ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第7章 §4.7.2 ★★★ 左右の電極を別々に解いた状態の間の行列要素は、障壁の中の面の上の「流れの形」の積分 M=(ℏ2/2m)∫S(ψR∗∂zψL−ψL∂zψR∗) になる。黄金律で電流を書くと、電流は2つの電極の状態密度と ∣M∣2 の積をエネルギーで積分したものになる
2つの電極を別々に解く
式 (4.7.1) の H^ をそのまま解くと、状態は2つの電極にまたがった定在波になり、どちらの電極の状態かという区別が消える。トンネルが起きるのは、電子が片方の電極の状態から他方の電極の状態へ移ることなので、2つの電極を別々に解いた状態を出発点にするほうが見通しがよい(J. Bardeen(1961)、Physical Review Letters 6、57)。
障壁の中に1枚の面 S を置き、S より左を左の電極の側、右を右の電極の側とする。左の電極だけを残した Hamiltonian H^L=p^2/2m+UL の固有状態を ψμ(エネルギー εμ)、右の電極だけを残した H^R=p^2/2m+UR の固有状態を ψν(エネルギー εν)とする。ψμ は左の電極の中にいて、右へ向かって障壁の中で減衰し、右の電極があるはずの所でも(UR が無いので)真空の中のように減衰し続ける。ψν も同様である。
ψμ は H^L の固有状態なので、全体の H^=H^L+UR をかけると H^ψμ=εμψμ+URψμ で、UR が ψμ を右の電極の状態へ移す摂動になる。その行列要素は
Mνμ=∫ψν∗URψμd3r=∫z>zSψν∗URψμd3r(4.7.5)
である(UR は面 S の右側でしか値を持たない)。面 S の右側では、ψν は H^R の固有状態なので URψν∗=(εν−p^2/2m)ψν∗(UR は実数)、ψμ はそこに UL が無いので (p^2/2m)ψμ=εμψμ を満たす。エネルギーを保つ移り方(εμ=εν)だけを考えると、
Mνμ=∫z>zS(ψν∗2mp^2ψμ−ψμ2mp^2ψν∗)d3r=−2mℏ2∫z>zS∇⋅(ψν∗∇ψμ−ψμ∇ψν∗)d3r
となる。Gauss の定理で面積分に直すと、面 S の上で外向きの法線は −z の向きなので
Mνμ=2mℏ2∫S(ψν∗∂z∂ψμ−ψμ∂z∂ψν∗)dS(4.7.6)
を得る(遠くの面からの寄与は、ψμ が右へ減衰するので 0)。これが Bardeen のトンネル行列要素である。
Bardeen の行列要素の読み方
式 (4.7.6) の被積分関数は、確率の流れ j=(ℏ/2mi)(ψ∗∇ψ−ψ∇ψ∗) と同じ形を、2つの別の状態の間で作ったものである。障壁の中では ψμ と ψν が同じエネルギーで同じ方程式 (∇2−κ2)ψ=0 を満たすので、被積分関数の発散は 0 になり、Mνμ は面 S を障壁の中のどこに置いても同じ値になる。障壁の中の値しか使わないので、電極の内部の複雑なポテンシャルを知らなくても、表面から真空へ漏れ出した波動関数の尾だけで M が決まる。
黄金律で電流を書く
Mνμ が小さいとき、左の状態 μ から右の状態 ν へ移る単位時間あたりの確率は、Fermi の黄金律で (2π/ℏ)∣Mνμ∣2δ(εμ−εν) である。左の電極の化学ポテンシャルを μL、右を μR とし、μL−μR=eV とする(電圧 V は、電子が左から右へ流れる向きに正)。左の状態が占められていて右の状態が空いているときに左から右へ移り、逆も起きるので、左から右へ移る電子の数の流れから右から左への流れを引くと、fL(1−fR)−fR(1−fL)=fL−fR の重みが残る。スピンの2つの向きを数えると、電流の大きさは
I=2eℏ2πμ,ν∑∣Mνμ∣2[f(εμ−μL)−f(εν−μR)]δ(εμ−εν)
である。ここで f(x)=1/(eβx+1) は Fermi 分布である。状態の和を、各電極全体の1スピンあたりの状態密度 DL(ε)、DR(ε) を使った積分に直し、∣M∣2 をエネルギー ε の面での平均で置き換えると
I=ℏ4πe∫dεDL(ε)DR(ε)∣M(ε)∣2[f(ε−μL)−f(ε−μR)](4.7.7)
を得る。この章の DL・DR は記法の正本の状態密度(単位体積・両スピンあたり)と違い、電極全体・1スピンあたりの状態密度である。電極の体積を大きくすると D は体積に比例して増え、規格化した波動関数の振幅の2乗 ∣ψ∣2 は体積に反比例して減るので、積 D∣M∣ は電極の大きさによらない。
温度が 0 で、D と ∣M∣2 が μR から μL までの幅 eV の中でほとんど変わらなければ、積分の範囲は μR<ε<μL だけで、
I=GV,G=ℏ4πe2DL(εF)DR(εF)∣M(εF)∣2(4.7.8)
とオーム則の形になる。トンネル接合の伝導度は、両側の Fermi 準位での状態密度の積に比例する。これが、トンネルで状態密度を測るという考え方の出発点である。
例題 4.7.2 1次元の障壁で Bardeen の方法を確かめる ★★★
オリジナル1次元で、左の電極を長さ L の箱 −L<x<0(x=−L に硬い壁)、障壁を高さ Ub、右の電極を d<x<d+L の同じ箱とする。運動エネルギー E の電子について k、κ を前節と同じに定める。
- (1) H^L(障壁が x>0 にずっと続く)の固有状態は、x<0 で 2/Lsin(kx+δ)、x>0 で Be−κx と書ける(kL≫1 で規格化は 2/L としてよい)。tanδ と B2 を求めよ。H^R の固有状態はこれを x=d/2 について折り返したもので、障壁の中で Beκ(x−d) である。
- (2) 式 (4.7.6)(1次元では面積分が無く、0<x<d のある点での値)で M を求め、x によらないことを確かめよ。
- (3) 1スピンあたりの状態密度が D=L/(πℏv)(v=ℏk/m)であることを示せ。
- (4) 左から右へ単位時間・単位エネルギーあたりに移る電子の数 (2π/ℏ)∣M∣2DLDR(1スピンあたり)を、左の電極で右へ向かう電子の流れ(単位エネルギーあたり 1/h)で割ったものが透過率である。この透過率が厚い障壁の式 (4.7.4) と一致することを示せ。
解答
(1) x=0 で値と傾きをつなぐと 2/Lsinδ=B、2/Lkcosδ=−κB。割り算して tanδ=−k/κ、したがって sin2δ=k2/(k2+κ2) で
B2=L2k2+κ2k2.
(2) 障壁の中で ψL=Be−κx、ψR=Beκ(x−d)(どちらも実数)なので
M=2mℏ2(ψRψL′−ψLψR′)=2mℏ2B2e−κd(−κ−κ)=−mℏ2κL2k2+κ2k2e−κd.
e−κxeκ(x−d)=e−κd なので x が消え、面の位置によらない。
(3) 硬い壁の箱の中の定在波では、k は π/L ごとに1つ許される。dε=ℏvdk なので、エネルギーの幅 dε の中の状態の数は (L/π)dk=Ldε/(πℏv) である。
(4) 左の電極で右へ向かう電子の密度は、1スピンあたり単位長さ・単位波数あたり 1/(2π) なので、流れは vdk/(2π)=dε/(2πℏ)=dε/h である。透過率は
T=h⋅ℏ2π∣M∣2DLDR=4π2∣M∣2D2=4π2m2ℏ4κ2L24(k2+κ2)2k4e−2κd⋅π2ℏ4k2L2m2=(k2+κ2)216k2κ2e−2κd
で、式 (4.7.4) と一致する。L が消えることは、本文で述べた「D∣M∣ は電極の大きさによらない」ことの1次元の例である。Bardeen の方法は、厳密な透過率 (4.7.3) の κd≫1 の極限を正しく出し、κd が小さいときの T の飽和(図 4.7.1)は出さない。一般に、この例題の比 T=4π2∣M∣2DLDR が、4.7.4節の Landauer 公式と Bardeen の式 (4.7.8) をつなぐ。

図 4.7.1 1次元の矩形障壁の透過率(例題 4.7.1・4.7.2。E=5.0eV、Ub=9.5eV)。点線が厳密な式 (4.7.3)、太い実線が Bardeen の方法で出る厚い障壁の式 (4.7.4)、細い実線が前の因子を落とした e−2κd。縦軸は対数で、3本とも傾きが同じ −2κ の直線になる。Bardeen の式は d≳0.3nm で厳密な値と重なり、T が 1 に近づく d≲0.2nm でだけ上へ外れる。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com