物理のための微分幾何入門 第12章 §12.3 ★★★ 形式は写像に沿って後ろ向きに運べ、外積と外微分はその運び方と両立する。積分の変数変換のヤコビアンはこの運び方の係数である
引き戻しの定義
第2章 §2.4 では、写像 f:M→N が接ベクトルを運ぶことを見た。これが押し出し f∗ である。形式はベクトルを受け取る量なので、向きが逆になる。N の上の形式に M のベクトルを渡すには、ベクトルを先に押し出しで運べばよい。
定義 12.9(引き戻し)
滑らかな写像 f:M→N をとる。N の上の形式 ω∈Ωk(N) をとる。これに対し、M の上の形式を次で定める。
(f∗ω)p(v1,…,vk)=ωf(p)(f∗v1,…,f∗vk)(vi∈TpM)(12.18)
関数(0形式)については f∗g=g∘f とする。この f∗ω を引き戻しと呼ぶ。
ベクトル場は一般には押し出せない。写像が単射でなければ、M の複数の点のベクトルが N の同じ点へ運ばれ、そこでの値が1つに決まらないからである。これに対して、形式の引き戻しはどんな滑らかな写像についても定まる。曲線や曲面の上へ形式を制限できるのは、この性質による。
座標で書くため、M の座標を xi とする。N の座標を ya とする。写像は ya=ya(x) と書ける。押し出しはヤコビ行列で成分を運ぶので、基底の引き戻しは次のようになる。
f∗(dya)=∂xi∂yadxi=d(ya∘f)(12.19)
実際の計算では、N の座標に x の関数を代入し、その微分を連鎖律で展開すればよい。
引き戻しの性質
定理 12.10(引き戻しの性質)
滑らかな写像 f:M→N について、次が成り立つ。
- (i) 外積を保つ。
f∗(ω∧η)=f∗ω∧f∗η
2. (ii) 外微分と交換する。
f∗(dω)=d(f∗ω)(12.20)
3. (iii) 写像 g:N→P との合成について、(g∘f)∗=f∗∘g∗ である。
証明
(i) (12.3) の右辺の各ベクトル v を f∗v に置き換えたものが左辺である。それは右辺の外積の定義そのものである。
(ii) まず関数 g について示す。接ベクトル v に対し、f∗(dg)(v)=dg(f∗v) は、押し出したベクトルの方向の方向微分である。押し出しの定義から、これは v 方向の g∘f の方向微分に等しい。したがって f∗dg=d(f∗g) である。
一般の形式は、線形性から ω=gdya1∧⋯∧dyak で示せば足りる。(i) と関数の場合から、引き戻しは次の形になる。
f∗ω=(g∘f)d(ya1∘f)∧⋯∧d(yak∘f)
これに d を当てる。Leibniz 則と d2=0 から、d(g∘f) が前に付く項だけが残る。その結果は、(i) から f∗(dg∧dya1∧⋯∧dyak)=f∗dω に等しい。
(iii) 押し出しについては、連鎖律 (g∘f)∗=g∗∘f∗ が成り立つ(第2章 §2.4)。これを (12.18) に入れればよい。
系 12.11(外微分は座標に依らない)
(12.11) で定めた外微分は、どの座標で計算しても同じ形式になる。
証明
2つの座標 x と y の取り替えを、恒等写像を座標で書いたものとみなす。y 座標で書いた形式を x 座標へ書き直す操作は、この写像による引き戻しである。(12.20) から、書き直してから d をとっても、d をとってから書き直しても同じ結果になる。
最高次の形式とヤコビアン
2つの多様体がともに n 次元のとき、(12.19) と定理 12.5 を組み合わせる。基底の引き戻しの係数行列はヤコビ行列なので、次の式が出る。
f∗(dy1∧⋯∧dyn)=det(∂xi∂ya)dx1∧⋯∧dxn(12.21)
第1章で見たヤコビ行列式は、最高次の形式の引き戻しの係数である。
極座標と球座標
極座標 x=rcosθ、y=rsinθ で引き戻すと、基底は次のようになる。
dx=cosθdr−rsinθdθ,dy=sinθdr+rcosθdθ
外積をとると、同じ1形式どうしの外積が消えて2項だけが残る。
dx∧dy=rcos2θdr∧dθ−rsin2θdθ∧dr=rdr∧dθ
球座標 (r,θ,φ) では、ヤコビ行列式から次の式が出る(確認テスト 12.3-3)。
dx∧dy∧dz=r2sinθdr∧dθ∧dφ

図 12.3 極座標の写像は (r,θ) 平面の小さな長方形を (x,y) 平面の扇形の小片へ移す。小片の面積は rΔrΔθ で、係数 r が (12.21) のヤコビ行列式である。外側の小片ほど大きい。
形式の積分と変数変換
向きの入った n 次元の領域 U の上の、最高次の形式を考える。それを ω=h(x)dx1∧⋯∧dxn と書き、積分を普通の重積分で定める。
∫Uω=∫Uh(x)dx1⋯dxn(12.22)
ここで (x1,…,xn) は正の向きの座標とする。
定理 12.12(変数変換の公式)
φ:U→V を、Rn の領域のあいだの微分同相とする。φ は向きを保つ(ヤコビ行列式が正)とする。このとき、V の上の最高次の形式 ω について次が成り立つ。
∫Vω=∫Uφ∗ω(12.23)
向きを逆にする写像では、右辺に負号が付く。
証明
ω=h(y)dy1∧⋯∧dyn とする。(12.21) から、引き戻しは次の形になる。
φ∗ω=h(φ(x))detDφ(x)dx1∧⋯∧dxn
重積分の変数変換の公式は、絶対値のついたヤコビ行列式を含む。
∫Vhdny=∫Uh(φ(x))∣detDφ∣dnx
向きを保つときは ∣detDφ∣=detDφ なので、両辺は一致する。向きを逆にするときは ∣detDφ∣=−detDφ なので、負号が付く。
重積分の公式は絶対値のついたヤコビ行列式を含み、形式の積分の公式は符号つきの行列式を含む。この違いが「向き」である。(12.23) から、向きの入った多様体の上の最高次の形式の積分は、どの正の向きの座標で計算しても同じ値になる。
k 次元の曲線や曲面の上の積分も、同じ考え方で定める。面が、媒介変数の写像 c:D→M で表されているとする。このとき ∫Sω=∫Dc∗ω と定める。曲線 γ:[a,b]→M の上では、1形式の積分は次の線積分になる。
∫γω=∫abγ∗ω=∫abωi(γ(t))γ˙i(t)dt(12.24)
3次元の曲面 r(u,v) の上では、流束の形の引き戻しは次のようになる。
c∗Φb=b(r(u,v))⋅(ru×rv)du∧dv(12.25)
これは、(12.9) の流束の形の性質を、引き戻しの定義 (12.18) に当てたものである。ru×rv=n∣ru×rv∣ と書ける。すると、流束の形の積分はベクトル解析の面積分 ∫Sb⋅ndS に等しい。
例題 12.3 点電荷の電場の流束 ★★★
オリジナル原点に点電荷 q がある。電場は次の形で、その流束の形は ΦE=4πε0qΩ である。
E=4πε0qr3r,Ω=r3xdy∧dz+ydz∧dx+zdx∧dy,r=x2+y2+z2
- (1) 半径 R の球面への Ω の引き戻しを求めよ。球面は次の写像で表す。
c(θ,φ)=R(sinθcosφ, sinθsinφ, cosθ)
2. (2) 球面全体の Ω の積分を求め、∫SΦE=q/ε0 を確かめよ。球面の向きは外向きの法線で定める。3. (3) 原点を除いた空間で dΩ=0 であることを示せ。
解答
(1) 分子の2形式は、位置ベクトル r の流束の形である。(12.25) を使うため、接ベクトルとそのクロス積を求める。
cθ=R(cosθcosφ,cosθsinφ,−sinθ),cφ=R(−sinθsinφ,sinθcosφ,0)
cθ×cφ=R2sinθ(sinθcosφ,sinθsinφ,cosθ)=Rsinθc
これは外向きなので、(θ,φ) の順が外向きの法線に合う向きである。球面の上では r=R で、c⋅(cθ×cφ)=R3sinθ である。したがって次の結果を得る。
c∗Ω=R3R3sinθdθ∧dφ=sinθdθ∧dφ
半径 R に依らないことに注意する。
(2) 角度の範囲全体で積分する。
∫SΩ=∫02π∫0πsinθdθdφ=2⋅2π=4π,∫SΦE=4πε0q⋅4π=ε0q
これは Gauss の法則に一致する。
(3) (12.17) から、dΩ の係数は r/r3 の発散である。x 成分の微分は ∂x(x/r3)=1/r3−3x2/r5 で、ほかの成分も同じ形になる。
∇⋅r3r=r33−r53(x2+y2+z2)=0(r=0)
したがって、原点を除くと dΩ=0 である。§12.4 の Stokes の定理を使うと、原点を囲む閉曲面ならどれを選んでも積分が 4π になることが分かる。
確認テスト
オリジナル
- 12.3-1 2つの1形式と滑らかな写像 f を考える。定義 (12.18) と (12.4) から直接、f∗(α∧β)=f∗α∧f∗β を示せ。
- 12.3-2 平面の1形式 ω=−ydx+xdy を極座標へ引き戻せ。その結果を使って、半径 a の円を反時計回りに1周する積分を求めよ。
- 12.3-3 球座標のヤコビ行列式を計算し、次の式を示せ。
dx∧dy∧dz=r2sinθdr∧dθ∧dφ
4. 12.3-4 曲線 γ:[a,b]→M と、狭義単調な滑らかな関数 h:[c,d]→[a,b] を考える。h が増加なら ∫γ∘hω=∫γω となることを、(12.24) から示せ。h が減少なら符号が反転することも示せ。
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