数理統計 第12章 §12.3 ★ 停止時刻での期待値を計算する道具。破産問題を解き直し、尤度比の列の大きさを抑える不等式を導く
定義と例
観測される確率変数の列を X1,X2,… とする。時刻 n までの情報を Fn=σ(X1,…,Xn) と書く。これで条件付けるとは、X1,…,Xn の値を与えて条件付けることを指す。
定義 12.9(マルチンゲール)
確率変数の列 {Mn}n≥0 が次の3条件を満たすとき、{Fn} に関するマルチンゲールと呼ぶ。
- (i) 各 Mn は X1,…,Xn の関数である。
- (ii) E[∣Mn∣]<∞。
- (iii) E[Mn+1∣Fn]=Mn。
(iii) の等号を ≥ に変えたものを劣マルチンゲールと呼ぶ。≤ に変えたものを優マルチンゲールと呼ぶ。
条件 (iii) は「現在までの情報をすべて使っても、次の値の予測は現在の値のままである」という意味である。両辺の期待値をとると E[Mn+1]=E[Mn] である。よって E[Mn]=E[M0] がすべての時刻で成り立つ。
ランダム・ウォークから作るマルチンゲール
§12.2 の単純ランダム・ウォーク Sn について、次の3つはマルチンゲールである。
- Mn=Sn−n(p−q)。実際、
E[Mn+1∣Fn]=Sn+E[Xn+1]−(n+1)(p−q)=Sn−n(p−q).
2. Mn=rSn(r=q/p)。実際、
E[rSn+1∣Fn]=rSnE[rXn+1]=rSn(p⋅pq+q⋅qp)=rSn(q+p)=rSn.
3. p=1/2 のとき Mn=Sn2−n。次の計算から従う。
E[Sn+12∣Fn]=Sn2+2SnE[Xn+1]+E[Xn+12]=Sn2+1.
統計学で最も重要な例は尤度比の列である。X1,X2,… が密度(または確率関数)f から独立に得られるとする。別の密度 g との尤度比
Λn=i=1∏nf(Xi)g(Xi)(Λ0=1)(12.10)
を考える(f>0 の範囲で g が定義されているとする)。真の密度が f のもとで、次の2式が成り立つ。
Ef[f(X)g(X)]Ef[Λn+1∣Fn]=∫f(x)g(x)f(x)dx=∫g(x)dx=1,=ΛnEf[f(Xn+1)g(Xn+1)]=Λn.
よって尤度比の列は、f のもとでマルチンゲールである。帰無仮説 H0:f が正しいとき、対立仮説に有利な証拠の大きさ Λn は、平均すると増えも減りもしない。
停止時刻と任意抽出定理
定義 12.10(停止時刻)
非負整数(または ∞)の値をとる確率変数 τ を考える。各時刻の事象 {τ=n} が、X1,…,Xn だけで決まるとする。このとき τ を停止時刻と呼ぶ。
「初めて 0 か N に達した時刻」は、そこまでの値を見れば判定できるので停止時刻である。一方「最後に 0 にいた時刻」は、未来を見ないと判定できないので停止時刻でない。
定理 12.11(任意抽出定理 ★)
{Mn} をマルチンゲール、τ を停止時刻とする。次のいずれかが成り立つとき、E[Mτ]=E[M0] である。
- τ≤K(定数)である。
- P(τ<∞)=1 である。さらに定数 K があって、常に ∣Mmin(n,τ)∣≤K である。
証明
(1) 停止時刻までの増分だけを足すと、次のように書ける。
Mτ=M0+k=1∑K(Mk−Mk−1)1{τ≥k}.
事象 {τ≥k}={τ≤k−1}c は、X1,…,Xk−1 だけで決まる。よって
E[(Mk−Mk−1)1{τ≥k}]=E[1{τ≥k}E[Mk−Mk−1∣Fk−1]]=0
である。和をとれば E[Mτ]=E[M0]。
(2) min(n,τ) は有界な停止時刻なので、(1) から E[Mmin(n,τ)]=E[M0]。P(τ<∞)=1 なので、確率1で Mmin(n,τ)→Mτ である。∣Mmin(n,τ)∣≤K なので、有界収束定理から極限と期待値を交換できる。よって E[Mτ]=E[M0] を得る。
条件を外すと結論は成り立たない。対称ランダム・ウォークで τ=min{n:Sn=1} とする。定理 12.8 と同じ議論で P(τ<∞)=1 だが、E[Sτ]=1=0=E[S0] である。Smin(n,τ) は下に有界でないので、条件2を満たさない。
定理 12.12(Wald の等式 ★)
次の2つを仮定する。
- X1,X2,… が独立同分布で、E[∣X1∣]<∞。
- τ が停止時刻で、E[τ]<∞。
このとき Sτ=X1+⋯+Xτ について、E[Sτ]=E[τ]E[X1] である。
証明
Sτ=∑k≥1Xk1{τ≥k} である。事象 {τ≥k} は X1,…,Xk−1 だけで決まる。よって Xk と独立で、
E[∣Xk∣1{τ≥k}]=E[∣X1∣]P(τ≥k).
∑kP(τ≥k)=E[τ]<∞ なので絶対収束し、和と期待値を交換できる。
E[Sτ]=k∑E[X1]P(τ≥k)=E[X1]E[τ].
例題 12.4 マルチンゲールで解く破産問題 ★
オリジナル原点から出発する対称ランダム・ウォークを考える。a,b を正の整数とする。高さ −a または b に初めて達した時刻で止める。この時刻を τ とする。
- P(τ<∞)=1 を示せ。
- P(Sτ=b) を、マルチンゲール Sn に任意抽出定理を使って求めよ。
- E[τ] を、マルチンゲール Sn2−n を使って求めよ。a=3、b=5 での値も求めよ。
解答
(1) a+b 歩続けて上に進むと、どこから出発していても区間 (−a,b) を出る。連続する a+b 歩ずつの区切りは独立である。各区切りで全部上に進む確率は 2−(a+b) なので、m→∞ で
P(τ>m(a+b))≤(1−2−(a+b))m→0.
(2) 停止するまでは −a≤Sn≤b なので、∣Smin(n,τ)∣≤max(a,b) である。よって定理 12.11 の条件2を満たす。h=P(Sτ=b) とすると、
E[Sτ]=bh−a(1−h)=E[S0]=0
から h=a/(a+b)。これは (12.7) で、出発点を a、目標を N=a+b に平行移動したものと一致する。
(3) Sn2−n に定理 12.11(1) を、有界な停止時刻 min(n,τ) で使う。すると E[Smin(n,τ)2]=E[min(n,τ)]。n→∞ での両辺の極限は次のとおりである。
- 左辺は、Smin(n,τ)2≤max(a,b)2 の有界収束定理により E[Sτ2] に収束する。
- 右辺は、単調収束定理により E[τ] に収束する。
よって
E[τ]=E[Sτ2]=b2a+ba+a2a+bb=a+bab(a+b)=ab.
a=3、b=5 なら次のとおりである。
P(Sτ=5)=83,E[τ]=15.
最大不等式と逐次検定
定理 12.13(非負マルチンゲールの最大不等式 ★)
{Mn} を非負のマルチンゲールとする。任意の c>0 と n について
P(0≤k≤nmaxMk≥c)≤cE[M0](12.11)
が成り立つ。右辺は n によらない。よって n→∞ として、P(supkMk≥c)≤E[M0]/c も成り立つ。
証明
σ=min{k:Mk≥c} とし、ρ=min(σ,n) とおく。これは n 以下の停止時刻なので、定理 12.11(1) から E[Mρ]=E[M0]。
- maxk≤nMk≥c のときは σ≤n である。よって Mρ=Mσ≥c。
- そうでないときも、非負性から Mρ≥0 である。
よって E[M0]=E[Mρ]≥cP(maxk≤nMk≥c) となる。
これを尤度比 (12.10) に当てはめる。E[Λ0]=1 なので、次を得る。
Pf(ある n で Λn≥1/α)≤α.
データを1つ得るたびに尤度比を計算し、1/α を超えた時点で帰無仮説を棄却する手続きを考える。いつ止めるかをデータを見ながら決めても、第1種の誤りの確率は α 以下に保たれる。
これは Wald の逐次確率比検定(SPRT)で、棄却の境界を 1/α に置いたものに当たる。固定した標本サイズでの検定を何度も繰り返す場合とは違い、この保証は観測を続ける回数に上限を置かなくても成り立つ。
確認テスト
オリジナル
- 12.3-1 対称ランダム・ウォークについて、Mn=Sn2−n がマルチンゲールであることを示せ。
- 12.3-2 p=q の単純ランダム・ウォークを考える。rSn(r=q/p)がマルチンゲールであることを使う。破産問題の確率 (12.7)(非対称の場合)を、任意抽出定理から導け。
- 12.3-3 公正なさいころを、初めて6の目が出るまで振る。出た目の合計の期待値を Wald の等式で求めよ。
- 12.3-4 公正な硬貨を投げ、次のようにおく。
Mn=2n1{最初の n 回がすべて表}.
Mn がマルチンゲールで E[Mn]=1 であることを示せ。しかし確率1で Mn→0 となることを示し、極限と期待値が交換できない理由を述べよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com