物理のための微分幾何入門 第12章 §12.5 ★★★ 閉形式は局所には完全形式であるが、穴のある空間では大域には完全とは限らず、その差が Aharonov–Bohm 効果になる
閉形式と完全形式
定義 12.15(閉形式と完全形式)
dω=0 を満たす形式を閉形式と呼ぶ。ある形式 η を使って ω=dη と書ける形式を、完全形式と呼ぶ。
d2=0 から、完全形式は必ず閉形式である。問題はその逆で、物理の言葉に直すと次の2つの問いになる。第一に、∇×F=0 の力は、必ずポテンシャルを使って F=−∇V と書けるか。第二に、∇⋅B=0 の磁場は、必ず B=∇×A と書けるか。
答えは、空間の形で決まる。穴の無い領域では、閉形式はいつも完全形式である(Poincaré の補題)。穴のある領域では、そうとは限らない。
Poincaré の補題
領域 U⊂Rn が原点について星形であるとは、次が成り立つことをいう。すなわち、U の点と原点を結ぶ線分が、すべて U に含まれる。凸な領域や Rn 全体は星形である。
定理 12.16(Poincaré の補題 ★★★)
U を原点について星形の領域とし、k≥1 とする。このとき U の上の閉じた k 形式は完全形式である。具体的には、次の式で定める形式 Kω が d(Kω)=ω を満たす。
(Kω)i2⋯ik(x)=∫01tk−1xjωji2⋯ik(tx)dt(12.32)
証明
成分は (12.7) の反対称な成分で書く。η=Kω の成分は、残りの添字について反対称である。(12.12) を使い、dη の成分を計算する。
(dη)i1⋯ik=a=1∑k(−1)a−1∂iaηi1⋯ia⋯ik
被積分関数を xia で微分すると、2つの項が出る。
1つ目は xj を微分した項で、tk−1ωiai1⋯ia⋯ik(tx) になる。2つ目は ω(tx) を微分した項で、連鎖律から tkxj(∂iaωj⋯)(tx) になる。
1つ目の項では、ia を元の位置へ戻すと符号 (−1)a−1 が出る。これが和の符号と打ち消す。a について和をとると、1つ目の項の和は ktk−1ωi1⋯ik(tx) になる。
2つ目の項には閉性を使う。(12.12) で (dω)ji1⋯ik=0 と書くと、次の関係が出る。
a=1∑k(−1)a−1∂iaωji1⋯ia⋯ik=∂jωi1⋯ik
2つを合わせると、被積分関数は t についての全微分になる。
(dη)i1⋯ik(x)=∫01[ktk−1ωi1⋯ik(tx)+tkxj(∂jωi1⋯ik)(tx)]dt=∫01dtd[tkωi1⋯ik(tx)]dt
右辺は ωi1⋯ik(x) である。星形の仮定は、線分上の点 tx がすべて U に入り、被積分関数が定義されるために使った。
k=1 のとき、(12.32) は原点から x までの線分に沿った線積分である。
f(x)=∫01xjωj(tx)dt
これは、力学でポテンシャルを作るときの、基準点から線積分する方法そのものである。多様体の上では、どの点にも星形の座標近傍があるので、閉形式は局所には必ず完全形式である。
穴のある平面と dθ
原点を除いた平面 R2∖{0} の上で、次の1形式を考える。
ω=x2+y2−ydx+xdy(12.33)
極座標へ引き戻すと、確認テスト 12.3-2 の計算から −ydx+xdy=r2dθ である。したがって ω=dθ になる。
ただし θ は平面全体では1つの値に決まらない(1周すると 2π だけずれる)。そのためこの式は、θ が1つに定まる切れ目を入れた領域の上でだけ意味を持つ。
命題 12.17(閉じているが完全でない形式)
(12.33) の形式は、原点を除いた平面の上で閉形式であるが、完全形式ではない。
証明
閉性を示す。係数を P=−y/(x2+y2)、Q=x/(x2+y2) とおく。外微分の係数 ∂xQ−∂yP を計算する。
∂xQ=(x2+y2)2y2−x2,∂yP=(x2+y2)2y2−x2
2つは等しいので、dω=0 である。
完全でないことを背理法で示す。仮に、ω=df となる関数 f が原点を除いた平面の上にあるとする。単位円 C は閉曲線なので始点と終点が同じで、(12.27) から ∮Cdf=0 である。
一方、単位円の上では ω の引き戻しが dθ である。そのため1周の積分は 2π になる。これは矛盾である。

図 12.6 原点を除いた平面と dθ(灰の矢印は対応するベクトル場 (−y,x)/r2)。原点のまわりを1周する C1 では積分が 2π で、原点を囲まない C2 では Stokes の定理から 0 である。白丸は除いた原点を表す。
原点を囲まない閉曲線 C2 では事情が違う(図 12.6)。C2 が囲む円板は、原点を除いた平面に含まれる。そのため Stokes の定理から、∮C2ω=∫dω=0 である。原点を n 回まわる閉曲線では、積分は 2πn になる。
したがって ∮ω/2π は、閉曲線が原点を何回まわるか(回転数)を数える。
de Rham コホモロジーの入口
閉形式のうち完全形式でないものがどれだけあるかを測るのが、de Rham コホモロジーである。
定義 12.18(de Rham コホモロジー)
多様体の上の k 次の閉形式の空間を Zk(M) と書く。k 次の完全形式の空間を Bk(M) と書く。d2=0 から Bk⊂Zk なので、商空間を作ることができる。
Hk(M)=Zk(M)/Bk(M)(12.34)
これを M の k 次 de Rham コホモロジー群と呼ぶ。2つの閉形式は、差が完全形式であるとき同じ類に属する。
Poincaré の補題は、星形の領域で k≥1 なら Hk=0 という主張である。0次では、df=0 の関数は連結成分ごとに定数である(確認テスト 12.5-4)。そのため H0(M) の次元は連結成分の数になる。穴のある平面では、次の事実が知られている。
定理 12.19(穴のある平面の1次コホモロジー)
原点を除いた平面の閉じた1形式は、定数 c と関数 f を使って次の形に書ける。
ω=cdθ+df,c=2π1∮Cω
ここで C は単位円で、dθ は (12.33) の形式である。したがって H1(R2∖{0}) は1次元である。
証明の筋を述べる。ω′=ω−cdθ は閉じていて、単位円での積分が 0 である。任意の閉曲線は、原点を囲まない小さな閉曲線の和と、単位円を何回かまわるものとに分けて変形できる。
前者では Stokes の定理から積分が 0 で、後者では仮定から 0 である。そのため、ω′ の線積分は経路に依らない。基準点からの線積分で f を定めれば、df=ω′ となる。変形の部分の厳密な議論は、de Rham コホモロジーの本に譲る。
点渦のまわりの流れ
原点に強さ Γ の点渦がある平面の流れを考える。速度場は v=2πrΓeθ で、対応する1形式は v♭=2πΓdθ である。この形式は原点の外では閉じているので、流れは渦なし(∇×v=0)である。
それでも、原点をまわる閉曲線に沿った循環は Γ で、0 ではない。渦なしの流れが速度ポテンシャルを持つのは、領域に穴が無いときに限る。
Aharonov–Bohm 効果
細く長いソレノイドの外側では、磁場が 0 である。それでもベクトルポテンシャルは 0 にできず、量子力学の干渉に観測できる影響が残る。これを Aharonov–Bohm 効果と呼ぶ。
ソレノイドを z 軸に沿って置き、中を通る磁束を Φ とする。外側の領域は z 軸の近くの円柱を除いた空間で、xy 平面への射影は穴のある平面である。外側では ΦB=dA♭=0 なので、A♭ は閉じた1形式である。
一方、ソレノイドを1周する閉曲線 C を考える。曲線の内側の円板(ソレノイドの断面を含む)に Stokes の定理を使うと、次の値になる。
∮CA♭=∫円板ΦB=Φ(12.35)
したがって外側では、A♭ は次の形である。
A♭=2πΦdθ+dχ
Φ=0 なら、これは完全形式ではない(定理 12.19)。
電荷 q の粒子の波動関数は、経路 γ に沿って次の位相因子を受け取る。
exp(ℏiq∫γA♭)
ソレノイドの左右を通る2つの経路の位相差は、2つを合わせた閉曲線での積分から qΦ/ℏ になる。ゲージ変換 A♭→A♭+dχ をしても、閉曲線の積分は (12.27) から変わらない。観測できるのは A♭ そのものではなく、その de Rham コホモロジーの類(閉曲線での積分)である。
例題 12.7 Aharonov–Bohm 効果の磁束の大きさ ★★
オリジナル電子(電荷 q=−e)の2つの経路が、半径 0.50μm の細いソレノイドを左右から挟んで通る。
- (1) 干渉縞がちょうど1周期ずれる(位相差が 2π になる)ための磁束 Φ を求めよ。h/e を使って表し、数値も求めよ。
- (2) そのときのソレノイド内部の磁場の大きさを求めよ。
数値には h=6.626×10−34Js、e=1.602×10−19C を使え。
解答
(1) 位相差の大きさは eΦ/ℏ である。これが 2π になる条件は次のとおりである。
ℏeΦ=2π⟹Φ=e2πℏ=eh
数値は次のとおりである。
Φ=1.602×10−196.626×10−34Wb=4.14×10−15Wb
(2) 断面積は π(0.50×10−6)2=7.85×10−13m2 である。
B=πa2Φ=7.85×10−134.14×10−15T=5.3×10−3T
数ミリテスラの磁場で、電子の通る外側には磁場が無くても干渉縞が1周期ずれる。
確認テスト
オリジナル
- 12.5-1 完全形式は閉形式であることを示せ。次の1形式が、原点を除いた平面の上で完全形式であることを示せ。
x2+y2xdx+ydy
それを外微分にもつ関数を求めればよい。2. 12.5-2 次の1形式が閉じていることを確かめよ。
ω=(2xy+z)dx+x2dy+xdz
(12.32) で、df=ω となる関数 f を求めよ。3. 12.5-3 (12.33) の ω を、正方形 [−1,1]2 の周に沿って反時計回りに積分する。その値を、辺ごとの直接計算で求めよ。また、正方形 [1,2]×[−21,21] の周に沿った積分が 0 になる理由を述べよ。4. 12.5-4 連結な多様体で df=0 を満たす関数 f は定数であることを示せ。これを使って、R∖{0} の0次 de Rham コホモロジーの次元を求めよ。
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