ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第4章 §2.4.1 ★★★ 並進演算子 T^R を定義し、ポテンシャルが周期的であることと [H^,T^R]=0 が同じ条件であることを示す
前の第2部第3章では、原子を N 個並べた輪の tight-binding の H^ を対角化し、固有値が ε(k)=εa−2tcos(ka) の形で帯に並ぶことを見た。そこで固有ベクトルを決めたのは H^ の細部ではなく、「すべての原子を1つ隣へずらしても H^ が変わらない」という性質だけだった。この章では、この観察を、原子軌道を1個ずつに限った模型から離れて、任意の周期ポテンシャルの中の1電子について成り立つ定理として述べ直す。
この章で選ぶ H は、第1部第2章で用意した
H^=2mp^2+V(r^),V(r+R)=V(r)(R は格子ベクトル)
である。当てる道具は1つで、「互いに交換する演算子は同時に対角化できる」という線形代数の事実を、格子ベクトルの数だけある並進演算子に当てる。出てくるものは3つある。第一に、固有関数を ψnk(r)=eik⋅runk(r)(unk は格子の周期を持つ)の形に選べること(Bloch の定理)。第二に、波数 k を1つ決めるごとに単位胞1つの中の固有値問題が残り、その固有値を k の関数として並べたものがバンド εn(k) になること。第三に、ℏk は運動量そのものではないが、格子との相互作用の中で逆格子ベクトルの分だけを除いて保存し(結晶運動量)、電子の平均の速度は ∇kεn(k)/ℏ で与えられること。
Bloch の定理そのものは近似ではない。近似は「1電子が周期ポテンシャルの中を動く」という H を選んだ段階にあり、第5節でそれを書き出して札を置く。
並進演算子
波動関数を格子ベクトル R だけずらす演算子を
(T^Rψ)(r)=ψ(r−R)(2.4.1)
で定義する。右辺の引数が r−R になっているのは、ψ のグラフを +R の向きへ平行移動するためである(r0 に山がある ψ に T^R を当てると、山は r0+R に移る)。この向きは第1部第1章と第2部第3章の輪の並進 T^∣j⟩=∣j+1⟩(原子 j の上にあった振幅を原子 j+1 の上へ移す)と同じに選んである。
並進演算子には次の性質がある。
- (i) T^RT^R′=T^R+R′、T^0=1、T^R−1=T^−R。ずらしを2回続けることは、合計の分を1回ずらすことと同じだからである。特に、どの2つの並進も互いに交換する:T^RT^R′=T^R′T^R。
- (ii) T^R はユニタリである。∫∣ψ(r−R)∣2d3r=∫∣ψ(r)∣2d3r で、積分変数をずらしてもノルムは変わらないからである。
- (iii) T^R=exp(−iR⋅p^/ℏ) と書ける。
(iii) は Taylor 展開から確かめることができる。p^=−iℏ∇ なので −iR⋅p^/ℏ=−R⋅∇ で、
exp(−R⋅∇)ψ(r)=j=0∑∞j!(−R⋅∇)jψ(r)=ψ(r−R)
となる(右の等号は ψ を r のまわりで Taylor 展開した式そのもの)。運動量が並進の生成子であることは、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第9章で古典の Poisson 括弧について、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第1章で量子の交換子について示したことの言い直しである。
周期性と交換関係
H^ と T^R の交換関係を調べる。運動エネルギーの項 p^2/2m は、T^R が p^ の関数なので T^R と交換する。ポテンシャルの項については、任意の ψ に対して
(T^RVψ)(r)=V(r−R)ψ(r−R),(VT^Rψ)(r)=V(r)ψ(r−R)
なので、2つが一致することと V(r−R)=V(r) がすべての r で成り立つことは同じである。まとめると
[H^,T^R]=0⟺V(r+R)=V(r)(2.4.2)
である。「ポテンシャルが周期を持つ」という幾何の条件を、「H^ がある演算子の族と交換する」という代数の条件に書き換えたことになる。この書き換えが、以下のすべての議論の出発点である。
自由な電子(V=0)ならば H^ は任意の並進 exp(−is⋅p^/ℏ)(s は任意のベクトル)と交換し、生成子 p^ そのものが H^ と交換する。これが運動量の保存である(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第10章の Noether の定理の量子版)。結晶の中では H^ と交換する並進が格子ベクトルの分だけに減るので、生成子 p^ は保存しない。残るのは、飛び飛びの並進 T^R の固有値である。連続の対称性が離散の対称性に減ったときに保存量の代わりになるものは、第2節で求める並進の固有値と、第4節の結晶運動量である。
例題 2.4.1 半周期ずらしでポテンシャルの符号を反転する ★★
オリジナル1次元で V(x)=2V1cos(2πx/a)(V1 は実数)とし、H^=p^2/2m+V(x^) を考える。
- (1) [H^,T^a]=0 を確かめよ。また T^a/2 は H^ と交換しないことを示せ。
- (2) T^a/2H^T^a/2−1 を求め、それが V1 を −V1 に置き換えた H^ に等しいことを示せ。
- (3) (2) から、V1 と −V1 のポテンシャルで固有値(バンド)がまったく同じになることを結論せよ。
解答
(1) V(x+a)=2V1cos(2πx/a+2π)=V(x) なので、式 (2.4.2) から [H^,T^a]=0 である。一方 V(x+a/2)=2V1cos(2πx/a+π)=−V(x) で、V1=0 なら V(x+a/2)=V(x) なので、同じ式から [H^,T^a/2]=0 である。
(2) 任意の ψ について、T^a/2−1ψ(x)=ψ(x+a/2) に V を掛けて T^a/2 を当てると
(T^a/2VT^a/2−1ψ)(x)=V(x−a/2)ψ(x)=−V(x)ψ(x)
となる。運動エネルギーの項は T^a/2 と交換するので、T^a/2H^T^a/2−1=p^2/2m−V(x^) で、これは V1→−V1 とした H^ である。
(3) ユニタリ演算子で挟んだ演算子は元の演算子と同じ固有値を持つ(H^ψ=εψ なら (T^H^T^−1)(T^ψ)=ε(T^ψ))。したがって V1 と −V1 のバンドは一致する。T^a/2 は対称性ではない(H^ と交換しない)が、2つの異なる H^ をつなぐ写像としては使うことができる。平面波の基底で数値的に対角化しても、V1=±0.3Ezb(Ezb は第3節で定義する)の2つのバンドは数値の精度の範囲で一致する。井戸の底が x=a/2 にあるか x=0 にあるかは座標の原点の選び方にすぎないので、物理としても当然の結果である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com