ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第8章 §4.8.2 ★★★ 電子と一緒に振動の原点をずらすと、サイトのエネルギーが Ep=g2ℏωv だけ下がり、ホッピングは e−g2 倍に縮む。2分子の間の移動に要るエネルギーは λ=2Ep
1つの分子:変位した調和振動子
まず th=0 とし、分子1個に電子が乗っている部分空間(ni=1)を考える。H は ℏωvb†b+gℏωv(b+b†)(定数 εa を除く)で、b について1次の項は、平方完成で消すことができる:ℏωv(b†+g)(b+g)−g2ℏωv。振動子の原点が −g だけずれ、エネルギーの全体が
Ep=g2ℏωv(4.8.3)
だけ下がる。分子が電子に合わせて形を緩めたことで得をするエネルギーで、これをポーラロンの束縛エネルギーと呼ぶ(電子と、それがまとった歪みの組をポーラロンと呼ぶ)。振動の準位の間隔 ℏωv は変わらない。調和振動子の原点をずらしても型は変わらないからである。
この平方完成を演算子の変換で書いたものが Lang–Firsov 変換である(I. G. Lang and Yu. A. Firsov (1962), Zh. Eksp. Teor. Fiz. 43, 1843)。S=g∑ini(bi†−bi) と置き、ユニタリー変換 H~=eSHe−S を作る。[S,bi]=−gni から eSbie−S=bi−gni であり、ni2=ni を使うと
H~=(εa−Ep)i∑ni+ℏωvi∑bi†bi−th⟨ij⟩∑(ci†cjXi†Xj+h.c.),Xi=e−g(bi†−bi)(4.8.4)
となる。電子と振動の結合の項は消え、その代わりにホッピングの項に、振動の原点を動かす演算子 Xi†Xj が付いた。電子が j から i へ移るときには、j の歪みをほどき、i に歪みを作らなければならない。Xi†Xj はその手続きを表している。
ホッピングの縮み
Xi†Xj を振動の熱平衡で平均すると、振動の状態を変えずに電子だけが移る振幅が得られる。変位の演算子 eg(b†−b) の熱平均は⟨eg(b†−b)⟩=exp[−2g2coth(ℏωv/2kBT)] なので、2つの分子の分を合わせて
teff=thexp[−g2coth2kBTℏωv] T→0 the−g2(4.8.5)
となる。これがポーラロンのバンドのホッピングで、バンドは e−g2 倍以上に狭くなり、温度を上げるとさらに狭くなる。温度で狭くなるのは、振動が熱的に励起されているほど「振動の状態を変えない」遷移の重みが小さくなるからである。振動の状態を変える遷移(振動の量子を出したり吸ったりしながら移る遷移)の方は、温度とともに増える。高い温度では後者が主になり、電子の運動は波の伝播でなく、1回ずつの跳び移りの積み重ねになる。
2つの分子と再配置エネルギー
跳び移りの1回を見るには、分子2個と振動の座標2つで足りる。振動を古典的に扱い、電子が分子1にいる状態と分子2にいる状態のエネルギーを、座標 (x1,x2) の関数として書くと
E1=2Mωv2(x12+x22)−κx1,E2=2Mωv2(x12+x22)−κx2(4.8.6)
となる。E1 は (x1,x2)=(x0,0) で最小値 −Ep をとり、E2 は (0,x0) で同じ最小値をとる(x0=κ/Mωv2、Ep=κ2/2Mωv2)。
電子が分子1から分子2へ移る瞬間を考える。電子の移動は原子核の運動よりずっと速いので、移った直後の原子核は分子1が歪み、分子2が歪んでいない配置 (x0,0) にとどまっている(Franck–Condon の原理)。この配置での E2 と、E2 の最小値との差を再配置エネルギー λ と呼ぶ。計算すると
λ=E2(x0,0)−E2(0,x0)=Ep−(−Ep)=2Ep(4.8.7)
である。分子1の歪みがほどけるのに Ep、分子2に歪みができ損ねている分が Ep で、合わせて 2Ep となる。
2つの最小点を結ぶ直線 (x1,x2)=x0(1−q,q) を反応座標 q にとると、2つのエネルギーは
U1(q)=λq2,U2(q)=λ(q−1)2+ΔG(4.8.8)
の2つの放物線になる(原点を U1 の最小値にとった)。ΔG は始めと終わりの状態の自由エネルギーの差(終わり − 始め)で、同じ分子どうしなら 0、電場の中で下流へ跳ぶなら −eEa、ドナーとアクセプターのように違う分子なら準位の差である。2つの放物線は q∗=(λ+ΔG)/(2λ) で交わり、その高さは
Ea=U1(q∗)=4λ(λ+ΔG)2(4.8.9)
である。ΔG=0 なら Ea=λ/4=Ep/2 となる。

図 4.8.1 2つの分子の間の跳び移りを反応座標 q で見たエネルギー (4.8.8)(ΔG=−0.3λ)。電子が移る瞬間は原子核が止まっているので、q=0 で上の放物線へ縦に上がるには λ が要る。熱の揺らぎで q が交点 q∗=0.35 に来たときだけ、エネルギーを保ったまま移ることができ、そのための高さが Ea=(λ+ΔG)2/4λ=0.1225λ である。
例題 4.8.2 高い振動と低い振動でホッピングの縮み方を比べる ★★
オリジナルある分子の再配置エネルギーが λ=0.2eV(Ep=0.1eV)であるとする。
- (1) この Ep がすべて炭素の骨格の伸縮振動(ℏωv=0.18eV)から来るとき、g2 と、T=0 と 300K での teff/th を求めよ。
- (2) 同じ Ep がすべて分子どうしの低い振動(ℏωv=10meV)から来るとき、同じ量を求めよ。
- (3) 2つの結果の違いを、振動が量子的か古典的かの区別で説明せよ。
解答
(1) g2=Ep/ℏωv=0.556。T=0 で e−0.556=0.574。300K では ℏωv/2kBT=3.48、coth3.48=1.002 なので 0.573 で、ほとんど変わらない。
(2) g2=10。T=0 で e−10=4.5×10−5。300K では ℏωv/2kBT=0.193、coth0.193=5.23 なので e−52.3=1.8×10−23 である。
(3) 同じ Ep でも、振動数が低いほど g2=Ep/ℏωv は大きい。g2 は「電子が乗ったときの振動の原点のずれを、零点振動の幅で測ったものの2乗」で、ずれが零点振動の幅に比べて大きいほど、歪みのある状態とない状態の重なりが小さい。低い振動は室温で熱的に励起され(coth が 1 より大きい)、重なりはさらに小さい。このとき振動の状態を変えない移動(バンドの伝播)は事実上消え、すべての移動は振動の状態を変える跳び移りになる。高い振動は室温でも基底状態にとどまり、バンドを 0.57 倍に狭めるだけである。分子性固体では両方の振動が同時にあり、跳び移りの熱活性は低い振動で、量子的な補正は高い振動で決まる(4.8.6節)。
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