確率論入門 第4章 §4.1 ★★★ 「分かったことで確率を測り直す」規則。乗法公式・全確率の公式・Bayes の定理の3つが以後の計算の基本形
第1章から第3章までで、確率空間 (Ω,F,P)、その上の確率測度の作り方と一意性、確率変数とその分布を用意した。これらの道具は確率変数を1つずつ調べるには足りているが、2つ以上の事象や確率変数のあいだの関係を述べる言葉をまだ持っていない。
この章ではその言葉を2つ導入する。1つ目は条件付き確率で、ある事象が起きたと分かったときに確率を測り直す規則である。2つ目は独立性で、ある事象が起きたかどうかを知っても別の事象の確率が変わらないという関係を、測度の等式として書いたものである。
測度論そのものには独立という概念が無い。面積や体積を測る測度に「独立」を持ち込む動機は無いからである。確率論で最も多く使われる定理(大数の法則・中心極限定理・Borel–Cantelli の補題)は、どれも独立性を仮定して初めて成り立つ。その意味で、独立性は確率論を測度論の一分野から区別する概念になっている。
この章で使う前の章の結果を、式の形で先に書いておく。第1章 §1.4 で示した確率測度の連続性と劣加法性
An↑A ⇒ P(An)→P(A),An↓A ⇒ P(An)→P(A),P(n⋃An)≤n∑P(An)(4.1)
と、第2章 §2.3 の Dynkin の π-λ定理
P が π 系、 L が λ 系で P⊂L ⟹ σ(P)⊂L(4.2)
を使う。ここで用語は次の意味である。
- π系:有限個の共通部分で閉じた集合族。
- λ系:全体 Ω を含み、補集合と互いに素な可算個の和で閉じた集合族(差と増大列で定める流儀もあり、両者は同値である)。
(4.2) の帰結として、ある π系の上で一致する2つの確率測度は、それが生成する σ加法族の上で一致する(第2章 §2.3 の一意性定理)。
第3章からは次の3つを借りる。
- 確率変数 X の生成する σ加法族 σ(X)={X−1(B):B∈B(R)}。
- 半直線による生成 B(R)=σ({(−∞,x]:x∈R})。
- 分布関数が分布をただ1つに定めること(第3章 §3.3)。
この章の結果の使い道も先に書いておく。独立な確率変数の積の期待値が期待値の積になること(第5章)、独立和の分布が畳み込みで書けること(第7章)、独立和の特性関数が積になること(第9章)は、どれも §4.3 の「独立なら同時分布は周辺分布の積」から出発する。§4.4 の Borel–Cantelli の補題は、概収束を示す標準の道具として第11章・第12章で繰り返し使う。条件付き確率は第14章でマルコフ性を定めるときの言葉になる。
定義と、条件付き確率が確率測度であること
サイコロを1回振る。目が偶数だと教えられたとき、目が6である確率はいくらと考えるべきだろうか。偶数の目は {2,4,6} の3通りで、もとの確率ではどれも同じ 1/6 だから、偶数と分かった後でもこの3つは同じ重みを持つと考えるのが自然である。すると答えは 1/3 になる。
この考え方を一般化する。事象 B が起きたと分かったら、標本空間をこの事象に縮める。中の各部分の確率の比はそのまま保ち、全体が1になるように P(B) で割り直せばよい。
定義 4.1(条件付き確率)
確率が正の事象 B と、任意の事象 A をとる。
P(A∣B):=P(B)P(A∩B)(4.3)
を、B が起きたという条件のもとでの条件付き確率と呼ぶ。
分子が A でなく A∩B になっている理由は次のとおりである。B が起きたと分かった以上、A のうちこの事象の外にある部分はもう起こり得ない。定義から P(B∣B)=1 である。また B と交わらない事象には、条件付き確率 0 が割り当てられる。
命題 4.2(条件付き確率は確率測度)
P(B)>0 とする。このとき A↦P(A∣B) は、可測空間 (Ω,F) 上の確率測度である。
証明
非負であることは定義から明らかで、P(Ω∣B)=P(B)/P(B)=1 である。σ加法性を確かめる。A1,A2,⋯∈F が互いに素なら、A1∩B,A2∩B,… も互いに素である。さらに次が成り立つ。
(i⋃Ai)∩B=i⋃(Ai∩B)
P の σ加法性から
P(i⋃AiB)=P(B)1P(i⋃(Ai∩B))=P(B)1i∑P(Ai∩B)=i∑P(Ai∣B)
となる。
この命題により、第1章で示した確率測度の性質(補集合の公式・包除公式・単調性・連続性)は条件付き確率でもすべてそのまま使える。たとえば P(Ac∣B)=1−P(A∣B) である。ただし条件の側を入れ替えた P(A∣Bc) と P(A∣B) のあいだには一般に関係が無いことに注意する。
乗法公式と全確率の公式
定義 (4.3) を P(A∩B)=P(B)P(A∣B) と書き直すと、同時に起きる確率を「先に起きる事象の確率」と「それが起きたうえでの次の事象の確率」の積として計算することができる。これを繰り返したものが乗法公式である。
命題 4.3(乗法公式)
事象 A1,…,An が P(A1∩⋯∩An−1)>0 を満たすとき、
P(A1∩⋯∩An)=P(A1)P(A2∣A1)P(A3∣A1∩A2)⋯P(An∣A1∩⋯∩An−1).(4.4)
証明
まず右辺が定義されていることを確かめる。k≤n−1 について次の包含がある。
A1∩⋯∩Ak⊃A1∩⋯∩An−1
単調性により P(A1∩⋯∩Ak)>0 であり、右辺の条件付き確率はすべて定義されている。
n についての帰納法で示す。n=2 のときは定義 (4.3) そのものである。
n−1 まで正しいとし、C=A1∩⋯∩An−1 と置く。定義から P(C∩An)=P(C)P(An∣C) である。右辺の P(C) に帰納法の仮定を使えば、(4.4) を得る。
次に、標本空間を互いに素な事象に分けて、場合分けで確率を計算する公式を作る。事象の列 B1,B2,…(有限でも可算無限でもよい)が互いに素で、和集合が全体 Ω に等しいとする。これを標本空間の分割と呼ぶ。
定理 4.4(全確率の公式)
{Bi} を標本空間の分割とし、各 Bi の確率は正とする。任意の事象 A について
P(A)=i∑P(A∣Bi)P(Bi).(4.5)
証明
A=⋃i(A∩Bi) で、右辺の各項は互いに素である。σ加法性から次が成り立つ。
P(A)=i∑P(A∩Bi)
各項を P(A∩Bi)=P(A∣Bi)P(Bi) と書き直せばよい。
確率 0 の Bi が混じっていても、その項 P(A∩Bi) は 0 なので、和から除いて同じ公式が成り立つ。
Bayes の定理
全確率の公式は「原因 Bi ごとの、結果 A の起きやすさ」から結果の確率を組み立てる。実際の場面では逆向きの問い、すなわち「結果 A が観測されたとき、原因が Bj である確率はいくらか」に答えたいことが多い。これに答えるのが Bayes の定理である(名前は T. Bayes に由来する)。
定理 4.5(Bayes の定理 ★★★)
{Bi} を、各項の確率が正である標本空間の分割とし、P(A)>0 とする。各 j について
P(Bj∣A)=∑iP(A∣Bi)P(Bi)P(A∣Bj)P(Bj).(4.6)
証明
定義から P(Bj∣A)=P(A∩Bj)/P(A) である。分子を P(A∣Bj)P(Bj) と書き直し、分母に全確率の公式 (4.5) を使えばよい。
右辺と左辺の各量には、次の名前がある。
- P(Bj) を事前確率と呼ぶ。
- P(Bj∣A) を事後確率と呼ぶ。
- P(A∣Bj) を、原因 Bj の尤度と呼ぶ。
分母は j によらない正規化の定数なので、(4.6) は「事後確率は尤度と事前確率の積に比例する」と読める。
オッズの形で読む
原因が B と Bc の2つしかないときは、比をとると分母が消えて
P(Bc∣A)P(B∣A)=P(A∣Bc)P(A∣B)⋅P(Bc)P(B)
となる。左辺を事後オッズ、右辺の2つの因子を尤度比と事前オッズと呼ぶ。
- 観測1回ぶんの情報は尤度比という1つの数に集約され、事前オッズに掛け算で入る。
- 観測を重ねるときは、各回の観測が原因ごとに独立なら(例題 4.1 の (2) の仮定)、尤度比を次々に掛ければよい。

図 4.1 例題 4.1 の確率の木。枝の数は条件付き確率で、右端の数は乗法公式で求めた葉の確率(枝の積)である。陽性 T に当たる2つの葉の確率の和が P(T)、そのうち D∩T の占める割合が P(D∣T) になる。
例題 4.1 まれな性質の検査と Bayes の定理 ★★★
オリジナルある集団で、性質 D を持つ人の割合は 0.5% である。この性質を調べる検査は、D を持つ人に対して確率 0.99 で陽性を示す。持たない人に対しても、確率 0.02 で陽性を示す(誤って陽性になる)。
集団から1人を無作為に選んで検査する。陽性の事象を T と書く。
- 陽性と出たとき、その人が D を持つ確率 P(D∣T) を求めよ。
- 同じ人に同じ検査をもう一度行い、2回とも陽性だったとする。性質を持つか持たないかを固定したとき、2回の検査の結果は独立であると仮定する。すなわち
P(T1∩T2∣D)=P(T1∣D)P(T2∣D),P(T1∩T2∣Dc)=P(T1∣Dc)P(T2∣Dc).
2回とも陽性のとき D を持つ確率を求めよ。
解答
(1) 分割 {D,Dc} に全確率の公式 (4.5) を使うと
P(T)=P(T∣D)P(D)+P(T∣Dc)P(Dc)=0.99×0.005+0.02×0.995=0.00495+0.0199=0.02485.
Bayes の定理 (4.6) から
P(D∣T)=P(T)P(T∣D)P(D)=0.024850.00495=49799≈0.199.
陽性でも D を持つ確率は約20%にとどまる。図 4.1 で見ると、陽性の葉のうち大きいのは「持たないのに陽性」の 0.0199 のほうである。性質を持たない人が全体の99.5%を占めるので、その2%でも、持つ人の99%より多くなる。
(2) 仮定から次の2つが成り立つ。
P(T1∩T2∣D)=0.992=0.9801,P(T1∩T2∣Dc)=0.022=0.0004.
Bayes の定理を事象 T1∩T2 に使うと
P(D∣T1∩T2)=0.9801×0.005+0.0004×0.9950.9801×0.005=0.0049005+0.0003980.0049005=0.00529850.0049005≈0.925.
オッズの形で確かめておく。
事前オッズ1回の陽性の尤度比2回陽性の後のオッズ=0.005/0.995=1/199,=0.99/0.02=49.5,=49.52/199≈12.31.
確率に直すと 12.31/13.31≈0.925 となり、一致する。
例題 4.2 非復元抽出と乗法公式・全確率の公式 ★★
オリジナル壺に赤玉3個と白玉5個が入っている。玉をよくかき混ぜ、戻さずに1個ずつ3回取り出す。k 回目が赤である事象を Rk と書く。
- 3回とも赤である確率を求めよ。
- 2回目が赤である確率 P(R2) を求めよ。
- 2回目が赤だったとき、1回目も赤であった確率 P(R1∣R2) を求めよ。
解答
(1) 1回目に赤を取る確率は 3/8 である。1回目が赤なら壺には赤2・白5が残るので、P(R2∣R1)=2/7 である。同様に P(R3∣R1∩R2)=1/6 である。乗法公式 (4.4) から
P(R1∩R2∩R3)=83⋅72⋅61=3366=561.
(2) 分割 {R1,R1c} で場合分けする。R1c のとき壺には赤3・白4が残るので P(R2∣R1c)=3/7 である。全確率の公式から
P(R2)=P(R2∣R1)P(R1)+P(R2∣R1c)P(R1c)=72⋅83+73⋅85=566+15=83.
2回目に赤を取る確率は1回目と同じ 3/8 になる。1回目の結果を見ないかぎり、2回目の玉は8個のどれも同じ確からしさで選ばれるからである。
(3) Bayes の定理から
P(R1∣R2)=P(R2)P(R2∣R1)P(R1)=3/8(2/7)(3/8)=72.
時間の順序と逆向きの条件付き確率も、定義 (4.3) にしたがって同じように計算することができる。
落とし穴
- P(A∣B) と P(B∣A) の取り違え。例題 4.1 では P(T∣D)=0.99 だが P(D∣T)≈0.2 である。両者は Bayes の定理で P(B∣A)=P(A∣B)P(B)/P(A) と結ばれていて、事前確率 P(B) が小さいと大きく食い違う。
- 確率0の事象での条件付け。定義 (4.3) は P(B)>0 のときだけ意味を持つ。連続な確率変数 X について「X=x が起きたとき」のように、確率0の事象で条件付けたいことがある。そのときは密度の比で定める(§4.3)か、条件付き期待値という別の枠組みが要る。
確認テスト
オリジナル
- 4.1-1 P(B)>0 とする。B⊂A なら P(A∣B)=1 であることを示せ。また P(Ac∣B)=1−P(A∣B) を示せ。
- 4.1-2 公正なサイコロを2個振る。(a) 目の和が8であると分かったとき、少なくとも一方の目が6である確率を求めよ。(b) 少なくとも一方の目が6であると分かったとき、目の和が8である確率を求めよ。
- 4.1-3 ある部品は3本の製造ラインで作られ、全体に占める割合はライン1が50%、ライン2が30%、ライン3が20%である。不良品の割合はそれぞれ1%、2%、5%である。無作為に選んだ部品が不良品だったとき、それがライン3で作られた確率を求めよ。
- 4.1-4 P(A)>0、P(B)>0 とする。P(A∣B)>P(A) と P(B∣A)>P(B) が同値であることを示せ。
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