ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第1章 §2.1.1 ★★★ H2+ の電子のハミルトニアンを、2つの原子の 1s 軌道が張る2次元の部分空間に限る
第2部は、原子が2個並んだときの電子の準位から始めて、原子を N 個に増やすと準位が帯(バンド)になるところまでを一から組み立てる。この章はその最初の一歩で、電子が1個だけの分子である水素分子イオン H2+ を扱う。H2+ は、電子どうしの斥力が無いのでBorn–Oppenheimer 近似の電子の問題が厳密に解ける。そのため、2つの原子軌道だけを残す近似(LCAO)の答えを厳密解と並べて、削ったものの大きさを数値で確かめることができる。
2.1.1節では H2+ の電子のハミルトニアンを書き、2つの 1s 軌道が張る2次元の部分空間を選ぶ。2.1.2節では、その部分空間に固有値問題を射影する道具(Rayleigh–Ritz の方法)を当て、軌道が直交しないために重なり s の入った一般化固有値問題になることを示す。2.1.3節で積分を実際に計算し、結合軌道と反結合軌道のエネルギーを原子間距離 R の関数として求める。2.1.4節では、この2つの準位に電子を2個・3個・4個と詰め、H2 が結合してHe2 が結合しない理由を重なりの式から出す。2.1.5節で何を削ったかを整理して裏付けの札を置き、深い井戸の極限で LCAO が正しくなることを1次元の模型で確かめる。2.1.6節で化学の Hückel 法と量子力学の2準位系の書き方に対応させ、2.1.7節でまとめる。
この章では、数値を出すとき長さを Bohr 半径 a0=0.529A˚、エネルギーを Hartree エネルギー Eh=e2/(4πε0a0)=27.2eV で測る原子単位を使う。式は原子単位で書き、結果を eV と Å に直して添える。
電子のハミルトニアン
陽子 a と陽子 b を距離 R だけ離して止め、そのまわりを電子1個が動く。陽子を止めてよいのは、陽子が電子の約1836倍重く、第1部第1章の Born–Oppenheimer 近似が使えるからである。電子から陽子 a、b までの距離を ra、rb とすると、電子のハミルトニアンは
H^=−2mℏ2∇2−4πε0rae2−4πε0rbe2⟹H^=−21∇2−ra1−rb1(原子単位)(2.1.1)
である。分子の全エネルギーは、H^ の固有値 Eel(R) に陽子どうしの斥力 1/R を足した
E(R)=Eel(R)+R1(2.1.2)
で、これが陽子の運動にとってのポテンシャルになる。E(R) が R→∞ の値(水素原子と裸の陽子、−21Eh)より低い谷を持てば、分子は結合する。
残す軌道を2つに決める
R が大きいとき、電子は陽子 a か b のどちらかのそばにいて、水素原子の基底状態 1s にある。そこで、2つの陽子のまわりの 1s 軌道
ϕa(r)=π1e−ra,ϕb(r)=π1e−rb(2.1.3)
を選び、電子の状態をその線形結合 ψ=caϕa+cbϕb に限る。これが LCAO(原子軌道の線形結合)である。無限次元の関数空間のうち、ϕa と ϕb が張る2次元の部分空間 V2=span{ϕa,ϕb} だけを残すので、第V巻(近似の数理)の言葉では A 型(射影)の近似にあたる(近似の数理 第4章)。
ϕa と ϕb はどちらも規格化されているが、互いに直交しない。2つの軌道の重なりを
s(R)=⟨ϕa,ϕb⟩=∫ϕaϕbd3r(2.1.4)
と書く(重なり積分)。R→∞ で s→0、R→0 で s→1 である。この章では重なり積分を小文字の s で書き、エントロピーや作用の S と区別する。
重なり積分を計算する
2つの点からの距離 ra、rb が出てくる積分は、回転楕円体座標
ξ=Rra+rb∈[1,∞),η=Rra−rb∈[−1,1],φ∈[0,2π)(2.1.5)
で計算できる。体積要素は d3r=8R3(ξ2−η2)dξdηdφ である。ra+rb=Rξ なので
s=π1∫e−Rξ8R3(ξ2−η2)dξdηdφ=4R3∫1∞e−Rξ(2ξ2−32)dξ.
∫1∞ξ2e−Rξdξ=e−R(1/R+2/R2+2/R3) と ∫1∞e−Rξdξ=e−R/R を入れて整理すると
s(R)=e−R(1+R+3R2)(2.1.6)
を得る。重なりは R について指数関数的に小さくなる。指数の速さ e−R は、1s 軌道の裾 e−r がそのまま現れたものである。
例題 2.1.1 反転対称性で係数を決める ★★
オリジナル2つの陽子の中点を原点に置き、反転 P^:r↦−r を考える。
- (1) P^ が H^ と交換すること、P^ϕa=ϕb であることを示せ。
- (2) (1) を使って、V2 の中の P^ の固有状態を求め、規格化せよ。
- (3) R=2a0 のとき、重なり s と、(2) の2つの規格化の係数を数値で求めよ。
解答
(1) 反転で陽子 a と陽子 b の位置が入れ替わるので、ra↔rb となる。∇2 は反転で変わらず、1/ra+1/rb も入れ替えで変わらないので、P^H^P^−1=H^、すなわち [P^,H^]=0 である。また ϕa(−r) は陽子 b を中心とする 1s 軌道なので P^ϕa=ϕb である。
(2) P^ は V2 を V2 に移し、その中で ϕa↔ϕb と入れ替える。固有値 ±1 の固有状態は ϕa±ϕb である。∥ϕa±ϕb∥2=1+1±2s=2(1±s) なので、規格化した状態は
ψ±=2(1±s)ϕa±ϕb
である。H^ と P^ が交換するので、V2 の中の近似固有状態は、固有値問題を解く前から ψ+ と ψ− に決まる。
(3) 式 (2.1.6) で R=2 とおくと s=e−2(1+2+4/3)=313e−2≈0.586 である。規格化の係数は 1/2(1+s)=1/3.173≈0.561、1/2(1−s)=1/0.827≈1.100 になる。ψ− は2つの軌道の差を取るので重なりの分だけ打ち消し合い、規格化の係数が大きくなる。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com