物理のための微分幾何入門 第8章 §8.4 ★★★ Gauss 曲率は住人が自分の面の中だけで測れる。地図が必ず歪むこと、薄い板の曲がり方、一般相対論の出発点がここから出る
定理と証明
ここまでの準備で、驚異の定理はほとんど1行で示せる。
定理 8.11(驚異の定理(Theorema Egregium)★★★)
曲面の Gauss 曲率 K は内在的である。具体的には、(8.12) の R1212 を使って次のように書ける。
K=gR1212=EG−F2R1212(8.17)
右辺は gij とその2階までの導関数だけで決まる。したがって、局所等長写像で対応する点の Gauss 曲率は等しい。
証明
(8.1) の定義と Gauss の方程式の2次元の形 (8.15) から次の式を得る。
K=EG−F2LN−M2=EG−F2R1212
R1212=g1mRm212 は、(8.12) により Christoffel 記号とその1階導関数で書ける。Christoffel 記号は定理 8.7 により gij とその1階導関数で書ける。したがって R1212 は、gij とその2階までの導関数で書ける。最後の主張は、内在的な量が局所等長写像で保たれること(§8.1)による。
定理の意外さは定義を見比べると分かる。K=κ1κ2 の因子 κ1,κ2 は、それぞれ単独では内在的でない。円柱の κ1=1/a は、平面の対応する主曲率 0 と違うからである。
ところが積をとると、法線の向きに依存する部分が消えて、計量だけで決まる量が残る。平均曲率 H=(κ1+κ2)/2 にはこれが起きない。
直交座標系での公式
実際の計算には、直交座標系(F=0)での明示的な式が便利である。(8.12) で (l,i,j,k)=(1,2,1,2) とし、(8.10) を入れて展開する。
R1212=∂uΓ122−∂vΓ112+Γ111Γ122+Γ112Γ222−Γ121Γ112−Γ122Γ212=−2EGuu+2E2EuGu−2EEvv+2E2Ev2−4E2EuGu+4EGEvGv−4E2Ev2+4EGGu2=−2EEvv+Guu+4E2EuGu+Ev2+4EGEvGv+Gu2.
2行目の各項は、1行目の6項を順に計算したもので、はじめの2項は商の微分から2項ずつ出る。
直交座標系では R1212=ER1212 と g=EG が成り立つ。したがって K=R1212/G となる。これを整理すると、次の見通しのよい形にまとまる(展開して上の式と一致することは verify で確かめてある)。
K=−2EG1[∂u∂(EGGu)+∂v∂(EGEv)](8.18)
よく使う2つの特別な場合を挙げる。E=1, G=ρ(u)2 の回転面型の計量では、EG=ρ, Gu/EG=2ρ′ なので次の式になる。
K=−ρρ′′(8.19)
E=G=λ(u,v) の等角な計量では EG=λ である。平面の Laplace 作用素 Δ=∂u2+∂v2 を使うと、次のように書ける(確認テスト 8.4-4)。
K=−2λ1Δlogλ(8.20)
例:定数曲率の3つの面
(8.19) を ds2=du2+ρ(u)2dv2 に当てはめる。
- ρ=asin(u/a) では K=−ρ′′/ρ=1/a2 となる。これは半径 a の球面である。
- ρ=u では K=0 となる。これは平面の極座標である。
- ρ=coshu では K=−ρ′′/ρ=−1 となる。これは負の定曲率の面で、第11章の双曲平面と同じ幾何を持つ。
3つめの計量は外の空間の形を何も指定していないが、Gauss 曲率はそれでも決まる。
地球の平面地図は必ず歪む
系 8.12(縮尺が一定の地図は存在しない)
半径 R の球面のどんな小さな部分も、平面の一部へ局所等長写像で移すことはできない。定数 c>0 について、長さをすべて c 倍する写像も存在しない。
証明
球面の Gauss 曲率は 1/R2 で、平面の Gauss 曲率は 0 である。局所等長写像があれば定理 8.11 により両者は等しくなるので、矛盾する。
長さを c 倍する写像は、計量を c2gij に取り替えた球面からの局所等長写像である。(8.8) の右辺は gij を定数倍しても変わらないので、Christoffel 記号は変わらない。
そのため R1212=g1mRm212 は c2 倍になる。行列式 g は c4 倍になる。したがって Gauss 曲率は 1/(c2R2)=0 となり、やはり平面と一致しない。
この系により、地図を作る人は何かを諦めなければならない。角を保つ地図(等角図法)、面積を保つ地図(正積図法)、ある1点からの距離を保つ地図(正距方位図法)はそれぞれ作れる。しかし長さを全部保つ地図は作れない。
Mercator 図法の計量
航海用の地図として 1569 年に G. Mercator が発表した図法は、角を保つ地図の代表である。角が保たれると、羅針盤で一定の方位を保って進む航路(等角航路)が地図の上で直線になる。この性質が航海で重宝された理由である。
(8.3) から出発する。経度方向は x=Rφ とする。緯度方向の座標 y は、計量が dx2+dy2 の関数倍になるように選ぶ。(8.3) を cos2ψ でくくると、次のように書ける。
ds2=cos2ψ(cos2ψR2dψ2+R2dφ2)
したがって dy=Rdψ/cosψ とおけばよい。
これを ψ=0 で y=0 として積分する。
y=R∫0ψcosψ′dψ′=Rlogtan(4π+2ψ),ds2=cos2ψ(dx2+dy2)(8.21)
cosh(y/R)=1/cosψ が成り立つ(確認テスト 8.4-3 の解答で示す)。したがって係数 λ=cos2ψ=1/cosh2(y/R) は、y だけの関数である。

図 8.3 Mercator 図法の経緯線網。緯線の間隔は (8.21) の y で決まり、高緯度ほど広がる。赤い円は地球の上で同じ大きさの小円の像で、半径は 1/cosψ 倍に、面積は 1/cos2ψ 倍になる。等角なので円は円のまま写り、一定の方位の航路は直線になる。
Mercator 図法は角を保つので、小さな円は円のまま写る(図 8.3)。しかし (8.21) の係数 cos2ψ が場所によって変わるので、縮尺は一定でない。系 8.12 により、これはどんな工夫をしても避けられない。
例題 8.4 Mercator 図法の曲率と縮尺 ★★
オリジナル
- 計量 (8.21) の Gauss 曲率を (8.20) で計算し、1/R2 になることを確かめよ。
- 地図の上の長さと地球の上の長さの比(縮尺の倍率)を緯度 ψ の関数で表せ。
- 地球の半径を R=6371km とする。北緯 60∘ と北緯 72∘ での長さの倍率と面積の倍率を求めよ。
解答
1. λ=1/cosh2(y/R) なので logλ=−2logcosh(y/R) である。これは横の座標によらない。y で2回微分する。
∂y∂logλ=−R2tanhRy,Δlogλ=∂y2∂2logλ=−R22cosh2(y/R)1=−R22λ
(8.20) に入れると K=−2λ1⋅(−R22λ)=R21 となり、球面の Gauss 曲率と一致する。
2. 地図の上の長さは dx2+dy2、地球の上の長さは ds=cosψdx2+dy2 である。比はどの方向でも同じで、次のようになる。
地球の上の長さ地図の上の長さ=cosψ1
方向によらないことが等角性の表れである。
3. 北緯 60∘ では 1/cos60∘=2 なので、長さは2倍、面積は4倍に写る。北緯 72∘ では 1/cos72∘≈3.236 なので、長さは約 3.24 倍、面積は約 10.5 倍に写る。倍率に R は入らないので、この結果は地球の大きさによらない。北緯 72∘ 付近にある陸地が Mercator 図法の地図で実際より大きく見えるのは、この面積の倍率による。
物理の例:ピザを折ると垂れない
切り分けたピザを手で持つと、先端が垂れ下がる。ところが、外側の縁(耳)を指で押して横向きに丸めると、先端は垂れずにまっすぐ伸びる(図 8.4)。これは驚異の定理の帰結として説明できる。

図 8.4 ピザの一切れ。(a) 平らな状態では K=0 である。(b) 耳を横向き(e1 の方向)に丸めると、その方向の主曲率が 0 でなくなる。(c) 生地が伸び縮みしなければ K=0 が保たれるので、先端へ向かう方向(e2)の主曲率は 0 のままで、先端は垂れない。
生地を薄い板とみなし、伸び縮みせずに曲がるだけと仮定する。伸び縮みしない変形は局所等長写像なので、驚異の定理により各点の K は平らなときの値 0 のまま保たれる。耳を横に丸めると、横方向の主曲率 κ1 が 0 でなくなる。K=κ1κ2=0 を保つには、もう一方の主曲率 κ2 が 0 でなければならず、先端へ向かう方向には曲がれない。
薄い板がほぼ等長に変形する理由
- ヤング率 Y、厚さ h の薄い板を考える。板をひずみ ε だけ伸ばすのに要るエネルギーは、単位面積あたり Yhε2 の程度である。
- 曲率半径 rc に曲げるのに要るエネルギーは、単位面積あたり Yh3/(12rc2) の程度である。
- 2つが等しくなるひずみは ε=h/(12rc) である。厚さ 3 mm の板を半径 5 cm に曲げる場合には ε≈0.017 となる。
- 薄い板では、少し伸ばすのと同じエネルギーで大きく曲げられる。重力程度の弱い力では、板は伸びずに曲がる変形を選ぶ。
波板やトタン屋根が一方向に波打たせてあるのも同じ理由による。波打たせた方向と直交する方向に曲げるには、板を伸ばす必要が生じるので、板は硬くなる。
物理の例:住人による曲率の測定
驚異の定理は、住人が曲率を測る手順も示唆する。曲面上の点 p から曲面に沿った距離が r の点の集まりを、測地円という。住人はその周の長さ C(r) を測ればよい。半径 R の球面では、測地円は北極を中心とする緯線に当たり、次の式になる。
C(r)=2πRsinRr=2πr(1−6R2r2+⋯)(8.22)
北極から曲面に沿って距離 r の緯線は、軸からの距離が Rsin(r/R) だからである。

図 8.5 測地円の周の長さと平面の値 2πr の比。球面では (8.22) により sin(r/R)/(r/R) となり、平面の値 1 より小さい。小さな r での減り方 r2/(6R2) から、住人は曲率 1/R2 を読み取れる。
(8.22) の補正項に現れる 1/R2 は Gauss 曲率そのものである。一般の曲面でも、点 p の Gauss 曲率を K として次の式が成り立つ(Bertrand–Diguet–Puiseux の定理)。
C(r)=2πr(1−6Kr2+O(r3))
証明には測地線を座標線にとる測地極座標が要るが、この巻では証明を省いて結果だけを使う。周の長さは住人が自分で測れる量なので、この式は驚異の定理の別の表れになっている。
例題 8.5 地球の上の円の周の不足と正距方位図法の歪み ★★
オリジナル地球を半径 R=6371km の球とみなす。
- ある点から地表に沿って半径 r=100km の円を描く。周の長さは 2πr よりどれだけ短いか。(8.22) の厳密な式と、2次の近似 πr3/(3R2) の両方で求めよ。
- 北極を中心とする正距方位図法は、北極からの距離と経度の組 (r,φ) を、平面の極座標 (r,φ) にそのまま写す。この地図で緯線の方向の長さが何倍になるかを r の関数で求め、赤道(r=πR/2)での値を出せ。
解答
1. r/R=100/6371≈0.015696 である。厳密な式では、周の不足は次のようになる。
2πr−2πRsinRr=2π(100−6371sin0.015696)km≈0.0258km
近似式では πr3/(3R2)=π×106/(3×63712)km≈0.0258km となる。どちらも約 26 m で、周の長さ約 628 km に対して 4×10−5 程度の不足である。2つの値は有効数字4桁で一致し、差は r5 の項の大きさ(10−7km 程度)である。
2. 北極を中心にとると、球面の計量は ds2=dr2+R2sin2(r/R)dφ2 である。地図の平面の計量は dr2+r2dφ2 である。半径方向(経線の方向)の長さは正しく、緯線の方向の長さの比は次のようになる。
Rsin(r/R)r
赤道では r/R=π/2 なので、比は π/2≈1.571 である。赤道の長さは地図の上で約 1.57 倍に伸びて写る。r→0 で比は 1 に近づき、北極の近くでは歪みが小さい。
一般相対論へ
驚異の定理の考え方は、外の空間を持たない時空に引き継がれる。4次元の時空を入れる5次元の「外」は物理的に存在しないので、時空の曲がりは計量だけから定義するしかない。(8.8) と (8.12) は、そのまま時空の Christoffel 記号と Riemann テンソルの定義になる。曲面の Gauss 曲率に当たる時空の曲がりが重力を表すことは、相対論入門 第8〜10章で扱う。
確認テスト
オリジナル
- 8.4-1 球面の一部と円柱の一部は局所等長になりうるか。円錐の一部と平面の一部はどうか。理由を1行で述べよ。
- 8.4-2 計量 ds2=du2+ρ(u)2dv2 の Gauss 曲率が −ρ′′/ρ になることを、(8.18) から導け。また、ρ=eu のときの K を求めよ。
- 8.4-3 Mercator 図法 (8.21) で cosh(y/R)=1/cosψ を示せ。長さの倍率が3倍になる緯度を求めよ。地球の半径を R=6371km とする。赤道から北緯 60∘ の緯線までの地図上の距離 y(縮尺を考えない値)と、地表に沿った実際の距離を比べよ。
- 8.4-4 (8.18) で E=G=λ とおいて (8.20) を導け。それを使って、確認テスト 8.2-3 の上半平面の計量の Gauss 曲率を求めよ。
- 8.4-5 半径 R の球面を考える。1点から曲面に沿った距離が r 以下の領域の面積 A(r) を求め、次の式を示せ。
A(r)=πr2(1−12R2r2+⋯)
R=6371km, r=100km のとき、平面の円の面積 πr2 との差を求めよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com