ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第9章 §4.9.2 ★★★ Poisson–Boltzmann 方程式の第一積分で、表面の電荷を表面の電位の関数として厳密に書く。蓄積・空乏・反転の3つの領域が1つの式から出て、表面の電位が 2ϕB で頭打ちになることから、しきい値電圧が決まる
第一積分
u(x):=eϕ(x)/(kBT) と書き、p 型で p0−n0=NA を使うと、式 (4.9.2) と (4.9.3) は
dx2d2ϕ=−ε0εrse[p0(e−u−1)−n0(eu−1)]
になる。右辺は ϕ だけの関数なので、この方程式は「x を時間、ϕ を位置とみなした1次元の粒子の Newton 方程式」と同じ形をしている。Newton 方程式でエネルギー保存の式を出すのと同じく、両辺に 2dϕ/dx を掛けて x で積分する。バルク(x→∞)で ϕ→0、dϕ/dx→0 を境界条件にすると
(dxdϕ)2=ε0εrs2kBTp0G(u)2,G(u)2=(e−u+u−1)+p0n0(eu−u−1)(4.9.7)
を得る。G(u)2 の2つの括弧はどちらも u の符号によらず 0 以上で、u=0 でだけ 0 になる。
表面の電場 Es=−dϕ/dx∣x=0 は、Gauss の法則で半導体の中の全電荷と Qs=−ε0εrsEs で結ばれる(x>0 の側に電荷があり、その外では電場が 0)。ϕs>0 なら ϕ は奥へ向かって減るので Es>0 である。したがって、表面の電位 us=eϕs/(kBT) を決めれば、半導体の電荷は
Qs=−sgn(us)2ε0εrskBTp0G(us)(4.9.8)
と、微分方程式を解かずに書くことができる。この式は、式 (4.9.3) と一様な NA を仮定した範囲で厳密である。
蓄積・空乏・反転
式 (4.9.8) の G(us) のどの項が大きいかで、3つの領域に分かれる(図 4.9.2)。
蓄積(ϕs<0)。ゲートを負にするとバンドが上へ曲がり、表面に正孔が集まる。∣us∣≫1 では e−us の項が大きく、∣Qs∣∝e∣us∣/2 と指数関数的に増える。
空乏(0<ϕs<2ϕB)。ゲートを正にするとバンドが下へ曲がり、表面から正孔が押し出される。表面には動けない負のアクセプターのイオンが残る。1≪us で、まだ電子の項 (n0/p0)eus が us より小さいあいだは G2≃us−1 なので、∣Qs∣≃2ε0εrseNAϕs である。これは、表面から厚さ xd の層の正孔をすべて取り除き、アクセプターのイオンの電荷 −eNA だけを残したと考えた結果(空乏近似)
ϕ(x)=ϕs(1−xdx)2(0≤x≤xd),xd=eNA2ε0εrsϕs,Qs=−eNAxd(4.9.9)
と同じである(第4部第5章の pn 接合の空乏層と同じ式)。空乏層の端で電位が放物線から 0 へなめらかにつながる遷移の幅は λD ほどで、−1 の補正はその分である。
反転(ϕs>2ϕB)。表面の電子の数密度は n(0)=n0eus=(ni2/NA)eus で、ϕs=2ϕB のときちょうど NA になる。バンドの言葉では、表面で化学ポテンシャルが εi より eϕB だけ上にあり、バルクの p 型と逆向きに同じだけ偏っている(図 4.9.1)。これを越えると表面は n 型のように電子が多数になる。これを反転と呼び、ϕs=2ϕB を強い反転の始まりとする。この先は電子の項が eus/2 で増えるので、電荷は指数関数的に増える。

図 4.9.1 強い反転(ϕs=2ϕB)の MOS 構造のバンド(模式図。仕事関数の差を 0 とした)。半導体のバンドは空乏近似の放物線 (4.9.9) で下へ曲がり、化学ポテンシャル μ(灰色の破線)は一定である。表面では μ が禁制帯の中央 εi(黒の破線)より eϕB だけ上にあり、伝導帯の底が μ に近づいて電子が集まる。金属の μ は半導体より eVG だけ下にある。

図 4.9.2 半導体の電荷の大きさ ∣Qs∣ と表面の電位 ϕs(例題 4.9.1 の Si)。点線は第一積分の厳密な式 (4.9.8)、実線は空乏近似 2ε0εrseNAϕs。蓄積と反転では電荷が指数関数的に増え、その間の空乏では ϕs でゆっくり増える。縦軸は対数。
しきい値電圧
反転を越えると、表面の電位を kBT/e の数倍だけ上げるたびに電子の電荷が数倍ずつ増える。式 (4.9.6) で Vox=−Qs/Cox が電荷とともに大きくなるので、ゲートの電圧を上げても、増えた分のほとんどは酸化膜にかかり、ϕs は 2ϕB の近くにとどまる(例題 4.9.3)。そこで、強い反転では ϕs≃2ϕB と固定し、空乏層の電荷もそのときの値
Qdep=−2ε0εrseNA⋅2ϕB,xd,max=eNA2ε0εrs⋅2ϕB
で止まるとみなす。Qs=Qdep+Qn(Qn は反転層の電子の電荷)を式 (4.9.6) に入れると
Qn=−Cox(VG−Vth),Vth=VFB+2ϕB+Cox2ε0εrseNA⋅2ϕB(4.9.10)
を得る。しきい値電圧 Vth は、バンドを 2ϕB だけ曲げる電圧と、空乏層の電荷を酸化膜のコンデンサーに載せる電圧の和である。Vth を越えた分の電圧は、酸化膜のコンデンサーの式どおりに電子の電荷になる。反転層の電子は、ゲートの金属と酸化膜をはさんで向かい合うコンデンサーのもう一方の極板である。
ちょうど ϕs=2ϕB では (n0/p0)eus=1 なので、式 (4.9.7) は G2=e−us+us−(n0/p0)(us+1)≃us になり、厳密な ∣Qs∣ は空乏近似の値と一致する。空乏近似が落とした −1(空乏層の端の遷移)を、表面の電子の電荷がちょうど埋め合わせている。
例題 4.9.2 しきい値電圧を部品に分ける ★★★
オリジナル例題 4.9.1 の Si に、厚さ dox=10nm、εro=3.9 の酸化膜を付ける。平坦帯電圧は VFB=−1.00V とする。
- (1) Cox・xd,max・∣Qdep∣ を求めよ。
- (2) Vth を求め、2ϕB の部分と空乏層の電荷の部分の割合を述べよ。
- (3) 酸化膜を 5nm に薄くすると、Vth−VFB はどうなるか。
解答
(1) Cox=3.9×8.854×10−12/(1.0×10−8)=3.45×10−3Fm−2 である。2ϕB=0.833V なので
xd,max=1.602×1042×1.036×10−10×0.833m=1.04×10−7m,∣Qdep∣=eNAxd,max=1.66×10−3Cm−2
である。空乏層の厚さ 0.104μm は λD=12.9nm の8倍で、空乏近似の前提(空乏層が遷移の幅より十分厚い)が満たされている。
(2) ∣Qdep∣/Cox=1.66×10−3/3.45×10−3=0.482V なのでVth=−1.00+0.833+0.482=0.315V である。Vth−VFB=1.315V のうち 63% がバンドを曲げる分、37% が空乏層の電荷を酸化膜に載せる電圧である。
(3) Cox が2倍になるので空乏層の部分は半分の 0.241V になり、Vth−VFB=0.833+0.241=1.074V である。2ϕB の部分は酸化膜によらない。酸化膜を薄くするとゲートの電圧が半導体の表面へ伝わる割合が大きくなり、同じ電圧の変化で動かせる電子の電荷 CoxΔVG も2倍になる。
例題 4.9.3 表面の電位は 2ϕB をどれだけ越えるか ★★
オリジナル例題 4.9.1 の Si で、反転層の電子の電荷 ∣Qn∣ が ϕs=2ϕB での空乏層の電荷 ∣Qdep∣ と等しくなる表面の電位を求めよ。電子の電荷は、式 (4.9.8) から電子の項を除いた電荷(アクセプターと正孔の分)を引いたものとする。
解答
A=2ε0εrskBTp0、uinv=2eϕB/(kBT)=32.24 と書く。us=uinv+δ とおくと (n0/p0)eus=eδ で、us≫1 では
∣Qn∣≃A(us−1+eδ−us−1),∣Qdep∣=Auinv
である。us−1 を uinv で置き換える粗い見積もりでは、uinv+eδ=2uinv から eδ=3uinv、δ=ln96.7=4.57、すなわち ϕs−2ϕB=4.57×0.02585=0.118V になる。置き換えずに方程式を数値で解くと 0.119V である。
電子の電荷を空乏層の電荷と同じだけ(VG を Vth より ∣Qdep∣/Cox=0.48V 上げるのと同じだけ)増やしても、表面の電位は 0.12V しか動かない。電子の数が eus で増えるので、kBT/e の数倍の変化で電荷が桁で変わるからである。これが、強い反転で ϕs≃2ϕB と固定してよい理由で、そのときの誤差は Vth に 0.1V ほどの曖昧さとして残る。
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