物理のための微分幾何入門 第8章 §8.1 ★★★ 第一基本形式だけで決まる量を「内在的」と呼び、それを保つ写像として局所等長を定める。章全体の問いの立て方
第7章では、曲面を3次元空間の中に置いた姿のまま調べた。第一基本形式は曲面の上で長さを測り、第二基本形式は曲面が法線の方向へどう曲がるかを測る。この2つを組み合わせて、主曲率・Gauss 曲率・平均曲率を作った。
この章で問うのは、曲面の上に住む2次元の住人が、外の空間を見ずに何を測れるかである。住人は曲面上の曲線の長さと、2本の曲線のなす角を測れる。つまり住人が知っているのは第一基本形式だけである。第二基本形式は外向きの法線を使って定義したので、住人には直接は見えない。
結論は C. F. Gauss が 1827 年に発表した驚異の定理(Theorema Egregium)である。Gauss 曲率は第二基本形式から定義したにもかかわらず、第一基本形式とその2階までの導関数だけで決まる。したがって住人は、自分の住む面が平らか曲がっているかを、外へ出ずに判定できる。
道筋は次のとおりである。§8.1 で「内在的な量」と「局所等長」を定義し、円柱と平面、地図の歪みを例に取る。§8.2 で座標基底の微分を分解して Christoffel 記号を導入し、それが計量だけで書けることを示す。§8.3 で2階微分の順序交換から Gauss の方程式と Codazzi の方程式を導き、§8.4 で驚異の定理を証明して物理と地図に応用する。
この章の結果は、あとの章でそのまま使う。Christoffel 記号は第9章の共変微分と第10章の測地線の方程式に入り、§8.3 の Gauss の方程式の左辺は第11章で Riemann テンソルとして一般の次元へ広げる。外の空間を持たない時空の曲がりを論じる一般相対論(相対論入門 第8〜10章)も、この章の考え方の上に立つ。
第7章から借りる記号を1回まとめて書いておく。曲面は r(u1,u2) と媒介変数で表し、(u1,u2)=(u,v) とも書く。添字の付いた ri は偏微分、2つ付いた rij は2階の偏微分を表す。和は第3章 §3.1 の総和規約で書く(添字は1と2を走る)。
gij=ri⋅rj,(E,F,G)=(g11,g12,g22),g=det(gij)=EG−F2,n=∣r1×r2∣r1×r2,hij=rij⋅n,(L,M,N)=(h11,h12,h22),K=det(gij)det(hij)=EG−F2LN−M2,H=21gijhij=2(EG−F2)EN−2FM+GL.(8.1)
逆行列の成分は gij と上付きで書く。法線 n の向きを反転すると、hij と平均曲率は符号を変える。Gauss 曲率 K は変わらない。
紙を丸めても長さは変わらない
長方形の紙を丸めて円柱にすることを考える。紙は伸び縮みしないので、紙に描いた線の長さも、2本の線のなす角も、囲んだ面積も変わらない。一方、3次元の中での形は大きく変わり、平らだった紙が円柱の側面になる。
この操作を式で書く。平面を r(u,v)=(u,v,0) と表すと E=1, F=0, G=1 である。半径 a の円柱を
r(u,v)=(acosau, asinau, v)(8.2)
と表すと、偏微分は ru=(−sin(u/a),cos(u/a),0) と rv=(0,0,1) である。したがって円柱でも E=1, F=0, G=1 になる。同じ (u,v) の点どうしを対応させると、平面と円柱は第一基本形式がまったく同じになる(図 8.1)。

図 8.1 長方形を丸めて円柱にする。格子の長さと角は変わらず、斜めの線分(赤)は円柱の上では螺旋になるが長さは同じである。第一基本形式は一致するが、平面は曲がらず円柱は曲がっているので、第二基本形式は一致しない。
局所等長と内在的な量
この観察を定義にする。2つの曲面の間の写像が曲線の長さを保つとき、2つの曲面は住人から見て区別できない。
定義 8.1(局所等長)
2つの曲面の間の滑らかな写像 f:S→S′ を考える。どの曲線についても像の長さがもとの長さと等しいとき、f を局所等長写像という。さらに f が全単射で逆も滑らかなら等長写像という。
曲面 S の各点の近くが、曲面 S′ のある部分へ局所等長写像で移せるとする。このとき S は S′ に局所等長であるという。
座標で書くと、この条件は第一基本形式の一致になる。S の座標 (u,v) を使う。像の点 f(r(u,v)) を、同じ座標の値で r′(u,v) と書く。これは S′ の上に「対応する点に同じ座標の値を振った」座標を入れることに当たる(第2章 §2.4 の押し出しで言えば、f∗ が座標基底を座標基底へ送る座標を選ぶことである)。
命題 8.2(局所等長の判定)
上の座標のもとで、f が局所等長写像であるための必要十分条件は、各点で gij′=gij が成り立つことである。ここで gij′=ri′⋅rj′ とする。
証明
曲線 t↦(u(t),v(t))(t0≤t≤t1)をとる。その長さと像の長さは次のとおりである。
ℓ=∫t0t1giju˙iu˙jdt,ℓ′=∫t0t1gij′u˙iu˙jdt
である。gij′=gij なら被積分関数が等しいので ℓ′=ℓ になる。
逆に、すべての曲線で長さが等しいとする。点 u0 と任意の向き ξ をとる。座標の直線 ui=u0i+tξi(0≤t≤ε)の長さを比べる。両辺を ε で割って ε→0 とすると、被積分関数の始点での値が一致する。
gij′ξiξj=gijξiξj
対称行列の2次形式がすべての ξ で一致するので、行列も一致する。実際、ξ=(1,0),(0,1),(1,1) を代入すれば g11′=g11, g22′=g22, g12′=g12 が順に出る。
定義 8.3(内在的な量)
曲面上の量が、ある座標での gij とその導関数だけから計算できるとき、その量を内在的であるという。
命題 8.2 から、内在的な量は局所等長写像で保たれる。対応する点の座標で gij′ と gij が関数として一致するので、その導関数も一致するからである。
命題 8.4(長さ・角・面積は内在的)
曲線の長さ、2本の曲線が交わる点でのなす角、領域の面積は内在的である。とくに局所等長写像で保たれる。
証明
長さは命題 8.2 の証明の式 ℓ=∫giju˙iu˙jdt で gij だけから計算できる。交点での2本の曲線の速度を riξi と rjηj とすると、なす角は次の式で決まる。
cosϑ=gijξiξjgklηkηlgijξiηj
座標の領域 D に対応する曲面の部分の面積は、第7章の面積要素を使って次のように書ける。
A=∬D∣ru×rv∣dudv=∬DEG−F2dudv
2つめの等号は Lagrange の恒等式 ∣a×b∣2=∣a∣2∣b∣2−(a⋅b)2 による。どの式にも gij しか現れない。
内在的でない量
平均曲率は内在的でない。円柱 (8.2) の主曲率は、円周の方向で 1/a、母線の方向で 0 である(法線の向きは内向きにとる)。したがって H=1/(2a) だが、局所等長な平面では H=0 である。第一基本形式が同じでも平均曲率が違うので、平均曲率は gij だけからは決まらない。
法曲率も同じ理由で内在的でない。円柱の円周方向の法曲率は 1/a だが、対応する平面の方向の法曲率は 0 である。一方、Gauss 曲率は円柱でも K=(1/a)⋅0=0 で平面と一致する。これが偶然でないことを §8.4 で示す。
地図の歪み
地図を作ることは、地球の表面(半径 R の球面の一部)から平面への写像を選ぶことである。緯度を ψ、経度を φ とすると、球面の第一基本形式は次のようになる。
ds2=R2dψ2+R2cos2ψdφ2(8.3)
理想の地図は縮尺が一定の地図であり、それは球面から平面への局所等長写像を定数倍したものである。
もっとも素朴な地図は、経度と緯度をそのまま平面の座標にする正距円筒図法 x=Rφ, y=Rψ である。平面の第一基本形式は dx2+dy2=R2dφ2+R2dψ2 になる。(8.3) と比べると、南北の長さは正しいが、東西の長さが 1/cosψ 倍に引き伸ばされる。極に近づくほど歪みは大きくなる。
別の写像を選べばこの歪みを消せるか、という問いが自然に出る。答えは「どう選んでも消せない」で、その証明が §8.4 の驚異の定理である。平面と円柱の場合と違い、球面と平面では Gauss 曲率が異なるからである。
例題 8.1 懸垂面と螺旋面は局所等長 ★★
オリジナル懸垂面 r(u,v)=(coshvcosu, coshvsinu, v) と、螺旋面 q(t,w)=(wcost, wsint, t) を考える。
- 懸垂面の第一基本形式を求めよ。
- 螺旋面で w=sinhs とおき、座標 (t,s) での第一基本形式を求めよ。
- 懸垂面の点 (u,v) を螺旋面の点 (t,s)=(u,v) へ送る写像が局所等長写像であることを示せ。
解答
1. 偏微分は次のとおりである。
ru=(−coshvsinu, coshvcosu, 0),rv=(sinhvcosu, sinhvsinu, 1)
内積を計算すると E=cosh2v である。F=−coshvsinhvsinucosu+coshvsinhvcosusinu=0 となる。G=sinh2v+1=cosh2v なので、ds2=cosh2v(du2+dv2) を得る。
2. w=sinhs を代入すると q=(sinhscost, sinhssint, t) になる。偏微分は次のとおりである。
qt=(−sinhssint, sinhscost, 1),qs=(coshscost, coshssint, 0)
内積は ∣qt∣2=sinh2s+1=cosh2s, qt⋅qs=0, ∣qs∣2=cosh2s である。したがって第一基本形式は cosh2s(dt2+ds2) となる。
3. 写像 (u,v)↦(t,s)=(u,v) のもとで、2つの第一基本形式は同じ関数 cosh2v(du2+dv2) になる。命題 8.2 により、この写像は局所等長写像である。
懸垂面の u は周期 2π の角度である。一方、螺旋面の t は周期を持たないので、懸垂面の1周は螺旋面の1巻き分に移る。全体の等長写像ではなく局所等長写像である理由はここにある。
確認テスト
オリジナル
- 8.1-1 局所等長写像で必ず保たれるものを次から選べ。(a) 曲線の長さ、(b) 2曲線のなす角、(c) 領域の面積、(d) 平均曲率、(e) 法曲率。
- 8.1-2 頂点の半角が α(0<α<π/2)の円錐を考える。
r(s,φ)=(ssinαcosφ, ssinαsinφ, scosα),s>0
この円錐の第一基本形式を求めよ。また、平面の極座標 (ρ,ϑ) への写像 ρ=s, ϑ=φsinα が局所等長写像であることを示せ。円錐を切り開いた扇形の中心角を求めよ。3. 8.1-3 正距円筒図法 x=Rφ, y=Rψ について、緯度 ψ の点で東西方向の長さが地図の上で何倍になるかを求めよ。緯度 45∘ と 60∘ での値を出せ。小さな領域の面積は何倍になるか。4. 8.1-4 局所等長写像が、交わる2本の曲線のなす角と、座標の小さな領域の面積を保つことを、命題 8.2 を使って示せ。
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