物理のための微分幾何入門 第10章 §10.5 ★★ 光線は屈折率でつくる計量の測地線で、Snell の法則は Clairaut の関係の仲間である
光学的な計量
屈折率 n(x) の媒質では、光の速さは c/n である。光が経路 C を進むのにかかる時間は、次の光路長を c で割ったものになる。
L[C]=∫Cn(x)dl,dl2=dx2+dy2+dz2(10.19)
Fermat の原理は、光線が2点を結ぶ経路の中で光路長を停留させるものだ、という主張である。
(10.19) は、次の計量での曲線の長さそのものである。
g~ij=n(x)2δij(10.20)
定理 10.6 により、Fermat の原理は「光線は計量 n2δij の測地線である」と言い換えられる。この計量を光学的な計量と呼ぶ。
命題 10.13(光線の方程式)
光線をユークリッドの弧長 l で径数づけ、単位接ベクトルを t=dx/dl とする。光線は次の方程式に従う。
dld(ndldx)=∇n(10.21)
証明
補題 10.11 を g=δ、σ=lnn として使う。Γ=0 なので、追加項だけが残る。
Γ~kij=δki∂jlnn+δkj∂ilnn−δij∂klnn
アフィン径数には、光学的な計量の弧長、つまり光路長 τ(dτ=ndl)をとる。dx/dτ=t/n で、測地線の方程式は次のようになる。
n1dld(nt)+n22t(t⋅∇lnn)−n21∇lnn=0
両辺に n2 を掛け、ndld(t/n)=dldt−t(t⋅∇lnn) を使って整理する。
dldt+t(t⋅∇lnn)=∇lnn
両辺に n を掛けると、左辺は ndldt+tdldn=dld(nt) になる。右辺は ∇n になり、(10.21) を得る。
光学と力学の対応
光学的な計量 (10.20) と Jacobi 計量 (10.17) は、どちらも平らな計量に関数を掛けた形をしている。質量 m の質点では、Jacobi 計量は 2m(E−V)δ である。両者を見比べると、屈折率 n に運動量の大きさ ∣p∣=2m(E−V) が対応する。
| 光線 | 質点の軌道 |
| 計量 | n2δij | 2m(E−V)δij |
| 停留させる量 | 光路長 ∫ndl | 簡約作用 ∫∣p∣dl |
| 曲がる向き | n の大きい側 | V の小さい側(速い側) |
この対応は、Hamilton が幾何光学と力学を同じ形で書いたときの出発点である。光線の Hamilton 形式とアイコナール方程式は、虎の巻『解析力学から様々な理論分野を組み立てる』第2部第10章で扱う。
成層した媒質と Snell の法則
屈折率が高さ y だけに依存する媒質 n=n(y) を考える。光線の方程式 (10.21) の x 成分は、∂xn=0 なので保存則になる。
dld(ndldx)=0
光線が水平となす角を θ とすると、dx/dl=cosθ である。よって次の量が光線に沿って一定になる。
n(y)cosθ=C(10.22)
屈折率が境界面で跳ぶ場合も、境界をなめらかな変化の極限とみれば (10.22) がそのまま成り立つ。法線からの入射角 i=2π−θ で書けば、Snell の法則 n1sini1=n2sini2 である。(10.22) は、x 方向の平行移動の対称性から出た保存量で、回転面の Clairaut の関係 (10.11) と同じ仕組みで出てくる。球対称な媒質では、回転の対称性から同じ形の保存量が出る(確認テスト 10.5-4)。
例題 10.5 逃げ水(下位蜃気楼)の見積もり ★★
オリジナル夏の日に熱せられた路面の上では、空気の温度が路面に近いほど高い。屈折率は空気の密度にほぼ比例して、n−1∝1/T と変わる(圧力一定)。次の模型を考える。路面近くの温度 T=300 K で n−1=2.8×10−4 とし、温度は高さ1 m あたり30 K の割合で上に向かって下がるとする。
- 路面からの高さを y とし、n(0)≈1 とする。屈折率を n(y)2≈1+2αy の形に近似し、係数 α を求めよ。
- 光線の形が放物線になることを示せ。
- 路面すれすれ(y≈0)を水平に通った光線が、高さ h=1.5 m の目に入るとする。最下点から目までの水平距離と、目に入るときの角度を求めよ。
- 目にはこの光線がどの方向から来たように見えるか。空が路面に映って見える位置を求めよ。
解答
- n−1∝1/T を温度で微分すると dn/dT=−(n−1)/T である。高さで微分すると、温度勾配 dT/dy=−30 K/m から次の値を得る。
α≈dydn=−Tn−1dydT=300 K2.8×10−4×30 K/m=2.8×10−5 m−1
屈折率は上へ行くほど大きい。この近似は、αy が1より十分小さい範囲で n≈1+αy と同じ精度である。2. 光線の傾きを y′=tanθ とする。(10.22) から 1+y′2=1/cos2θ=n2/C2 なので、次の式を得る。
y′2=C21+2αy−1
両辺を x で微分し、2y′ で割ると次のようになる。
y′′=C2α
右辺は定数なので、光線は上に開いた放物線である。光線は屈折率の大きい上の側へ曲がる。3. 最下点では θ=0 なので C=n(0)≈1 である。よって y′′=α で、最下点を原点にとると y=2αx2 となる。y=h になる水平距離と、そこでの傾きは次のとおりである。
xh=α2h=2.8×10−52×1.5 m=327 m,θh≈y′(xh)=αxh=9.2×10−3 rad
角度に直すと約 0.53∘ である。光線は水平から 0.53∘ だけ上向きに目に入る。4. 目は光線を、入ってきた向きの延長線上から来たものと受け取る。目から見て水平より θh だけ下を向いた直線を引くと、路面に達するまでの水平距離は次のようになる。
θhh=9.2×10−31.5 m=164 m
これは xh のちょうど半分で、放物線の接線の性質による。空から来た光が、約 160 m 先の路面から来たように見える。路面に水たまりがあるように見え、近づくとその位置が遠のく。
温度勾配の30 K/m は、路面のごく近くの数十 cm に限った模型の値である。実際の勾配は高さによって大きく変わるので、この見積もりは「数百 m 先の路面に空が映る」という桁を示すものと読む。

図 10.5 逃げ水の光線(太い線)。屈折率が上ほど大きいので、空からの光は放物線を描いて上へ曲がり、目に下から入る。目は光を直線(破線)の延長から来たと受け取るので、空が路面の上に映って見える。縦方向は大きく誇張してある。
重力レンズへ
弱い重力場の時空を光が進むとき、空間の各点での光の速さは座標で見て c より遅くなる。相対論入門 第9章 §9.2 の弱い場の計量から、光にとっての実効的な屈折率は次の形になる。
n(x)=1−c22Φ(x)=1+c2r2GM(10.23)
ここで Φ=−GM/r は Newton のポテンシャルで、係数の2は時間の部分と空間の部分の計量が同じだけ寄与することから出る。
実効屈折率で見た光の曲がり
(10.23) を光線の方程式 (10.21) に入れると、光線は質量の側(n の大きい側)へ曲がる。曲がりが小さいとき、光線を直線 x=b で近似して、横向きの曲がりの角を ∫∂bndz で計算すればよい(確認テスト 10.5-3)。結果は 4GM/(c2b) で、太陽の縁をかすめる光では 1.75′′ になる。相対論の側からの正確な導出は相対論入門 第9章 §9.4 と第12章 §12.3 にあり、遠方の銀河の像が複数に見える重力レンズも同じ効果として扱われる。
確認テスト
オリジナル
- 10.5-1 屈折率が一様な n の媒質で、光学的な計量の測地線を求めよ。長さ l の光線の光路長と、光がそこを通るのにかかる時間も書け。n=1.5、l=2.0 m での値を求めよ。
- 10.5-2 空気(屈折率1.00)から水(屈折率1.33)へ、入射角 45∘ で光が入る。屈折角を (10.22) から求めよ。
- 10.5-3 実効屈折率 (10.23) の中を、z 軸に平行に衝突径数 b で進む光を考える。光線をほぼ直線 x=b とみなし、光線の方程式から横向きの曲がりの角を求めよ。太陽(GM=1.327×1020 m3/s2、半径 6.96×108 m)の縁をかすめる光について、角度を秒角で求めよ。
- 10.5-4 屈折率が原点からの距離だけで決まる媒質 n=n(r) を考える。光線と動径方向のなす角を ϕ とすると、nrsinϕ が光線に沿って一定であることを、光線の方程式 (10.21) から示せ(Bouguer の公式)。
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