ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部 第2章 §5.2.2 ★★★ スピンを含まない H^ でも、Pauli の排他律のために1重項と3重項のエネルギーが分かれる。その差は Dirac の恒等式で JS^1⋅S^2 の形に書き直せ、電荷を動かす高い状態は縮退摂動で消して、低い準位の組だけの有効 Hamiltonian に置き換えられる
Dirac の恒等式
スピン 21 の2つの粒子のスピンの状態を入れ替える演算子を P^12σ とする(P^12σ∣σ1σ2⟩=∣σ2σ1⟩)。3重項は入れ替えで対称なので P^12σ=+1、1重項は反対称なので −1 である。一方、S^1⋅S^2=21[(S^1+S^2)2−S^12−S^22]=21[S(S+1)−23] は、3重項で 41、1重項で −43 である。2つの演算子はどちらも1重項と3重項の上で定数なので、その値を合わせれば
P^12σ=21+2S^1⋅S^2(5.2.5)
が成り立つ。これを Dirac の恒等式と呼ぶ(Dirac(1929)、Proceedings of the Royal Society A 123、714)。入れ替えという置換群の操作が、スピンの内積という回転で不変な量で書ける、という主張である。
命題 5.2.1(2つのスピンの有効 Hamiltonian ★★★)
スピンを含まない H^ の低い準位が、スピン 21 を1つずつ持つ2つの局在した部分の1重項(エネルギー ES)と3重項(ET)の4状態だけからなり、ほかの準位から離れているとする。この4状態の中で、H^ は
H^eff=4ES+3ET+JS^1⋅S^2,J=ET−ES(5.2.6)
と同じ固有値と固有ベクトルを持つ。
証明
式 (5.2.6) の右辺に S^1⋅S^2=41 を入れると 4ES+3ET+4ET−ES=ET、−43 を入れると 4ES+3ET−43(ET−ES)=ES である。H^ は全スピンと交換するので、4状態の中での固有ベクトルは1重項と3重項そのものであり、右辺の固有ベクトルと一致する。
命題 5.2.1 は、交換相互作用の J を計算する問題を「1重項と3重項のエネルギーの差を求める問題」に置き換える。以下の節で計算するのはすべてこの差である。J の符号は、どちらが低いかで決まる。3重項が低ければ J<0 で2つのスピンはそろい(強磁性)、1重項が低ければ J>0 で逆を向く(反強磁性)。
第二量子化で書くと、同じ内容は演算子の恒等式
σ,σ′∑c^1σ†c^2σ′†c^1σ′c^2σ=−2(S^1⋅S^2+41n^1n^2),S^j=21σ,σ′∑c^jσ†σσσ′c^jσ′(5.2.7)
になる(σ は Pauli 行列)。左辺は、反交換関係を使うと −∑σσ′c^1σ†c^1σ′c^2σ′†c^2σ と並べ替えられる。一方、Pauli 行列の恒等式 ∑α=x,y,zσabασcdα=2δadδbc−δabδcd からS^1⋅S^2=21∑σσ′c^1σ†c^1σ′c^2σ′†c^2σ−41n^1n^2 なので、両者を合わせると右辺になる。したがって式 (5.2.4) の交換の項は −2K(S^1⋅S^2+41n^1n^2) で、それだけで J=−2K の強磁性の相互作用である。
低い準位の組への有効 Hamiltonian
運動交換と超交換では、スピンの向きだけが違う低い準位の組(電子が各サイトに1個ずつの状態)と、電荷を動かした高い準位(あるサイトに2個入った状態)が、飛び移り t でつながる。低い組への射影を P^、残りを Q^=1−P^ とし、H^=H^0+T^ の H^0 が P^ の中で一定値 E0 をとるとする。T^ の2次までの縮退摂動は
H^eff=E0+P^T^P^+P^T^Q^E0−Q^H^0Q^1Q^T^P^+O(T3)(5.2.8)
である。第3項は「高い準位へ一度飛び出して戻る」仮想的な過程で、エネルギーの分母 E0−Ehigh<0 のために必ず準位を下げる。下げ方がスピンの組み方で違えば、それがスピンの間の相互作用になる。超交換では2次で何も起きず、4次の項 P^T^Q^(E0−H^0)−1Q^T^Q^(E0−H^0)−1Q^T^Q^(E0−H^0)−1Q^T^P^ が主になる(4次にはほかに P^ を途中で通る項もあるが、超交換の例ではスピンによらない定数にしかならない)。
H^eff の形には、回転の対称性から強い制限がかかる。H^ がスピンを含まなければ H^eff は全スピンの回転で不変で、スピン 21 の組の上の回転で不変な演算子は S^i⋅S^j と、その積の和だけである。2次の過程は2つのサイトしか結ばないので、H^eff は ∑JijS^i⋅S^j の形に限られる。4次以上になると3つ・4つのサイトを回る過程が現れ、(S^i⋅S^j)(S^k⋅S^l) のような多スピンの項が加わる。
例題 5.2.2 三角形に並んだ3つのスピン ★★
オリジナルスピン 21 が3つ、正三角形の頂点にあり、H^=J(S^1⋅S^2+S^2⋅S^3+S^3⋅S^1)(J>0)で相互作用する。
- (1) H^ を全スピン S^tot=S^1+S^2+S^3 で書き、準位とその縮退度を求めよ。
- (2) 2つのスピンの組(たとえば 1 と 2)がすべて1重項になる状態が無いことを説明し、反強磁性の相互作用がすべての組で同時には満たされないことを確かめよ。
解答
(1) S^tot2=∑iS^i2+2∑i<jS^i⋅S^j=49+2∑i<jS^i⋅S^j なのでH^=2J(S^tot2−49)。21 を3つ合成すると Stot=23(4状態)と Stot=21(2組、4状態)が出る。準位は Stot=21 で 2J(43−49)=−43J(4重に縮退)、Stot=23 で 2J(415−49)=+43J(4重)である。
(2) 3つの組の S^i⋅S^j がすべて −43 なら、エネルギーは −49J になるはずだが、(1) の最低値は −43J である。1と2が1重項を組むと、3は残りのどちらとも組めない(スピン 21 の1重項は2つのスピンで閉じている)。最低の準位では、3つの組の平均が ⟨S^i⋅S^j⟩=−41 にとどまる。三角形の上の反強磁性ではすべての組を同時に反平行にできず、基底状態が縮退して残る。この性質は第5部第3章で格子の上の Heisenberg 模型を扱うときに、平均場が当てはまりにくい例として現れる。(検算 scripts/verify_ch5-02.py)
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