統計学の復習 第8章 §8.1 ★★★ 標本は「母集団分布に従う独立な確率変数の組」として立てる。標本平均の期待値は μ、分散は σ2/n で、戻さない抽出では有限母集団修正がかかる
この章は、対策本の第15章(標本と抽出)と第16章(大数の法則と中心極限定理)に当たる。
第4章から第7章までは、分布が分かっている確率変数について確率・期待値・分散を計算した。統計の問題では向きが逆になり、手元にあるのは母集団から取り出した有限個の値だけで、母集団の分布やその平均は分からない。この章では、取り出した値を確率変数の組 X1,…,Xn として扱う約束を立て、その約束の下で標本平均 Xˉ の期待値が母平均 μ に、分散が σ2/n になることを導く。そのうえで、n を大きくすると Xˉ が μ に近づくこと(大数の法則)と、Xˉ の分布の形が正規分布に近づくこと(中心極限定理)を述べる。
前半の3節は標本の取り方を扱う。全数調査と標本調査の使い分け、標本誤差と非標本誤差の区別、単純無作為抽出・層別抽出・クラスター抽出などの方法を、推定量の分散を比べる式で整理する。後半の2節は n→∞ の極限を扱う。大数の法則は第4章の Chebyshev の不等式から1行で出るので証明までを書き、中心極限定理は主張と使い方を書く。1級では、統計数理の大問の多くが「標本平均の期待値と分散を出す → 一致性を示す → 漸近正規性から区間や検定を作る」という順で進み、この章の結果がその最初の2段になる。確率収束・分布収束の厳密な定義と中心極限定理の証明は、数理統計の解説 第5章 §5.3 で扱う。
母集団・母数・標本
調べたい対象の全体を母集団と呼び、母集団に属する1つ1つを個体と呼ぶ。個体ごとに測る量(身長・世帯の人数・製品の寿命など)の値が母集団の中でどう分布しているかを母集団分布と呼ぶ。母集団分布の平均と分散を母平均 μ と母分散 σ2 と呼び、このように母集団分布を特徴づける定数をまとめて母数(パラメータ)と呼ぶ。
母集団が N 個の個体からなり、それぞれの値が v1,…,vN であるとき、母平均と母分散は
μ=N1j=1∑Nvj,σ2=N1j=1∑N(vj−μ)2(8.1)
である。母分散は N で割る。v1,…,vN は確率変数でなく定数の全体なので、第2章で n−1 で割る不偏分散を導入した理由(平均を推定値で置き換えたことの補正)はここには当てはまらない。製品の寿命のように個体を際限なく作ることができる場合や、測定を何回でも繰り返すことができる場合は、母集団を無限個の個体の集まりと考え、母集団分布をそのまま確率分布(密度 f(x) や確率関数)として扱う。
母集団から取り出した一部の個体を標本と呼び、その個数 n を標本の大きさ(サンプルサイズ)と呼ぶ。標本から母集団の性質を推し量ることが統計的推測である。
標本を確率変数の組として扱う
標本の値を取り出す前の段階で考える。i 回目に取り出す個体の値は、どの個体が選ばれるかによって変わるので、取り出す前には1つの数に決まっていない。この「i 回目に取り出す値」を確率変数 Xi と置く。添字 i は「何回目の取り出しか」を表すただの通し番号で、i=1,…,n と固定しておいてよい。偶然の要素は添字でなく、Xi という確率変数の側にすでに含まれている。
このことは、有限母集団で次のように構成すると見える。i 回目に選ぶ個体の番号を Ji とし、Ji は {1,…,N} の上の一様分布に従い、J1,…,Jn は互いに独立とする(取り出した個体を毎回戻す抽出、すなわち復元抽出)。そのうえで Xi=vJi と定める。値 v を持つ個体の数を #{j:vj=v} と書くと
P(Xi=v)=P(vJi=v)=N#{j:vj=v}
となり、Xi の分布は「母集団の中で値 v を持つ個体の割合」、すなわち母集団分布そのものになる。したがって E[Xi]=N1∑jvj=μ、V[Xi]=N1∑j(vj−μ)2=σ2 であり、Ji が独立なので X1,…,Xn も独立である。一度この構成で Xi を定めたら、以後の計算には Ji を書かず Xi だけを使う。乱数の部分は Xi の分布に移してあるからである。
定義 8.1(無作為標本・統計量・標本分布)
互いに独立で、どれも母集団分布に従う確率変数の組 X1,…,Xn を、大きさ n の無作為標本と呼ぶ。実際に取り出して得た数の組 x1,…,xn をその実現値と呼ぶ。X1,…,Xn だけから計算でき、未知の母数を含まない関数 T=g(X1,…,Xn) を統計量と呼び、統計量の分布を標本分布と呼ぶ。
標本平均 Xˉ=n1∑i=1nXi や不偏分散 S2=n−11∑i=1n(Xi−Xˉ)2、最大値 maxiXi は統計量である。一方、μ が未知のときの ∑i(Xi−μ)2 は、未知の母数 μ を含むので統計量ではない。統計量も確率変数の関数なので確率変数であり、その分布(標本分布)は「大きさ n の標本を取り出す実験を繰り返したら、T の値がどうばらつくか」を表す。実際に実験を繰り返す必要はなく、標本分布は X1,…,Xn の同時分布から計算で決まる。
大文字と小文字の区別は、この章から先の推定と検定で混乱を防ぐために守る。Xˉ は確率変数で、期待値や分散や「Xˉ>53 となる確率」を考えることができる。実現値 xˉ は1つの数で、確率を考える対象にならない。「標本平均が53を超える確率」という問いは、取り出す前の Xˉ について問うている。
標本平均の期待値と分散
定理 8.2(標本平均の期待値と分散)
X1,…,Xn を、平均 μ・分散 σ2 の母集団からの無作為標本とする。このとき
E[Xˉ]=μ,V[Xˉ]=nσ2(8.2)
である。Xˉ の標準偏差 σ/n を、Xˉ の標準誤差と呼ぶ。
証明
期待値は線形性(第4章)から E[Xˉ]=n1∑iE[Xi]=n1⋅nμ=μ である。分散は、Xˉ−μ=n1∑i(Xi−μ) と書いて2乗を展開する。n 個の和の2乗は、添字が等しい n 個の項(対角項)と、添字が異なる n(n−1) 個の項(非対角項)に分かれ、
V[Xˉ]=E[(n1i=1∑n(Xi−μ))2]=n21{i=1∑nE[(Xi−μ)2]+i=j∑E[(Xi−μ)(Xj−μ)]}
となる。対角項はそれぞれ V[Xi]=σ2 である。非対角項は Cov(Xi,Xj) で、Xi と Xj が独立なので E[(Xi−μ)(Xj−μ)]=E[Xi−μ]E[Xj−μ]=0 になる。よって V[Xˉ]=n21⋅nσ2=nσ2 である。
落とし穴
分散の計算で2乗を展開するときは、対角項 n 個と非対角項 n(n−1) 個を最後まで組で追う。片方だけを消すと、分散の主要な部分である対角項の和 nσ2 が落ちる。また、μ は値の目盛りの原点を決めるだけの定数で、V[Xi−μ]=V[Xi] のとおり分散は μ によらない。Xˉ や n1∑(Xi−μ) の分散の最終的な式に μ が残ったら、それは展開のどこかに誤りがある証拠である。
式 (8.2) の2つの式は、意味が違う。E[Xˉ]=μ は「標本平均は平均的には母平均に一致し、系統的にずれない」ことを表す。V[Xˉ]=σ2/n は「そのぶれの大きさは n に反比例して小さくなる」ことを表し、標準誤差は n に反比例する。
精度(標準誤差)を半分にするには標本を4倍にしなければならない、という事実もこの式から読める。定理 8.2 は独立性と平均・分散だけを使っており、母集団分布の形(正規分布かどうか)には触れていない。
戻さない抽出と有限母集団修正
有限母集団から個体を戻さずに取り出す抽出(非復元抽出)では、同じ個体が2度選ばれることはない。この場合も、対称性から各 Xi の分布は母集団分布のままで、E[Xi]=μ、V[Xi]=σ2 である(i 回目に特定の個体が選ばれる確率は、何回目であっても 1/N)。ただし X1,…,Xn は独立でなくなる。1回目に大きな値が出ると、残りの個体の平均が下がるからである。
定理 8.3(非復元抽出での標本平均の分散)
大きさ N の有限母集団から大きさ n の標本を非復元で無作為に取り出すと、i=j について
Cov(Xi,Xj)=−N−1σ2(8.3)
であり、
E[Xˉ]=μ,V[Xˉ]=nσ2⋅N−1N−n(8.4)
となる。因子 N−1N−n を有限母集団修正と呼ぶ。
証明
対称性から、i=j の共分散 Cov(Xi,Xj) は組 (i,j) によらない値 c になる。c を決めるために、母集団の全員を取り出し切る場合 n=N を考える。このとき X1+⋯+XN は全個体の値の和 ∑jvj に等しい定数なので、分散は 0 である。一方、和の分散を対角項と非対角項に分けると
0=V[i=1∑NXi]=i=1∑NV[Xi]+i=j∑Cov(Xi,Xj)=Nσ2+N(N−1)c
となり、c=−σ2/(N−1) が得られる。共分散の値は n によらないので、大きさ n の標本でも同じ値である。よって大きさ n の標本について
V[Xˉ]=n21{nσ2+n(n−1)c}=nσ2(1−N−1n−1)=nσ2⋅N−1N−n.□
母集団の値が0か1だけで、1の個体が M 個ある場合、∑iXi は第5章 §5.4 の超幾何分布に従う。そのとき σ2=p(1−p)(p=M/N)で、式 (8.4) に n2 を掛けた V[∑Xi]=np(1−p)N−1N−n は第5章で求めた超幾何分布の分散と一致する。N が n に比べて十分大きければ修正は 1 に近く、戻すか戻さないかの区別は無視することができる。抜き取る割合 n/N がおよそ5%を超えるときは修正をかける。
例題 8.1 4個の母集団からの標本平均の分布を数え上げる ★★★
オリジナル4つの世帯の人数が 1,2,4,5 人である母集団から、大きさ 2 の標本を取り出す。
- 母平均 μ と母分散 σ2 を求めよ。
- 復元抽出のとき、Xˉ の分布を表にし、E[Xˉ] と V[Xˉ] を求めて定理 8.2 と照合せよ。
- 非復元抽出のとき、Xˉ の分布を求め、V[Xˉ] を定理 8.3 と照合せよ。
解答
(1) μ=(1+2+4+5)/4=3、σ2={(−2)2+(−1)2+12+22}/4=10/4=2.5 である。
(2) 1回目と2回目の個体の組は 4×4=16 通りで、どれも確率 1/16 である。平均の値ごとに組の数を数えると次の表になる。
| xˉ | 1 | 1.5 | 2 | 2.5 | 3 | 3.5 | 4 | 4.5 | 5 |
| 組の数 | 1 | 2 | 1 | 2 | 4 | 2 | 1 | 2 | 1 |
xˉ=3 になる組は (1,5),(5,1),(2,4),(4,2) の4通りである。分布は 3 について左右対称なので E[Xˉ]=3=μ である。(xˉ−3)2×(組の数) を足すと 4+4.5+1+0.5+0+0.5+1+4.5+4=20 で、V[Xˉ]=20/16=1.25 となる。これは σ2/n=2.5/2=1.25 に一致する。
(3) 同じ個体を2度選ばないので、選び方は順序を区別しなければ (24)=6 通りで、どれも確率 1/6 である。組と平均は {1,2}:1.5、{1,4}:2.5、{1,5}:3、{2,4}:3、{2,5}:3.5、{4,5}:4.5 で、平均の和は 18、E[Xˉ]=3 である。(xˉ−3)2 の和は 2.25+0.25+0+0+0.25+2.25=5 で、V[Xˉ]=5/6=0.8333 となる。定理 8.3 では
nσ2⋅N−1N−n=1.25×4−14−2=1.25×32=0.8333
で一致する。復元抽出では (1,1) や (5,5) のような両端の組が入るので、非復元抽出より分散が大きい。
確認テスト
オリジナル
- 8.1-1 X1,…,Xn を平均 μ・分散 σ2(ともに未知)の母集団からの無作為標本とする。次のうち統計量であるものをすべて選べ。(a) Xˉ (b) maxiXi−miniXi (c) ∑i(Xi−μ)2 (d) (Xˉ−μ)/(σ/n) (e) n1∑iXi2
- 8.1-2 8.1-1 と同じ無作為標本(n≥3)について、T=2X1−X2+3X3 の期待値と分散を求めよ。また D=Xˉ−X1 について、Cov(Xˉ,X1) を計算してから V[D] を求めよ。
- 8.1-3 5個の製品のうち3個が合格品(値1)、2個が不合格品(値0)である母集団から、3個を戻さずに取り出す。合格品の割合 Xˉ の分散を定理 8.3 で求め、(35)=10 通りの数え上げでも確かめよ。
- 8.1-4 無作為標本について、すべての i で Cov(Xˉ, Xi−Xˉ)=0 であることを示せ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com