ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第1章 §2.1.6 ★ 化学の Hückel 法の α・β、量子力学の2準位系の Pauli 行列と、この章の Haa・t・s を対応させる
化学の分子軌道法
化学の授業では、H2+ や H2 の分子軌道を、Coulomb 積分 α・共鳴積分 β・重なり積分 S を使って
α−Eβ−ESβ−ESα−E=0,E=1±Sα±β
と書く。この章の記号との対応は α=Haa、β=Hab=−t、S=s で、式 (2.1.9) と同じものである。β<0 なので、化学では低い方の準位を (α+β)/(1+S) と書く。Hückel 法はさらに S=0 とおき、E=α±β とする。第2部第2章で扱う π 電子の計算はこの形である。
S=0 とおいた Hückel の α、β は、重なりのある原子軌道で計算した積分そのものとは読めない。例題 2.1.2 で見たとおり、重なりのある積分の値を S=0 の式に入れると、エネルギーは変分原理の下限を割る。Hückel の α、β は、式 (2.1.11) の直交化した軌道での ε′、−t′ にあたり、実験の値(分子の吸収の波長など)に合わせて決める経験的なパラメータと読むのが正しい。化学の「Coulomb 積分」α は、この章の C とは別のもので、α=εa−C のように C を含む。
量子力学の2準位系
量子力学の授業では、直交する2つの状態 ∣a⟩、∣b⟩ からなる系のハミルトニアンを、Pauli 行列で
H^=ε′1−t′σx+Δσz
と書く。σx の項は2つの状態の間の飛び移り、σz の項は2つの状態のエネルギーの差 2Δ を表す。同じ原子なら Δ=0 で、固有値は ε′∓t′、固有状態は σx の固有状態 (∣a⟩±∣b⟩)/2 である。アンモニア分子の反転やベンゼンの共鳴など、量子力学の教科書が2準位系の例に挙げる話は、どれもこの章の結合軌道と反結合軌道と同じ行列である。種類の違う原子の場合(Δ=0)は第1部第1章の例題で、イオン結合と共有結合の間をつなぐ形として扱った。授業の2準位系は、基底がはじめから直交している形で書かれる。原子軌道から出発するときは、まず式 (2.1.11) の直交化を通してから ε′、t′ を読む。
例題 2.1.6 Hückel の β を直交化した軌道で読む ★
オリジナルある2原子分子で、重なりのある原子軌道の積分が α=−10eV、β=−3eV、S=0.25 と計算された。
- (1) 重なりを含めた2つの準位を求めよ。
- (2) 同じ2つの準位を S=0 の Hückel の形 α′±β′ で再現する α′、β′ を求めよ。
- (3) (2) の β′ と β を比べ、Hückel 法の β を何と読むべきかを述べよ。
解答
(1) (α+β)/(1+S)=−13/1.25=−10.400eV、(α−β)/(1−S)=−7/0.75=−9.333eV である。
(2) 式 (2.1.11) で Haa=α、t=−β とおくと、α′=ε′=(α−Sβ)/(1−S2)=(−10+0.75)/0.9375=−9.867eV、β′=−t′=(β−Sα)/(1−S2)=(−3+2.5)/0.9375=−0.533eV である。α′±β′ は −10.400 と −9.333 で (1) に一致する。
(3) β′ は β の約6分の1しかない。β=Hab には、重なり S に α を掛けた分(Sα=−2.5eV)が含まれていて、これは2つの軌道が同じ領域を占めていることによる見かけの寄与である。直交化するとこの分が引かれ、残った β−Sα が電子の飛び移りの大きさになる。Hückel 法の β は、直交化した軌道の間の飛び移り −t′ と読むべきである。
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