光学と量子エレクトロニクス 第15章 §15.5 ★★★ 偏光を Poincaré 球の上で閉じた道に沿って変えて元に戻すと、光は道が囲む立体角の半分の位相を受ける。式は Berry 位相と同じで、λ/2 板の向きで位相を変える幾何学的な位相板の原理になる
異なる偏光の間の位相
同じ偏光の2つの光の位相差は、重ねたときの干渉で決まる。偏光が違う2つの光の位相差は、Pancharatnam(S. Pancharatnam (1956)、Proc. Indian Acad. Sci. A 44, 247)が次のように定めた。2つの光 ψ1,ψ2 を重ねた強度は ∣ψ1+ψ2∣2=2+2Re⟨ψ1∣ψ2⟩ で、ψ2 の全体の位相を変えると強度が変わる。強度が最大になるとき、すなわち ⟨ψ1∣ψ2⟩ が正の実数のとき、2つの光は同じ位相にあると定める。直交していない2つの偏光は、この意味で必ず位相を比べられる。⟨ψ1∣ψ2⟩ の偏角 arg⟨ψ1∣ψ2⟩ が ψ1 から見た ψ2 の位相の進みである。
この定め方には、推移律が成り立たないという性質がある。∣B⟩ が ∣A⟩ と同じ位相にあり、∣C⟩ が ∣B⟩ と同じ位相にあっても、∣A⟩ が ∣C⟩ と同じ位相にあるとは限らない。具体的に、偏光子を A→B→C→A の順に通すと、出てくる光は
PAPCPB∣A⟩=⟨A∣C⟩⟨C∣B⟩⟨B∣A⟩∣A⟩(15.23)
で、偏光子を1枚通るたびに光は直前の偏光と同じ位相の状態に射影される。最後に元の偏光 ∣A⟩ に戻ったとき、入ってきた光から見た位相は Φ=arg(⟨A∣C⟩⟨C∣B⟩⟨B∣A⟩) で、一般に 0 にならない。この位相はどの状態の全体の位相を取り替えても変わらない(各ケットとブラが1回ずつ現れるので打ち消し合う)。
立体角の半分
Φ を Poincaré 球の上で計算する。式 (15.20) により、偏光は Bloch 球の上の2準位系の状態と同じなので、2準位系の結果をそのまま使える。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第9章 で示したとおり、状態の列 ∣n1⟩,…,∣nN⟩,∣n1⟩ に対して、離散の Berry 位相 γ=−arg∏k⟨nk∣nk+1⟩ はゲージによらず、スピン 21 の状態では、Bloch ベクトルの道が囲む立体角を ΘC として γ=−ΘC/2 になる。γ の定義の積の複素共役が式 (15.23) の係数なので Φ=γ で、
Φ=arg(⟨A∣C⟩⟨C∣B⟩⟨B∣A⟩)=−2ΘC(15.24)
を得る。ここで ΘC は、Poincaré 球の上で A,B,C を大円の弧で順に結んだ球面三角形の立体角で、道を外から見て反時計回りにたどるときを正とする。3点のときは、式 (15.23) の係数を2準位系の内積として直接計算しても、同じ結果が確かめられる。球面三角形の3つの頂点を sA,sB,sC とすると
tan2ΘC=1+sA⋅sB+sB⋅sC+sC⋅sAsA⋅(sB×sC)
で、⟨A∣C⟩⟨C∣B⟩⟨B∣A⟩ の偏角はこの右辺の逆正接に一致する。
要点
偏光を Poincaré 球の上で閉じた道に沿って変え、各段で直前の偏光と同じ位相の状態へ移していくと、元の偏光に戻ったとき光は −ΘC/2 の位相を受ける(ΘC は道が囲む立体角)。この位相は道の形だけで決まり、道をたどる速さや光が媒質の中にいた時間にはよらない。Berry 位相と同じく、幾何学的な位相である。
λ/2 板による幾何学的な位相
偏光子は強度を捨てるが、波長板を使えば強度を捨てずに同じ位相を作れる。式 (15.16) を ∣+⟩ に当てると
W(θ,π)∣+⟩=e2iθ∣−⟩,W(θ,π)∣−⟩=e−2iθ∣+⟩(15.25)
で、λ/2 板は円偏光の螺旋度を反転させ、板の向き θ に比例する位相 ±2θ を付ける。Poincaré 球の上では、北極から、経度 2θ の進相軸のまわりの π の回転で、南極へ大円の半分をたどる。回転軸が状態の Bloch ベクトルと常に直交しているので、生成子 n^⋅σ の期待値は道の上でずっと 0 で、動的な位相は付かない。板の中の共通の位相 ei(no+ne)k0d/2 は θ によらない。θ によって変わる位相 2θ はすべて幾何学的な位相である。
これを立体角で確かめる。向きが θ と θ′ の2枚の λ/2 板を考えると、北極から南極への2つの道は経度が 2(θ′−θ) だけ違う。一方の道で南極へ行き、もう一方の道を逆にたどって北極へ戻る閉じた道は、開き角 2(θ′−θ) の月形を囲み、立体角は 4(θ′−θ) である。式 (15.24) の立体角の半分の大きさ 2∣θ′−θ∣ が、2枚の板を通った光の相対的な位相 2θ′−2θ の大きさと一致する(符号は道をたどる向きで決まる)。
板の向き θ を場所によって変えた板(軸の向きの模様を持つ液晶の膜や微細構造の膜)を作ると、場所ごとに位相 2θ(x,y) を持つ位相板になる。厚さを変えずに、軸の向きだけでレンズや回折格子が作れる。このような素子を Pancharatnam–Berry 位相素子と呼ぶ。位相の符号は螺旋度で逆になるので、同じ素子が ∣+⟩ には凸レンズ、∣−⟩ には凹レンズとしてはたらく。
例題 15.5 偏光子の列で付く位相 ★★★
オリジナル
- (1) ∣H⟩ の光を、∣D⟩ の偏光子、∣+⟩ だけを通す素子、∣H⟩ の偏光子の順に通す。出てくる光の強度と位相を、式 (15.23) から直接求め、図 15.2 の立体角と比べよ。
- (2) ∣H⟩ の光を、向きを 0 から 180∘ まで少しずつ変えた N 枚の直線偏光子に通す(N→∞)。出てくる光の強度と、入射光から見た位相を求めよ。
- (3) (2) の直線偏光子を、楕円率角 β=20∘ の楕円偏光だけを通す素子に替え、楕円の傾きを 0 から 180∘ まで変える。付く位相を求めよ。
解答
(1) ⟨D∣H⟩=1/2、⟨+∣D⟩=(1−i)/2、⟨H∣+⟩=1/2 で、係数の積は (1−i)/4。強度は ∣(1−i)/4∣2=1/8、位相は arg(1−i)=−π/4 である。道 ∣H⟩→∣D⟩→∣+⟩ は S1,S2,S3 の正の軸を順に結び、外から見て反時計回りに球の 1/8 を囲むので、ΘC=4π/8=π/2 で、−ΘC/2=−π/4 と一致する。強度の 1/8 は、3回の射影がそれぞれ cos2(π/4)=1/2 を通すことによる。
(2) 隣り合う偏光子の角の差 π/N ごとに振幅は cos(π/N) 倍され、積は cosN(π/N)→1 なので、強度は 1 に近づく。各段の係数は正の実数なので位相は付かないように見えるが、最後の偏光子の Jones ベクトルは R(π)∣H⟩=−∣H⟩ である。出てくる光は −∣H⟩ で、入射光から見て位相 π だけずれる。Poincaré 球では、道は赤道を1周し、北半球の立体角 2π を囲むので、−ΘC/2=−π と一致する(位相 ±π は同じ)。偏光の向きを 180∘ 回して元の偏光に戻すと、場の符号が反転する。
(3) 道は Poincaré 球の緯度 2β=40∘ の小円を1周する。北極を囲む球冠の立体角は ΘC=2π(1−sin2β)=2π(1−0.6428)=2.244 で、位相は −ΘC/2=−1.122rad=−64.3∘ である。β→45∘(円偏光)では道が北極の1点に縮んで位相は 0 になり、β=0 では (2) の −π に戻る。楕円の傾きを同じだけ回しても、楕円率によって位相が連続に変わることが、位相が道の囲む面積で決まることの表れである。
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