この章で選ぶ :狭いバンドと分子の振動(Holstein 模型)
AI 生成・木下が未勉強
ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第8章 §4.8.1 ★★★ 分子1個を1サイトとみなし、隣へのホッピング と、電子が乗ると分子の振動の原点がずれる結合 だけを残す
ここまでの第4部では、電子をバンドの中の Bloch 波とみなし、不純物やフォノンでときどき散乱される粒子として Boltzmann 方程式で輸送を計算してきた(第4部第2章)。この描像が成り立つ前提は、散乱と散乱の間に電子が格子間隔より十分長く進むこと、言い換えると散乱によるエネルギーのぼやけ がバンドの幅より小さいことである。Si や Cu ではバンドの幅が数 eV あり、この前提は楽に満たされる。
ナフタレン・ペンタセン・ルブレンのような芳香族の分子が集まった結晶(分子性固体)では事情が違う。分子どうしは van der Waals 力で弱く結びつき、隣の分子の 軌道の重なりが小さいので、分子から分子へのホッピングは数 meV から数十 meV にとどまる。一方で、分子に電子が1個入ると分子の骨格の結合の長さが変わり、その緩みのエネルギーは 0.1 eV の桁になる。バンドの幅が電子と分子の振動の結合より小さくなると、電子は自分で作った分子の歪みの中に閉じ込められ、熱の揺らぎに助けられて隣へ跳び移る。
この章で選ぶ は、tight-binding のバンドに分子の振動との結合を足した Holstein 模型である(4.8.1節)。当てる道具は、電子と一緒に振動の原点をずらす Lang–Firsov 変換と、2つの分子の間の跳び移りを Fermi の黄金律で数える計算である(4.8.2節)。出てくるものの第一は、跳び移りの速さを再配置エネルギー で書く Marcus の式で、駆動力を大きくしすぎると遅くなる「逆転領域」を含む(4.8.3節)。第二は、跳び移りの速さを Einstein の関係で移動度に直した式と、その移動度で動く有機トランジスタ(有機 FET)の電流である(4.8.4節)。第三は、電子の輸送から離れ、分子の向きと双極子そのものを変数に選んだときの秩序で、液晶と強誘電体の入口にあたる(4.8.5節)。最後に、削ったもの(静的な乱れ・振動の量子性・ホッピングの揺らぎ)と近似の裏付けの札、実験の量、授業で習った形との対応をまとめて述べる(4.8.6節)。
この章では、ホッピングと時間が同じ式に現れる(跳び移りの速さ・Landau–Zener の通過)ので、記法の正本に従ってホッピングを章を通して と書く。4.8.1節と4.8.2節は第二量子化で書くので、この章では演算子の帽子を省く。電子の消滅演算子は 、分子の振動の消滅演算子は である。化学反応の速さの慣例に合わせ、跳び移りの速さ(単位時間あたりの確率)を (ET は electron transfer)と書き、波数 と区別する。
分子を1つのサイトとみなす
分子性固体の出発点は、第2部の Hückel 法(第2部第2章)で分子1個の 軌道を求めたところにある。中性の分子では HOMO まで電子が詰まっている。結晶に余分な電子が1個入ると LUMO に、電子が1個抜けると HOMO に、それぞれ1個のキャリアができる。分子の中の他の軌道は、HOMO と LUMO から 1 eV 以上離れているので、輸送を考えるときには使わない。そこで分子 の LUMO を1つの軌道とみなし、そこに電子がいるかどうかを で表す。スピンは輸送の計算では2倍の因子として入るだけなので省き、キャリアは1個だけを考える。
隣の分子 の LUMO との重なりから、ホッピング が生じる。分子の面と面の間隔は 程度で、炭素の共有結合()よりずっと長いので、 軌道の裾の重なりは小さく、 は炭素の鎖の (第2部第8章)より2桁から3桁小さい。バンドの幅は、立方格子に並べたとしても で、 なら である。室温の熱エネルギー と同じ桁の幅しかない。
分子の歪みとの結合
分子に電子が1個入ると、結合の長さが変わる。たとえばベンゼン環の LUMO は隣どうしの炭素の間で節を持つ所と持たない所があるので、そこに電子が入ると、短くなる結合と長くなる結合ができる。この変形を、分子 の1つの振動の座標 で代表させる。中性の分子では が平衡点で、そのまわりの振動は角振動数 、質量 の調和振動子である。電子が乗ると、分子のエネルギーに の1次の項 が加わり、平衡点が へずれる。振動を量子化して と書き、無次元の結合定数を と置くと(符号は の向きの取り方で決まり、物理には関係しない)、この章で選ぶ は次の形になる。
第1項と第2項は第2部第3章の tight-binding の模型(第2部第3章)そのもの、第3項は分子ごとに独立な振動、第4項が電子と振動の結合である。この形を Holstein 模型と呼ぶ(T. Holstein (1959), Ann. Phys. (N.Y.) 8, 325)。
第2部第8章の SSH 模型との違いを確かめておく。SSH 模型では、原子の変位がホッピング(行列の非対角要素)を変えた。Holstein 模型では、分子の変形がサイトのエネルギー(対角要素)を変える。分子性固体では両方があるが、分子の中の結合の変化が大きいので、この章ではまず対角の結合だけを残す。非対角の結合、つまり分子どうしの相対運動で が揺らぐ効果は4.8.6節で戻す。
帯の描像はどこで破れるか
(4.8.1) の を にすれば、キャリアは幅 のバンドの中の Bloch 波になる。その Bloch 波をときどき散乱させれば、第4部第2章と同じ Drude の移動度 が得られる。しかしこの読み方には、自分自身と矛盾しない範囲がある。散乱と散乱の間に進む距離(平均自由行程) が格子間隔 より短ければ、「波数 の Bloch 波が自由に進む」という出発点が意味を失う。これを Mott–Ioffe–Regel の条件 と呼ぶ(A. F. Ioffe and A. R. Regel (1960), Prog. Semicond. 4, 237)。狭いバンドでは速さの上限が小さいので、この条件は移動度の下限に直すことができる。
例題 4.8.1 帯の描像が成り立つ移動度の下限 ★★★
オリジナル格子定数 の1次元の鎖に、ホッピング の tight-binding のバンド がある。
- (1) バンドの底の有効質量 と、群速度の最大値 を求めよ。
- (2) 平均自由行程が を満たすための緩和時間の下限を求め、それを Drude の移動度 に入れて、帯の描像が成り立つ移動度の下限 が によらないことを示せ。
- (3) 、 のとき、・・ を求めよ。
- (4) 同じ結晶で移動度 が測られたとする。これを Drude の式で読んだときの と を求め、バンドの幅 と比べよ。
解答
(1) を のまわりで展開すると なので、 から 。群速度は で、最大値は ()である。
(2) から 。これを Drude の式に入れると
を小さくすると が重くなり、同時に許される の下限が長くなる。2つの効果が正確に打ち消し、下限は格子定数だけで決まる。条件 は「散乱によるエネルギーのぼやけ がバンドの幅の程度より小さい」と言い換えることもできる。
(3) 、、、。
(4) 、 である。バンドの幅 の 190 倍のぼやけを持つ Bloch 波は、もはや Bloch 波とは呼べない。移動度が を2桁下回る物質に Drude の式を当てると、このように自己矛盾した が出てくる。この物質の輸送は、バンドとは別の描像で読まなければならない。
多くの有機半導体の薄膜で測られる移動度は から の範囲にあり、(4.8.2) の数 を下回ることが多い。その読み方の手がかりは、次の節から使う (4.8.1) の第4項にある。
木下の勉強ステータス
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