(1^+σy⊗σy) と ρ^−1=41(1^−σy⊗σy) を考える。
- (1) 2つの状態の固有値を求め、どちらも2つの rebit の状態であることを確かめよ。
- (2) A で σx を、B で σz を測ったときの結合確率 Pr(+,+) を2つの状態で求めよ。
- (3) 2つの状態を誤りなく区別する大域的な測定を挙げよ。
解答
(1) σy⊗σy の固有値は ±1(各2重)なので、ρ^±1 の固有値は 21,21,0,0 である。実対称・非負・トレース 1 なので、どちらも状態である。ρ^+1 は σy⊗σy=+1 の2次元の固有空間への射影の半分、ρ^−1 は −1 の固有空間への射影の半分である。
(2) 効果は E^A=21(1^+σx)、E^B=21(1^+σz) で、命題 9.5.5 の証明から Pr(+,+)=41TrE^ATrE^B=41⋅1⋅1=41 である。2つの状態で同じで、σx,σz をどう組み合わせても同じになる。
(3) 観測量 σy⊗σy を測る。ρ^+1 では必ず +1、ρ^−1 では必ず −1 が出る。実数の量子論ではこの観測量は大域的な1つの測定としてしか実現できず、A と B の局所的な測定の結果からは組み立てられない。
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