ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第1章 §2.1.2 ★★★ 部分空間 V2 に固有値問題を射影すると Hc=ESc になる。得られる固有値は厳密な固有値の上界である
Rayleigh–Ritz の方法
部分空間 V2 の中で最もよい近似固有状態を選ぶ規則は、Rayleigh 商
R[ψ]=⟨ψ∣ψ⟩⟨ψ∣H^∣ψ⟩(2.1.7)
を V2 の中で停留させることである。ψ=caϕa+cbϕb(係数は実数にとってよい)を入れ、行列要素
Hij=⟨ϕi∣H^∣ϕj⟩,Sij=⟨ϕi∣ϕj⟩(i,j=a,b)(2.1.8)
を使うと、R=∑ijciHijcj/∑ijciSijcj である。ci で微分して 0 とおくと
Hc=ESc,H=(HaaHabHabHaa),S=(1ss1)(2.1.9)
を得る。ここで c=(ca,cb)T で、2つの原子が同じなので対角成分は等しい。S が単位行列でないので、これは一般化固有値問題である。固有値は det(H−ES)=0、すなわち (Haa−E)2=(Hab−Es)2 の解で、この巻の記号でホッピングを Hab=−t と書くと
E+=1+sHaa−t,E−=1−sHaa+t(2.1.10)
になる。E+ の固有ベクトルは ca=cb(結合軌道 ψ+)、E− は ca=−cb(反結合軌道 ψ−)で、例題 2.1.1 で反転対称性から決めたものと一致する。s=0 とおくと第1部第1章の2サイトの tight-binding の Haa∓t に戻る。
この手順は、第V巻の Galerkin 法を固有値問題に当てたものである(近似の数理 第4章)。そこで示された性質のうち、この章で使うのは次の2つである。
定理 2.1.1(Rayleigh–Ritz の上界性)
H^ が下に有界で、その低い方から数えた固有値を E1≤E2≤⋯ とする。n 次元の部分空間で一般化固有値問題 (2.1.9) を解いて得た固有値をE~1≤⋯≤E~n とすると、E~k≥Ek(k=1,…,n)が成り立つ。部分空間を広げると E~k は増えない。
証明は 近似の数理 第4章にある(Courant–Fischer の min-max 原理から出る)。H2+ では、H^ が反転と交換するので、偶の状態と奇の状態に分けて定理を当ててよい。V2 の偶の部分は ψ+ の1次元、奇の部分は ψ− の1次元なので、E+ は厳密な偶の基底状態のエネルギー以上、E− は厳密な奇の最低の状態のエネルギー以上になる。
直交化すると tight-binding の形に戻る
重なりがあると、行列 (2.1.9) は第1部第1章の tight-binding の形と見かけが違う。軌道を直交化すると同じ形に戻る。S−1/2 で基底を取り替えた ϕ~i=∑jϕj(S−1/2)ji は正規直交になり(Löwdin の対称直交化)、ϕ~a は ϕa に近く、ϕb の成分を少し引いた軌道である。この基底でのハミルトニアンは S−1/2HS−1/2 で、固有値は式 (2.1.10) と同じ E± である。対角成分を ε′、非対角成分を −t′ と書くと E±=ε′∓t′ なので、
ε′=2E++E−=1−s2Haa+st,t′=2E−−E+=1−s2t+sHaa(2.1.11)
になる。tight-binding 模型のサイトのエネルギーとホッピングは、重なりのある軌道で計算した Haa、t でなく、直交化した軌道での ε′、t′ と読むのが正しい。Haa が負で ∣Haa∣>st のとき(H2+ ではいつもそうである)t′<t で、重なりを入れると有効なホッピングは小さくなる。
例題 2.1.2 重なりを捨てると上界が破れる ★★★
オリジナルH2+ で R=2a0 のとき、次の2.1.3節で求める値 Haa=−0.9725、Hab=−0.6992、s=0.5865(原子単位)を使う。厳密な基底状態の全エネルギー(式 (2.1.2))は E=−0.6026Eh である。
- (1) 式 (2.1.10) の E+ に 1/R を足し、厳密な値と比べよ。
- (2) 重なりを捨てて S を単位行列とみなし、Haa+Hab を結合軌道のエネルギーとすると、全エネルギーはいくらになるか。定理 2.1.1 と比べて何が起きたかを述べよ。
- (3) 式 (2.1.11) の ε′ と t′ を求めよ。
解答
(1) E+=(Haa+Hab)/(1+s)=−1.6718/1.5865=−1.0538 で、1/R=0.5 を足すと −0.5538Eh である。厳密な −0.6026Eh より 0.0488Eh 高く、上界になっている。
(2) Haa+Hab+1/R=−1.6718+0.5=−1.1718Eh で、厳密な基底エネルギーより 0.57Eh も低い。定理 2.1.1 は、部分空間の中の状態の Rayleigh 商に対する主張なので、正しく規格化された状態のエネルギーは厳密な値を下回らない。Haa+Hab は、規格化されていない状態 ϕa+ϕb の ⟨ψ∣H^∣ψ⟩/2 であり、分母の ⟨ψ∣ψ⟩/2=1+s を 1 と取り違えている。その結果、変分原理の外に出て、物理的にあり得ない低いエネルギーになった。重なりが 0.59 もある距離では、s を捨てた行列は使えない。
(3) ε′=(Haa+st)/(1−s2)=(−0.9725+0.5865×0.6992)/(1−0.3440)=−0.5624/0.6560=−0.8573、t′=(t+sHaa)/(1−s2)=(0.6992−0.5703)/0.6560=0.1965(原子単位)である。ε′−t′=−1.0538 は (1) の E+ に一致する。有効なホッピング t′ は、重なりのある軌道で計算した t=0.6992 の3分の1以下になる。
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