ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部 第2章 §5.2.3 ★★★ 交換積分 K は必ず正なので、直交する軌道の2電子は3重項のほうが 2K だけ低い。これが Hund の第1の規則の中身で、残りの2つの規則と合わせてイオンの基底状態の S,L,J が決まり、Curie 則の有効磁子数になる
交換積分は正である
同じ原子の直交する2つの軌道 ϕa、ϕb に電子が1個ずつ入っているとする。1電子の部分は1重項でも3重項でも εa+εb で同じなので、Coulomb の部分だけを比べればよい。例題 5.2.1 の空間の波動関数 21[ϕaϕb′±ϕbϕa′](+ が1重項、− が3重項)で Coulomb 斥力の期待値をとると、
ES=εa+εb+Vab+Kab,ET=εa+εb+Vab−Kab(5.2.9)
を得る(交換積分 Kab は交差項から出る)。命題 5.2.1 の言葉では J=ET−ES=−2Kab で、Kab>0 なら3重項が低い。
命題 5.2.2(交換積分の正値性 ★★★)
式 (5.2.3) の交換積分は、どの2つの軌道についても Kab≥0 である。等号は ρab=ϕa∗ϕb が恒等的に 0 のときに限る。
証明
ρab の Fourier 変換を ρ~(q)=∫ρab(r)e−iq⋅rd3r とし、Coulomb ポテンシャルの Fourier 表示 4π∣r∣1=∫(2π)3d3qq2eiq⋅r を式 (5.2.3) に入れると、
Kab=ε0e2∫(2π)3d3qq2∣ρ~(q)∣2
となる。被積分関数は負にならないので Kab≥0 で、0 になるのは ρ~ が恒等的に 0、すなわち ρab が 0 のときに限る。
Coulomb 斥力の核 1/∣r−r′∣ が、Fourier 空間で正の 1/q2 になる(正定値の核である)ことが証明の中身である。直交する軌道でも ρab 自体は 0 でない(積分すると 0 になるだけ)ので、Kab は真に正である。物理の言葉では、3重項の空間の波動関数 ϕaϕb′−ϕbϕa′ は r=r′ で 0 になり、平行なスピンの2電子は互いに近づきにくい。このため斥力の期待値が下がる。
Hund の3つの規則
同じ殻(l の決まった 2l+1 個の軌道)に n 個の電子が入るとき、1電子のエネルギーはどの組み方でも同じで、準位を分けるのは Coulomb の部分と、そのあとのスピン軌道相互作用である。Coulomb の部分は全軌道角運動量 L と全スピン S ごとに決まる項(2S+1L と書く)に分かれ、その間隔は Slater 積分 Fk(動径の積分)で書ける。たとえば p2 では
E(3P)=F0−5F2,E(1D)=F0+F2,E(1S)=F0+10F2(F0=F0, F2=251F2)(5.2.10)
で、縮退度は 9+5+1=15=(26) である(15個の Slater 行列式で Coulomb の行列を作って対角化した。検算 scripts/verify_ch5-02.py)。F2>0 なので、3重項の 3P が最も低い。d2 では3重項が2つあり、E(3F)=F0−8F2−9F4、E(3P)=F0+7F2−84F4(F2=F2/49、F4=F4/441)で、F2>5F4 なら L の大きい 3F が低い。
これらの計算を一般の殻へ広げた経験則が Hund 則である。
- (1) 全スピン S が最大の項が最も低い。
- (2) その中で、全軌道角運動量 L が最大の項が最も低い。
- (3) スピン軌道相互作用で項が J=∣L−S∣,…,L+S の準位に分かれる。殻が半分より少なく詰まっていれば J=∣L−S∣、半分より多ければ J=L+S が最も低い。
第1の規則の中身は命題 5.2.2 で、スピンがそろうと空間の波動関数が反対称になり、電子どうしが近づきにくくなる。第2の規則は、L が大きいほど電子が同じ向きに原子核の周りを回り、互いに避け合える、という Coulomb 積分の性質である(d2 の F2>5F4 は水素型の動径関数で満たされる)。第3の規則は、1つの項の中でスピン軌道相互作用が λL^⋅S^ に置き換わり(Wigner–Eckart の定理)、
E(J)=2λ[J(J+1)−L(L+1)−S(S+1)],λ={+ζ/(2S)−ζ/(2S)(半分より少ない)(半分より多い)(5.2.11)
となることから従う(ζ>0 は動径の平均)。隣り合う準位の間隔は E(J)−E(J−1)=λJ で、これを Landé の間隔則と呼ぶ。半分より多く詰まった殻は、空いた席(正孔)を電荷 +e の粒子とみなすと ζ の符号が逆になる。

図 5.2.1 p2 の配置(炭素の 2p2 など)の準位の分かれ方。縦軸は Coulomb の部分を式 (5.2.10) の比で描き、スピン軌道相互作用による 3P の分かれ方 E(J)=2λ[J(J+1)−4] は見やすいように拡大した。半分(3個)より少ない詰まり方なので λ>0 で、J=0 が最低になる(Hund の第3の規則)。
有効磁子数と Curie 則
基底の準位 J に閉じ込められたイオンは、大きさ J の角運動量として磁場に応答する。磁気モーメントは μ^=−μB(L^+2S^) で、準位 J の中では J^ に比例する部分だけが残り、μ^=−gJμBJ^ と書ける。比例係数は Landé の g 因子
gJ=23+2J(J+1)S(S+1)−L(L+1)(5.2.12)
である(電子のスピンの g を 2 とした)。温度 T が準位 J の中の Zeeman 分裂より十分高く、ほかの J の準位より十分低いとき、数密度 n のイオンの磁化率は
χm=3kBTμ0npeff2μB2,peff=gJJ(J+1)(5.2.13)
になる(Curie 則。導出は解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第4章の常磁性体と同じで、S=21 を一般の J に広げたもの)。peff を有効磁子数と呼び、Curie 則の傾きから測る。
表 5.2.1 Hund 則で決めた基底の準位と、Curie 則の有効磁子数の計算値。右端は軌道角運動量を 0 とした「スピンだけ」の値。3d のイオンでは実測がほぼ右端の列に近く、4f のイオンでは gJJ(J+1) に近いことが知られている。その理由は5.2.5節で扱う。| イオン(殻) | S | L | J | gJ | peff=gJJ(J+1) | 2S(S+1) |
| Cr3+(3d3) | 3/2 | 3 | 3/2 | 2/5 | 0.775 | 3.87 |
| Mn2+(3d5) | 5/2 | 0 | 5/2 | 2 | 5.92 | 5.92 |
| Fe2+(3d6) | 2 | 2 | 4 | 3/2 | 6.71 | 4.90 |
| Co2+(3d7) | 3/2 | 3 | 9/2 | 4/3 | 6.63 | 3.87 |
| Cu2+(3d9) | 1/2 | 2 | 5/2 | 6/5 | 3.55 | 1.73 |
| Nd3+(4f3) | 3/2 | 6 | 9/2 | 8/11 | 3.62 | — |
| Gd3+(4f7) | 7/2 | 0 | 7/2 | 2 | 7.94 | — |
| Dy3+(4f9) | 5/2 | 5 | 15/2 | 4/3 | 10.65 | — |
例題 5.2.3 Hund 則で基底の準位を決め、有効磁子数を出す ★★★
オリジナル次のイオンについて、Hund 則で基底の準位の S、L、J を決め、gJ と peff を求めよ。
- (1) Cr3+(3d3)
- (2) Cu2+(3d9)
- (3) Dy3+(4f9)
解答
手順はどれも同じで、ml=l,l−1,…,−l の席に、まず上向きのスピンで ml の大きい順に詰め、余れば下向きで同じ順に詰める。S は上向きと下向きの数の差の半分、L は詰めた ml の和の絶対値である。
(1) d3:上向き3個が ml=2,1,0 に入り、S=23、L=3。半分(5個)より少ないので J=∣L−S∣=23。項の記号は 4F3/2。gJ=23+2⋅415415−12=23−1011=52、peff=52415=0.775。
(2) d9:上向き5個で ml の和は 0、下向き4個が ml=2,1,0,−1 に入り和は 2。S=21、L=2。半分より多いので J=L+S=25(2D5/2)。gJ=23+2⋅43543−6=23−103=56、peff=56435=3.55。d9 は「満ちた殻から電子を1個抜いたもの」で、正孔1個の l=2、s=21 と同じ S、L を持つ。J が L+S になるのは、正孔ではスピン軌道相互作用の符号が逆になることの表れである。
(3) f9:上向き7個で和 0、下向き2個が ml=3,2 に入り和 5。S=25、L=5、半分(7個)より多いので J=L+S=215(6H15/2)。gJ=23+2⋅4255435−30=23−61=34、peff=344255=10.65。(検算 scripts/verify_ch5-02.py)
ほかの巻では
- 近似の数理 第10章:多電子原子の構成原理と Hund の規則を、Hartree–Fock の交換積分から読む所が読める
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com