ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第3章 §2.3.1 ★★★ 原子1個に軌道1つ、隣どうしだけをホッピング t でつないだ輪の H^ を選び、N を増やして数値で対角化すると準位が幅 4t の区間に詰まっていく
第2部第1章では原子2個の結合軌道と反結合軌道を 2×2 の行列で求め、第2部第2章では同じ考え方を π電子の分子(エチレン・ブタジエン・ベンゼン)に広げた。この章では原子の数 N をどんどん増やす。原子を一列に並べると両端の原子だけが特別になるので、まず端の無い形、つまり N 個の原子を輪に並べた分子を考える。ベンゼンは N=6 の輪であり、この章の模型はその N を 100 にも 108 にもしたものである。
この章で示すことは3つある。1つ目は、N が大きくなると準位の数は N 個に増えるが、準位の広がる範囲は幅 4t の区間から外へ出ず、その区間を準位がすき間なく埋めていくことである。これが帯(バンド)である。2つ目は、輪を1つ回す並進の対称性を使うと、N×N の行列が数 k ごとの 1×1 の問題に分かれ、固有値がε(k)=εa−2tcos(ka) という1本の式にまとまることである。この k は並進の固有値のラベルとして現れるが、隣の原子との位相の差・帯の底での波の波数・群速度を決める量という3つの意味を持つ。3つ目は、輪の境界条件は人工的な仮定であるが、端のある鎖と比べると N→∞ で同じ帯を与えるので、固体の内部の性質を計算する限り使ってよいことである。
第1部第1章では輪の固有値の式だけを、巻の地図を示すために先に借りた。ここではそれを導き、数値で確かめ、物理の意味を一つずつ読み取る。2.3.1節で模型を選び、2.3.2節で並進と離散 Fourier 変換という道具を当てる。2.3.3節と2.3.4節が出てくるもので、それぞれ帯と状態密度、k の正体と端のある鎖である。2.3.5節で何を削ったかと何の実験の量で確かめるかを述べ、2.3.6節で授業で習った形と並べ、2.3.7節でまとめる。一般の周期ポテンシャルで同じことを言う Bloch の定理は第2部第4章で扱う。
模型
同じ種類の原子 N 個(N≥3)を、隣どうしの間隔 a で輪に並べる。原子 j(j=1,…,N)には軌道を1つだけ残し、それを ∣j⟩ と書く。異なる原子の軌道は直交する(⟨j∣l⟩=δjl)と仮定する。原子 j の軌道にいる電子のエネルギーを εa、隣の原子へ移る行列要素を −t(t>0)とし、隣でない原子の間の行列要素は 0 とする。電子どうしの相互作用は入れず、電子1個の問題を解く。輪なので原子 N の隣は原子 1 であり、番号を ∣N+1⟩:=∣1⟩、∣0⟩:=∣N⟩ と巡回させて読む。このとき H^ は
H^=j=1∑N[εa∣j⟩⟨j∣−t(∣j⟩⟨j+1∣+∣j+1⟩⟨j∣)](2.3.1)
である。これは第1部第1章の tight-binding 模型を輪の上で書いたものと同じで、化学では Hückel 法と呼ぶ。Hückel 法の記号との対応は2.3.6節で述べる。
基底 ∣1⟩,…,∣N⟩ で行列に書くと、対角に εa、その1つ上と1つ下に −t が並び、さらに右上の隅と左下の隅にも −t が入る:
H=εa−t0⋮0−t−tεa−t000−tεa⋱⋯⋯⋯⋱⋱⋱000⋱εa−t−t0⋮0−tεa.(2.3.2)
隅の2つの −t が輪を閉じる要素で、これを 0 にすると端のある鎖になる(2.3.4節)。N=2 を除いたのは、2個の輪では原子1と原子2が「右隣」と「左隣」の両方で2回つながり、行列要素が −2t になって2原子分子と別のものになるからである。
εa は行列全体に単位行列の εa 倍を足すだけなので、すべての固有値を εa だけずらし、固有ベクトルは変えない。以下では必要に応じて εa=0 と置き、エネルギーを t を単位に測る。
数値で対角化して並べる
一般の N で固有値を式で求める前に、いくつかの N で行列 (2.3.2) を数値で対角化し、固有値を縦に並べてみる(図 2.3.1)。N=3 では −2t と t(2重)の2つの準位、N=6 ではベンゼンでおなじみの −2t,−t,t,2t の4つの準位があり、N が増えるたびに準位の数が増える。ところが、どの N でもいちばん低い準位はちょうど εa−2t にあり、いちばん高い準位は εa+2t を超えない。準位は幅 4t の区間から出ずに数だけが増えるので、隣り合う準位の間隔は狭くなり、N=60 ではほとんど区間を塗りつぶす。

図 2.3.1 輪の Hückel 模型 (2.3.2) を数値で対角化した固有値(横棒。縮退した準位は1本で描いた)。薄い帯は区間 [εa−2t,εa+2t] である。N を増やすと準位の数は増えるが、準位はこの区間から出ず、区間を埋めていく。
図 2.3.1 から読み取れることを言葉にしておく。原子1個なら準位は εa の1つである。原子2個をつなぐと、第2部第1章のとおりεa∓t の結合軌道と反結合軌道に分かれる。原子を増やすと、分かれ方は大きくなり続けるのでなく、±2t で頭打ちになる。頭打ちになる理由は、1つの原子がつながる相手が両隣の2個しかないことにある。どの状態でも、原子1個あたりで得をするホッピングのエネルギーは「隣への行列要素 t」と「隣の数 2」の積を超えられない。この上限を式にすると次の不等式になる。任意の規格化された状態 ∣ψ⟩=∑jcj∣j⟩ について、Cauchy–Schwarz の不等式 ∣∑jcj∗cj+1∣≤∑j∣cj∣2=1 から
∣⟨ψ∣H^−εa∣ψ⟩∣=tj=1∑N(cj∗cj+1+cj+1∗cj)≤2t(2.3.3)
であり、固有値はすべて [εa−2t,εa+2t] に入る。準位の数は原子の数 N に等しいので、N 個の準位がこの決まった幅に押し込まれ、間隔は N に反比例して狭くなる。これが「準位が帯になる」ことの中身である。
例題 2.3.1 3個と4個の輪を手で対角化する ★★
オリジナルεa=0 とする。
- (1) N=3 の輪の行列の特性多項式を求め、固有値を求めよ。
- (2) N=4 の輪について、固有ベクトルの候補 (1,1,1,1)、(1,−1,1,−1)、(1,0,−1,0)、(0,1,0,−1) がそれぞれ固有ベクトルであることを確かめ、固有値を求めよ。
- (3) (1)(2) のいちばん低い固有値が、不等式 (2.3.3) の下限 −2t にちょうど等しくなる理由を述べよ。
解答
(1) 行列は対角が 0、それ以外の成分がすべて −t の 3×3 行列である(3個の輪ではどの2個も隣どうし)。det(xI−H) を展開すると
detxtttxtttx=x3−3t2x+2t3=(x+2t)(x−t)2
で、固有値は −2t(1重)と t(2重)である。
(2) H をベクトルに当てると、成分 j は −t(cj−1+cj+1)(番号は4で巡回)になる。(1,1,1,1) では各成分が −2t 倍になり、固有値 −2t。(1,−1,1,−1) では両隣の和が成分の −2 倍なので、固有値 +2t。(1,0,−1,0) では成分1の両隣(成分2と4)が 0、成分2の両隣(成分1と3)の和が 1+(−1)=0 となり、すべての成分で両隣の和が 0 なので固有値 0。(0,1,0,−1) も同様に固有値 0。固有値は −2t,0,0,2t である。
(3) 等号が成り立つのは、Cauchy–Schwarz の不等式で cj+1=cj がすべての j で成り立つとき、つまりすべての原子に同じ振幅で広がった状態のときである。輪では番号が巡回しても矛盾が起きないので、この状態 (1,1,…,1)/N が実際に存在し、固有値 −2t を持つ。端のある鎖では両端の原子の隣が1個しかないので、同じ議論で等号は成り立たず、いちばん低い固有値は −2t より少し上になる(2.3.4節)。
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