数理統計 第5章 §5.1 ★★ 無作為標本・統計量の定義と、平均・分散・積率母関数による標本分布の計算
推定量や検定統計量は、データ X1,…,Xn の関数である。データが確率変数なので、その関数もまた確率変数になり、分布を持つ。この分布を標本分布と呼ぶ。第6章以降の推定・検定・区間推定は、すべて「この統計量はどういう分布に従うか」が分かって初めて数値の判断ができるので、この章は後の章すべての前提になる。
この章で作る道具は次の3種類である。
- 正規母集団での厳密な分布。標本平均 Xˉ と不偏分散 S2 を扱う。2つが独立であることと、(n−1)S2/σ2 が χn−12 に従うことを示す。そこから t 分布と F 分布が出てくることを、密度の形まで自分の手で導く。
- 厳密な分布が求まらないときの近似。大数の法則・中心極限定理・Slutsky の定理・デルタ法を使い、n→∞ での分布を求める。
- 順序統計量(最小値・最大値・中央値など)の分布。厳密な密度と、適当に拡大したときの極限分布を求める。
資格試験の数理の科目では、2025年に「台の端が未知母数で決まる分布の最小値について、厳密分布を求め、n 倍して極限分布を求め、そこから信頼区間を作る」問題(統計数理 問2 の題材)と、「単回帰の推定量から χ2 と正規を組み合わせて標本相関係数の密度を出す」問題(統計数理 問3 の題材)が出た。前者は §5.4、後者は §5.2 の手続きを使う。
この章で使う分布の記号は次のとおりとする(β は尺度)。
Ex(λ): λe−λx (x>0),Ga(α,β): Γ(α)βαxα−1e−x/β (x>0).
第3章で定めた分布の性質のうち、ここで使うものは次の3つである。
E[X]=αβ,V[X]=αβ2,MX(t)=E[etX]=(1−βt)−α (t<1/β)(X∼Ga(α,β)),(5.1)
また Ex(λ)=Ga(1,1/λ) である。積率母関数 MX(t) が0の近くで存在して一致すれば分布が一致する、という第2章の一意性定理も繰り返し使う。
無作為標本と統計量
定義 5.1(無作為標本・統計量・標本分布)
確率変数 X1,…,Xn が互いに独立で、どれも同じ分布 F に従うとする。これを分布 F からの大きさ n の無作為標本(i.i.d. 標本)と呼ぶ。分布 F を母集団分布という。
X1,…,Xn の関数 T=T(X1,…,Xn) で、未知の母数を含まないものを統計量と呼ぶ。統計量 T の分布を標本分布と呼ぶ。
統計量の定義で「未知の母数を含まない」と断る理由は、データを観測したあとで T の値が計算できなければ推定にも検定にも使えないからである。たとえば母平均 μ が未知のとき、Xˉ−μ は統計量ではない。一方 Xˉ−μ の分布が μ によらない、というような性質は信頼区間を作るときに使い(第8章)、そうした量はピボットと呼ばれる。
代表的な統計量は、標本平均と不偏分散
Xˉ=n1i=1∑nXi,S2=n−11i=1∑n(Xi−Xˉ)2(5.2)
である。
標本平均と不偏分散の期待値
命題 5.2(標本平均と不偏分散の期待値)
母集団分布の平均を μ、分散を σ2<∞ とする。母集団分布の形によらず
E[Xˉ]=μ,V[Xˉ]=nσ2,E[S2]=σ2.
証明
期待値の線形性から E[Xˉ]=n1∑E[Xi]=μ。独立性から共分散が消えるのでV[Xˉ]=n21∑V[Xi]=σ2/n。
不偏分散については、まず展開して
i=1∑n(Xi−Xˉ)2=i=1∑nXi2−2Xˉi=1∑nXi+nXˉ2=i=1∑nXi2−nXˉ2(5.3)
を得る。E[Xi2]=V[Xi]+(E[Xi])2=σ2+μ2、E[Xˉ2]=V[Xˉ]+(E[Xˉ])2=σ2/n+μ2 を代入すると
E[∑(Xi−Xˉ)2]=n(σ2+μ2)−n(nσ2+μ2)=(n−1)σ2.
両辺を n−1 で割れば E[S2]=σ2。
n でなく n−1 で割る理由は、この計算に表れている。Xˉ はデータに最も近くなるように選ばれた中心である。そのため ∑(Xi−Xˉ)2 は、真の μ のまわりの平方和より小さくなる。小さくなる量の期待値がちょうど σ2 の1個分であり、これを n−1 で割ることで補う。
積率母関数による和の分布
独立な確率変数の和の分布は、積率母関数を使うと掛け算で求まる。X1,…,Xn が独立なら
MX1+⋯+Xn(t)=E[etX1⋯etXn]=i=1∏nMXi(t)(5.4)
で、同じ分布なら MX(t)n になる。右辺が既知の分布の積率母関数の形をしていれば、一意性定理によって和の分布が決まる。こうして示せる「同じ族の独立な和がまた同じ族に入る」性質を再生性と呼ぶ。代表的なものを並べる(いずれも積率母関数を掛けるだけで確かめられる)。
- 二項分布(M(t)=(1−p+pet)m):
Bin(m,p)+Bin(n,p)=Bin(m+n,p).
- ポアソン分布(M(t)=exp{λ(et−1)}):
Po(λ1)+Po(λ2)=Po(λ1+λ2).
- 正規分布(M(t)=exp(μt+σ2t2/2)):
N(μ1,σ12)+N(μ2,σ22)=N(μ1+μ2,σ12+σ22).
Ga(α1,β)+Ga(α2,β)=Ga(α1+α2,β).
ここで「+」は独立な確率変数の和の分布を表す。正規分布については、さらに定数倍も正規分布になるので、Xˉ∼N(μ,σ2/n) が直ちに従う。
落とし穴
再生性は「同じ族」で「必要な母数がそろっている」ときに限る。ガンマ分布の和は尺度 β が等しいときにだけガンマ分布になる。二項分布も成功確率 p が等しいときに限る。尺度の違う指数分布の和は、ガンマ分布ではない(密度は指数関数の差の形になる)。
例題 5.1 指数分布の標本と 1/Xˉ の期待値 ★★
オリジナル分布 Ex(λ) を考える。X1,…,Xn をその無作為標本とし、n≥3 とする。
- T=∑i=1nXi の分布を求めよ。
- E[1/Xˉ] と V[1/Xˉ] を求めよ。
- λ の不偏推定量を、定数倍 c/Xˉ の形で求めよ。
解答
- Xi の積率母関数は、t<λ で次のようになる。
M(t)=∫0∞etxλe−λxdx=λ−tλ=(1−λt)−1.
独立なので MT(t)=(1−t/λ)−n である。これは (5.1) で α=n、β=1/λ とした形である。よって T∼Ga(n,1/λ) で、密度は
fT(s)=Γ(n)λnsn−1e−λs(s>0).
2. 1/Xˉ=n/T である。したがって E[T−1] と E[T−2] を求めればよい。ガンマ関数の積分
∫0∞sa−1e−λsds=λaΓ(a)
を使うと
E[T−1]=Γ(n)λn∫0∞sn−2e−λsds=Γ(n)λn⋅λn−1Γ(n−1)=n−1λ,
E[T−2]=Γ(n)λn⋅λn−2Γ(n−2)=(n−1)(n−2)λ2.
ここで Γ(n)=(n−1)Γ(n−1)=(n−1)(n−2)Γ(n−2) を使った。n≥3 は E[T−2] の積分が収束するための条件である。したがって
E[Xˉ1]=n−1nλ,V[Xˉ1]=n2{(n−1)(n−2)λ2−(n−1)2λ2}=(n−1)2(n−2)n2λ2.
3. E[c/Xˉ]=cnλ/(n−1)=λ より c=(n−1)/n。不偏推定量は (n−1)/(nXˉ)=(n−1)/T である。
1/Xˉ は第6章で求める λ の最尤推定量であり、この計算はそれが上向きに偏ることを示している。偏りは λ/(n−1) で、n→∞ で0になる。
確認テスト
オリジナル
- 5.1-1 X1,…,Xn を N(μ,σ2) からの無作為標本とする。μ は未知、σ2 は既知とする。(a) ∑(Xi−Xˉ)2/σ2、(b) n(Xˉ−μ)/σ のそれぞれが統計量かどうかを答えよ。
- 5.1-2 X1,…,X4 を Po(0.5) からの無作為標本とする。P(Xˉ≤1/4) を求めよ。
- 5.1-3 分散 σ2<∞ の分布からの無作為標本を考える。各 i について Cov(Xˉ,Xi−Xˉ)=0 を示せ。
- 5.1-4 X1,…,Xn を一様分布 U(0,θ) からの無作為標本とする。2Xˉ が θ の不偏推定量であることを示し、その分散を求めよ。
- 5.1-5 X1,…,Xn を成功確率 p のベルヌーイ分布からの無作為標本とする。E[Xˉ(1−Xˉ)] を求め、p(1−p) の不偏推定量を1つ作れ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com