物理のための微分幾何入門 第9章 §9.5 ★★ ホロノミーの構造は、光の偏光と量子状態の位相にも現れる。Berry 位相は「位相を平行移動したときの一周のずれ」である
前の節の振り子の回転角は、緯線が囲む面積だけで決まり、地球が回る速さには依らなかった。ゆっくり一周させたときに、経路の幾何だけで決まるずれが残る現象を、幾何学的位相と呼ぶ。この節では、その2つの例を、平行移動の形に書き直すところまで扱う。計算の詳しい展開は第15章 §15.5 で行う。
ねじれた光ファイバーの中の偏光
まっすぐでない光ファイバーの中を進む光を考える。ファイバーに沿う長さを s、光の進む向きを t(s) と書く。ファイバーの曲がり方が光の波長に比べてゆるやかなとき、光は進む向きに垂直な偏光ベクトル E を持ったまま進む。E は進む向きに垂直であり続けるために向きを変えるが、それ以外には回らない(Rytov の法則)。
dsdE=−(E⋅dsdt)t.(9.27)
単位ベクトル t は単位球面の上の点とみなせ、その点での球面の接平面はちょうど t に垂直な平面である。したがって E は単位球面の接ベクトルで、(9.27) は Foucault の振り子の条件 (9.24) と同じ形をしている。つまり偏光ベクトルは、方向の球面の上で進む向きが描く曲線に沿って、平行移動される。
ファイバーの入口と出口で進む向きが同じなら、方向の球面の上の曲線は閉じている。偏光の回転角はそのホロノミーで、定理 9.12 から、曲線が囲む立体角に等しい(単位球面の Gauss 曲率は1)。A. Tomita と R. Y. Chiao は、らせん状に巻いた光ファイバーでこの回転を測り、立体角による予言と一致することを確かめた(1986年)。
例題 9.7 らせん状の光ファイバー ★★
オリジナル光ファイバーを円柱に巻きつけ、中心軸に対して一定の角 ϑ をなすらせんにする。らせんを1巻きした後の偏光の回転角の大きさを求めよ。
角が 30∘ の場合の数値も求めよ。
解答
らせんの接線は、中心軸に対して一定の角を保ちながら軸のまわりを1回転する。中心軸を北極の向きにとると、方向の球面の上で進む向きは余緯度 ϑ の緯線を一周する。偏光ベクトルはこの緯線に沿って平行移動されるので、例題 9.4 の結果が使える。
例題 9.4 の (3) で、半径を1、余緯度を ϑ とおく。ホロノミーの回転角は、2π を法として次の値である。
Δα=2π(1−cosϑ).
これは緯線が囲む極冠の立体角である。角が 30∘ なら、回転角は 2π(1−0.8660)≈0.842 rad、つまり約48.2度である。
回る向きはらせんの巻く向きで決まり、右巻きと左巻きで逆になる。N 回巻けば回転角は N 倍になり、ファイバーの長さや光の進む速さには依らない。
Berry 位相の形
量子力学では、パラメータ R(磁場の向きなど)に依るハミルトニアン H(R) を考える。各パラメータで、縮退のない固有状態 ∣n(R)⟩ と固有値 En(R) をとる。パラメータをゆっくり変えると、断熱定理により、状態は位相を除いて n 番目の固有状態に留まる。断熱定理の主張と条件は第15章 §15.5 で述べる。
位相を2つに分けて、状態を次の形に置く。
∣ψ(t)⟩=eiθn(t)eiγn(t)∣n(R(t))⟩,θn(t)=−ℏ1∫0tEndt′.
θn はエネルギーと時間で決まる動的な位相である。これを Schrödinger 方程式に代入すると、動的な位相の微分の項は、ハミルトニアンが固有状態に掛かって出る項と打ち消し合う。残るのは次の式である。
iℏ(iγ˙n∣n⟩+∣n˙⟩)≈0.
左から ⟨n∣ を掛けると γ˙n=i⟨n∣n˙⟩ を得る。パラメータが閉曲線 C を一周すると、γn は次の値だけ増える。
γn(C)=∮CAn⋅dR,An(R)=i⟨n(R)∣∇Rn(R)⟩.(9.28)
An を Berry 接続、γn(C) を Berry 位相と呼ぶ。
規格化の条件 ⟨n∣n⟩=1 を微分すると、⟨n∣∇n⟩ は純虚数になる。したがって Berry 接続は実数のベクトルである(確認テスト 9.5-1)。固有状態の位相は取り方に任意性があり、∣n⟩→eiχ(R)∣n⟩ と取り替えると An→An−∇χ となる。χ が一価なら閉曲線の線積分は変わらないので、Berry 位相は位相の取り方に依らない(確認テスト 9.5-2)。
この計算を、平行移動の言葉で読み直す。各パラメータでの「状態の位相の自由度」を、各点の接平面に当たるものとみなす。⟨n∣n˙⟩=0 になるように位相を選んで運ぶことが平行移動に当たり、一周して戻ったときの位相のずれ eiγn がホロノミーに当たる。Stokes の定理で書き直すと、Berry 位相は Berry 曲率 Ωn=∇R×An の、閉曲線が囲む面を通る流束になる。
表 9.1 曲面の平行移動と Berry 位相の対応 | 曲面の平行移動 | Berry 位相 |
| 各点に付いた空間 | 接平面 | 状態の位相 eiγ |
| 接続 | 接続1形式 ω12 | Berry 接続 An |
| 平行移動の条件 | α˙=−ω12(γ˙) | ⟨n∣n˙⟩=0 |
| 曲率 | −dω12=KdA | Berry 曲率 Ωn |
| ホロノミー | 回転角 ∬KdA | 位相 ∬Ωn⋅dS |
| 基底の取り替え | α→α−χ | An→An−∇χ |
たとえば、磁場の中のスピン 1/2 で磁場の向きをゆっくり一周させると、Berry 位相は磁場の向きが描く立体角の半分(符号つき)になる。光ファイバーの偏光の回転角が立体角そのものであったのと、同じ形の結果である。この計算と、Berry 曲率を閉曲面で積分した値が 2π の整数倍になること(Chern 数)は、第15章 §15.5 で扱う。
確認テスト
オリジナル
9.5-1 規格化の条件 ⟨n∣n⟩=1 から、⟨n∣∇Rn⟩ が純虚数であることを示せ。このことから Berry 接続が実数であることを結論せよ。
9.5-2 位相の取り替え ∣n⟩→eiχ(R)∣n⟩ で、Berry 接続が An→An−∇χ と変わることを示せ。さらに次の2つを確かめよ。
- (a) χ が一価なら、Berry 位相は変わらない。
- (b) χ が一周で 2π の整数倍だけ増えるなら、位相因子は変わらない。
9.5-3 中心軸と 45∘ をなすらせんに巻いた光ファイバーで、1巻きあたりの偏光の回転角の大きさを求めよ。
9.5-4 Berry 位相 (9.28) が、閉曲線をたどる速さ(パラメータの取り方)に依らないことを示せ。
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